【鈴・行く先・焦り】
泉で熱心に祈る姫の背中からはいつも焦りを感じていた。太陽が沈んでようやく姫は祈りを終え岸へと上がった。
「この世界の行く先は私の力の目覚めに掛かっているのです」
背後の山々を見上げる姫の真摯なまなざしは、僅かに潤んでいた。
安易な励ましも不確かな弁論も口にはできない。けれどリンクの中には漠然とした確信があった。この確信をどう伝えればいいのか分からない。厄災の予兆は高まっていて、姫の焦りも不安も手に取るように分かる。それでも姫と共に進んでいくことになんの迷いもなかった。
「どこまでも姫について行きます」
逸らさずまっすぐに見つめれば、碧水の如き瞳が揺らぐ。
「リンクは……怖くないのですか?」
問いに唇を開きかけたが、姫はすぐに半身を背けてしまった。
「聞かなかったことにして下さい」
俯いた細肩は震えていて、リンクの胸は槍を突き立てられたように痛んだ。何度も見てきた姫の中の不安と焦りに距離を保つことは難しく、身体は自然と半歩、姫に近づいていた。
「俺は怖くありません」
肩越しにそう言って背を向けた。水に濡れた白い肩の震えをこれ以上見てはならない気がして。
「ありがとう、リンク」
背中にひんやりとした手が添えられた。体温を奪われても民の為に祈るゼルダ姫。その姫の傍に仕えることが幸せなのだと、礼など必要ないのだと、リンクは言えずにただ首を横に振った。
「戻りましょう。明日、また祈りを捧げます」
絡んだ視線の先で、姫の声は鈴の如くリンと軽やかに鳴った。どれほどの気持ちで振り払おうとされているのだろう。リンクはぐっと拳を握り締めた。
「着替えます……」
「はい」
傅いたリンクの前を仕切り布の純白の裾先がひらめいていく。
だから祈る。この美しい人の前に明るい世界を見せて欲しいと。
――その為に、俺はいるんだ。
岩の上に残った華奢な足跡。リンクはその跡に触れた。
――必ず、傍にいます。必ず。
姫の足形に残った泉の雫。濡れた指腹を唇に押しつけた。それは身に刻んだ誓いだった――。