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    krh_GoriGori

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    捕虜なりたての頃、玄界の食べ物がどれも胃に合わないヒュと世話するとりまるのとりヒュ

    ※嘔吐描写有

    #とりヒュ

    「もう三日もろくに食べてないらしいな。そんなんじゃ母国へ帰る前に死ぬぞ、お前」
     今晩のメニューはレイジ特製の肉肉肉野菜炒めだった。テーブルに置かれた皿は運んできたときと同じ盛り付けのままで、艶やかな肉の表面には固まった脂が薄ら白く纏わりついてしまっている。ご飯と汁物にも手を付けられた痕跡はなく、冷たくなった食器類が何だか寂しそうだった。
    「いつまでも意地張ってないで食べたらどうだ。レイジさんの料理はそこらの飯屋より美味いの
    に」
     食器の回収に来ただけの烏丸だったが、全く食べていないヒュースのことが無性に心配になってもう少しこの場に留まることにした。ベッドの隣に腰を下ろし、澄まし顔のヒュースをジッと眺める。生気に満ち溢れていた肌は全体がカサついて、そのせいか目元にどんよりとした影すら生まれて心配になる。玉狛に来てから数える程度しか顔を合わせていなかったが、大規模侵攻で対峙したときより明らかにやつれているのが見てとれて、どうしてここまで食事を拒むのかが烏丸にはわからなかった。
     そんな烏丸の視線に耐えきれなくなったのか、パーカーの腕がそろそろと動いて皿の横に置かれたままのフォークを握る。鋭利な先端を炒め物にぶすりと突き刺さして、肉と野菜をバランス良く掬いあげた。そうして自身の口元へ運んだ後、ぎりぎり入る程度だけ唇を開いてゆっくりと口内へ招き入れた。
     もぐ、もぐ、ごくん。隣にいたからやっと聞こえる控えめな咀嚼音の後、形の良い喉元が上下に動く。続けてもう一口食べ進め、フォークを置いて味噌汁へと手が伸ばされた。
     なんだ、普通に食べれるじゃないか。再び炒め物を口にするヒュースを見ながら烏丸はどことなくホッとした。別にこの男がどうなろうが知ったことではないが、弱っていく姿を放っておくのは見殺しにするみたいで気分が悪い。他人とはいえ手の届く範囲の人は助けてやりたい、ボーダー隊員としての責務が自分をそう奮い立てるのだろうか。

     急ぎの予定はなかった烏丸はヒュースが食べ終わるまで隣で待つことにした。見られっぱなしも気まずいだろうから、適当な本でも読んで時間を潰そう。そう思って部屋の隅にある本棚へ向かった烏丸だったが、割れるような金属の音が響いて何事かと後ろを振り返る。見ればフォークが床に落ちていて、それを放棄した白い手は隠すように口を塞いでいた。直後ツノ付きの身体が大きくしなり、濁った嗚咽が狭い地下室に重く沈む。
    「ヒュース?」
     あてがわれた手の隙間から薄茶色の液体が溢れ出て、味噌の香りに混ざった酸の匂いが烏丸の鼻腔をツンと刺した。手のひらで受け止めきれなかった流動物は徐々に手首へと伝い降り、腕や袖口をじんわり汚してから床へと飛沫を産む。まずい、ヒュースが吐いた。後悔してももう遅く、今の烏丸にできるのは嘔吐き続けるヒュースを少しでも楽にすることだけだった。
    「ッ、はぁ、ア、ッう」
    「全部出せ。あと一度手を離すんだ、息をしろ」
     口を強く抑えすぎているせいで呼吸すらままなっておらず、このままでは酸欠どころか変に誤嚥して窒息する危険だってある。とにかく息をさせて落ち着かせることが最優先だと考えた烏丸はヒュースの横へと戻り、自らの手を隣の男に差し出した。
    「俺の手に吐け」
     信じられないと言いたげな表情がこちらを見る。僅かな間睨まれたのち、泣きそうな顔はぷいとそっぽを向いてしまった。
    「いいから。だから早く手を離せ」
     不毛なやりとりをし続けるうち、ヒュースの身体ががくりと震える。不規則な痙攣と怯えに染まっていく蒼の目が、再びの嘔吐が近いと言葉なく訴える。
    「触るぞ」
     余計な恐怖を与えないよう断りを入れてから口元の手をそっと剥がしていく。意外にも抵抗されずに青白い口枷はあっさりと外れて、ぽってり膨らんだ唇と手の中の半固形物が声もなくひっそり表れ出た。あまり凝視するのもどうかと思ったが、境界がわからないくらいにぐっちゃりとした口元から目が離せなかった。
    「っは、はーっ、はぁ、……はぁ、っ」
     濡れた顔を歪ませて、やっと息をしたと思った矢先に二回目の嘔吐だった。半ばパニック状態のヒュースは自分でどうすることもできておらず、咄嗟に烏丸は手のひらを彼の口へと添えた。
     べちゃ、びちゃ。重い水音と生温かい感触が乾いた皮膚を湿らせる。数秒前まで胃の中で揺られていた吐瀉物たちを眺めながら、豆腐の欠片だな、あまり噛まないで肉を呑んだな、などの取り留めもないことをぼんやり考えた。
    「ェ、っんゥ……ぃやだ、見るな、っガ、ァ」
     距離をとろうとしたらしいヒュースは身体をくいと捻らせ、その衝撃でまた吐いた。受け止める手の質量が増していく。こんな状況でも羞恥心はあるんだな、と驚きつつ、逃げるな、ここにいろと言いたげな手で背中をさする。血の気が消えて白に近い肌をしているのに触れた箇所は服越しでもわかるくらいに熱を帯びていて、上へとさすり上げるたびに熱さがじわじわ増していく。
     数口しか食べていなかった胃袋はやがて吐き出すものが無くなり、透明な胃液が口の端から滴り落ちる。唾液と混ざった所為だろうか、それらの体液は細く艶やかな糸を引いて唇と烏丸の手のひらを繋ぐ。やがて糸はぷっつり途切れ、茶色く濁った溜まりを包み込んできらきらと輝く。
    「落ち着いたか」
    「……ふん」
     ぜぇ、ひゅ、と繰り返される荒い呼吸も徐々に乱れを整えていった。胃を空っぽにして、どこか憑き物の取れた顔がこちらを向く。今にも零れ落ちそうな瞳に射抜かれて、責められるような罪の意識がぞわぞわ膨れて烏丸の脳を蝕む。
     「食べない」のではなく「食べれない」んだ。こっちの食べ物が口に合わないのか、母国に置き去りされたショックやストレスによる拒絶反応なのかはわからない。原因が何にせよ、自分が居座ったせいでヒュースは無理して食事をしたに違いない。つまり、全部俺のせいだ。
    「すまない。知らなかったんだ、その、お前が食べれないことを」
    「別に気にしていない。食べたのはオレだ」
     食べるよう仕向けたのは烏丸なのに、ヒュースは欠片も責めてこなかった。いっそ文句の一つや二つでも言ってくれた方がマシだとすら思った。宙ぶらりんになった後ろめたさにゆらゆら揺られ、やり場のない自責に埋もれた自分が惨めだった。

     手の中身を垂らさないよう慎重に歩き、部屋の隅っこに追いやられていたティッシュに包んでゴミ箱に捨てる。その後ティッシュを箱ごと掴むとぼぅっと惚けたヒュースの正面へ向かい、さまざまな液体で汚れた顔を丁寧に拭いていった。
     涙が滲んだ目元、汗で張り付いた前髪、涎と吐瀉物の滴る口周り。疲れの滲んだヒュースはされるがままで、一つ拭き取るごとに作り物を思わせる端正な顔立ちがあらわになる。他人のアンティーク人形を自分のものにしたみたいな、なんとなくいけないことをしている気分になってその顔を直視できない。逃げるように俯いて、目に映った手と床を黙々と吹き続けた。
    「玄界の食事は美味しい。だが少し腹に入れるだけで胃がむかついて、こうなってしまう」
    「それは誰かに言ったのか?」
    「言うわけないだろう。オレは捕虜だ、お前たちと仲良しごっこがしたい訳じゃない」
     空気を裂くような、ひどくガサついたか細い声だった。水の入ったコップを持って、飲むか、と咳き込むヒュースに渡す。意外にも素直に受け取った彼は中の液体をひと口ずつゆっくりと飲み、やがてコップは空になった。
    「水分はとれるんだな」
    「柔っこいものは平気らしい」
     ヒュースも自分の身に何が起こっているのか把握しきれていないようだった。見知らぬ星で、たった一人で、本当に来るのかすらわからない迎えを信じてどれだけ待ち続けるのだろうか。側から見たら絶望的ともとれる状況なのに凛とした佇まいは決して消えず、そんな近界民の男をただ純粋に綺麗だ、と思った。
    「わかったらもう帰れ。それとレイジ……とやらに言ってくれ、残して申し訳ない、美味かった。と」
     レイジへの言伝を託したヒュースは膝を抱えて俯いてしまった。剥き出しのツノが揺れる。言葉から態度から、お前は邪魔だ、早く出ていけと痛いくらいに伝わってくる。元々食器を片付けに来ただけだった、なのに余計なことをしたせいでヒュースは苦しむ羽目になった。ならこいつの望み通り、今すぐにでもこの場を去るのが最善策なのは間違いない。
     何かしてやりたいのに、何をしたらいいのかわからない。染み付いた長男気質が恨めしい。とりあえず着替えとを立ち上がった烏丸だったが、ぐぅ、という内臓のこすれる音が聞こえて頭の中が一気にクリアになる。
    「少し待ってろ」
     反応はなかった。すまない、もう一度だけ付き合ってくれ。テーブルの食器を盆に乗せ、冷蔵庫の中身を思い返しながら烏丸は地下室を後にした。
    ===
    「何だこれは」
     パーカーを着替えるヒュースが訝しげに呟く。テーブルの上には湯気を立てる小さな鍋と、二人分の取り皿が置かれていた。
    「雑炊といって、煮た米を軽く味付けした料理だ。卵も入れてみた」
     地下室には椅子が無いので必然的にベッドへ腰掛ける。できたての雑炊は食べるにはまだ熱く、時おりれんげでかき混ぜながら冷めるのを待つ。
    「わざわざ作ったのか。悪いが、どうせ食べれない」
    「これなら柔らかいからお前でも食べれると思った。無理強いはしない、残った分は俺が食う」
     頃合いを見て雑炊をとりわけ、スプーンを添えてヒュースの前に置く。晩飯の二の舞になる可能性の方が高いと烏丸自身もわかっていたけれど、腹を空かせたヒュースをそのままにするのはどうしても嫌だった。自分はこんなにも我儘な人間だったのか。知りたくなかった事実と向き合いつつ、動く気配のないヒュースの様子を見た。
     また腹の虫が鳴って、空腹のヒュースはひと口分を顔の高さへ掬い上げた。湯気と一緒に出汁の香りがふわりと立ち込める。すんすんとその匂いを嗅ぎ、好みの類だったらしいヒュースはそうっと口を開けてスプーンにパクついた。
    「どうだ?」
     問いかけに答えるように、ヒュースは一回一回確実に噛んでを繰り返してから飲み込んだ。ここまではいい、問題はこの後だ。さっきの話によれば、固いものだと胃が拒否反応を起こして吐き出してしまうようだった。この雑炊は弟や妹が風邪をひいたときによく作ってやるメニューで、寝込んで弱った身体でも食べれるともっぱらの評判だ。だからという訳ではないが、ヒュースの胃にも合うのではないかと信じていた。
    「……平気だ」
     吐かないとわかったヒュースは無言で食べ進める。その姿に安心して、烏丸は自分の分の雑炊にようやく手をつけた。梅干しやネギを入れると味に変化がつくのだが、今回はあえて一番シンプルな味付けにした。食べてくれた、その事実だけが今は嬉しい。いろんなバリエーションはまたいつか作ってやればいい。
     気付けばヒュースの皿が空になっていた。まだ食べるか、と聞けばこくんと頭が上下に揺れたので、おかわりをこんもりよそってやる。
    「玄界にきて、初めてちゃんと食事をした気がする」
    「そうか。……よかった」
     その後もヒュースは順調に食べ進め、あっという間に鍋の中は気持ちの良い空っぽになった。ヒュースは固い献立が今食べれないと、他の玉狛メンバーにも伝えないといけない。ヒュースのためを思えば当たり前のことだが、自分の作った料理だけを食べてくれるというのもなかなかに捨てがたい。
    「明日は何がいい? お前が食べたいもの、何でも作ってやる」
     明日は玉狛に来る予定ではなかったが、またヒュースに飯を作ってやりたくなった。突然の問いかけに一瞬だけ悩む素振りを見せたヒュースだったが、すぐに
    「……ゾウスイ」
     と答え、目元を緩ませてうっすら微笑んだ。
     ぴしゃり。心臓がぎゅうと縮んで、溜まった血を一気に全身へと送り出す。座っているだけなのに、普通に息をしているはずなのに酸素が足りない。ああ、こいつも笑うんだな。俺と同じ人間で、食事をして、恋をして——
    「どうした?」
    「なんでもない。この時間なら空いてるだろうから、風呂に入ってくるといい」
     自分がどんな表情をしてるのかが怖くなって烏丸はヒュースから顔を逸らした。ポーカーフェイスを自負しているが、今はどうにも自信がなくて参ってしまう。
     明日の雑炊には梅干しを入れてやろう。頭の中の買い出しリストにそう書き加え、烏丸は食器を片付けようと立ち上がった。
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