週末のはなし 週末の話していい?
金曜日の放課後、銃兎の家で本を読んでたんだ。読書の秋だからではなくて単に宿題。「新しく読んだ本を紹介する。」という課題で。本は好きだし、読むのも苦じゃない。読むのだって多分早い方。だから今まであまり読まなかったジャンルに挑戦……と思ったんだけど結構前途多難で。
家で読んでいたら騒がしくて、主に二郎のせいなんだけど集中できないから避難したのはヨコハマの恋人の家。むちゃくちゃ静か。読んでいるのは世界的に有名な児童書の原文。みんなが知っている話のはず。僕が小学生の頃すごく人気で図書館ではいつも貸出中だったから僕は読んだことがなかったんだ。クラスメイトが感想を言ってたり、感想文を見たりしたからある程度どんな話かは知っているけど読んでみたら本当に面白いんだよ。ファンタジーはもともと好きだし。……ただ読みながらちょくちょく電子辞書を開かないとならなくて困るなって。児童書だから簡単な単語しかないだろうと思ったのに。そしたら銃兎が帰ってきて、
「ただいま。おっと読書中か」
って。
「おかえり」
って言ったけど、本を読んでいること自体は珍しくないからなのか僕のことは放ってしばらく自分のことしてたみたい。唸りながら読み進めてたら急に本が暗くなって、上を見ると銃兎が覗き込んでたんだ。「珍しいの読んでますね。面白いですか?」とにっこりして。
「面白いけどなかなか進まない」
「そんなに難しくなさそうですが」
「そりゃ入間さんは博学ですからねー。英語も堪能ですしぃ!」
「イヤミにしか聞こえないな。いつから読んでるんだ」
「さっき……うわ!もう三時間も経ってる。やっぱなかなか進まないな……もっと勉強しないとな……」
読み進めたのは半分くらい。計算ではもう読み終えてるはずだったのに。
「原書は言い回しが独特なのもあるからな」
二人分のコーヒーを銃兎がテーブルに置く。僕の分は色が白っぽい。
「カフェオレ……」
「少し砂糖も入れてある。どうせなにも飲まず食わずで読んでたんだろ。脳が疲れると処理能力が落ちるぞ」
言われて飲んだが甘さはそれほど感じずそれより牛乳が多すぎてコーヒーは香り程度しか感じなくて。頭を冴えさせたかったからちょっと不満。
「これ牛乳じゃん」
「おや、少し多かったですか?ま、背が伸びますよ」
ポンポンと頭を軽く叩かれてさ。
「……」
リラックスさせたかったって言えばいいじゃん。ね。
「ねえ、これ、この文。どう訳す?」
「ああ。これは……」
辞書を引いてもピンとこなかった所にマーカーを引きながら読んでたんだ。日本語にはないような言い回しはニュアンスすら導きづらいから。自分の語彙力の無さと知識量の少なさのせいで話の世界が広がってこなかったんだ。
「……ってことですね」
「ふーん……そっか…………」
銃兎はわかりやすい日本語で世界観を表現してくれてどの言い回しを意訳したのかを説明してくれたよ。こいつ頭良すぎだろ。と睨んでいると「映画、英語字幕で見ると少しわかるようになりますよ。」って。方法なんて聞いてないのに。
「うちの両親が映画が好きだったんです。私は子供で聞き取ることもできず意味もわからずでした。同じ映画をまずは日本語字幕で。言ってる意味を理解した頃に英語字幕で見せられました。両親と過ごす時間が好きでしたし、一緒の話題を楽しめるのは単純に嬉しいでしょう。そのうち字幕もなく楽しめるようになりましたし、抵抗なく習得できるのでオススメですよ」
と懐かしむように語ってたけどいったいどんな環境で育ってんだって思っちゃった。
映画を字幕で観ることすらうちでは無いでしょ?でも一緒の時間を共有できるのはたしかに嬉しいし、楽しい。うちはアニメがほとんどだけど、二郎が見始めればいち兄も一緒に見るから仲間外れにならないように僕も見る。いち兄が見てれば僕も二郎も一緒がいいし。結局そういうことなんだろうな。うちのは教養の足しにはならないけど。
「洋画を英語字幕で見てたらみんな寝ちゃうな」
「おうちではなく、ここでしたらいいでしょう。私は映画鑑賞も読書も好きですしね。あなたはそういう共有の場が少なさそうなので一緒に楽しみましょう。……まだ読みますか?」
僕は首を振って「やめる」って言ったんだ。ちょうど話の途切れるところだから栞を挟んで本を閉じて
「今日はもういいや。明日読む」
って言ったら銃兎が
「では、ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
とスマホを開いてね。開かれた画面はどう考えても銃兎がやらなそうなゲーム画面でさ。
「なにこれ」
「ゲーム、ですね。左馬刻に無理矢理入れられたのですがずっと負けっぱなしなんです」
左馬刻がゲーム?それも意外。
「若い方に流行っているらしくて、舎弟たちとのコミュニケーションらしいんですが、左馬刻は舎弟に勝てなくて悔しいらしく私に相手をしろと強引にやらされているんですが私も勝てないのは悔しいので……」
「ふーん。あ、これ二郎もやってたな。やった事ないけど……対戦の申請来てる……あ、勝っちゃった。え、弱すぎでしょ」
持っていたスマホが突然震えてビックリしたんだ。掛けてきたのは左馬刻。これで対戦相手は左馬刻だったのかってわかったんだけど。
「はい、左馬刻から」
持っていたスマホを銃兎に渡した。普通に激弱だったんだけど。これで勝てないってなんなの?思いつつも銃兎のゲームセンスがわからないのであとで聞いてみようって思ったんだ。電話口ではギャーギャー喚き声がしてうるさかったな。
「だから、俺じゃない……いいだろ、誰でも……は?ダメに決まってるだろ……」
大方何やったのか聞いてるんだろうな。いい大人がゲームに躍起になるってなんなんだろね。
「……だから……三郎だって……は???バカかそんな事してない!……舎弟に教われ。こっちを巻き込むな!……だからしてない‼︎」
なんか赤くなったり青くなったりしてて。あんな単純なゲーム、やり方とかないと思うんだけど。「うるさい‼︎」と怒鳴って電話を切った……え?大人、ですよね?こわ。って思って「どうしたの」って聞いたら
「いえ、いろいろごちゃごちゃ言ってきたので」
なに冷静ぶってんだって思ったよ。今の一連の動作おかしかったのに。
「で、これやり方わかってるの?」
「アプリを入れてチュートリアルはやったんですけどね」
「弱点とか、必殺技のタイミングとか知ってる?」
「まあ、なんとなく」
あーこれはわかってないなって。チャチャッと自分のスマホにアプリを入れて一緒にチュートリアルを進めて、丁寧にというわけでもないけどある程度わかりやすく教えてあげて。銃兎は頷いたり、途中急にフリーズするからそこはさらに噛み砕いた説明をしたり。難しくはないはずだけどこういうの慣れもあるから初めてのゲームみたいな銃兎にとっては自分にはわからない謎がまだあるのかもしれないなって。
「……ああ、そういう事なのか。ふむ……なるほど……」
と相槌を打ちながら一緒にチュートリアルを終えたところで「じゃ、対戦ね」と実戦。時間制限のあるコマンド入力が銃兎は致命的に遅い。慎重な性格も災いしててね、慣れれば瞬時に判断すると思うけど左馬刻のあのレベルならちょっとしたコツを掴めばすぐ勝てそうだから「ここのマークと、この数値を見て相手より高い数値と弱点にならないマークを手札の中から選ぶ。最初はそれだけでいいよ」と教えると急に選択が早くなったし。初心者だし、あとはやってくうちに覚えるし、強くなると思うんだ。
「おお!」
「そんで、当てたダメージが累積するとここのゲージが上がる。MAXになったら必殺技撃てるから」
教えたけどさっきの左馬刻相手ならその前に倒せそう。それは置いといても、とにかく効率よく倒せるヒントを伝えてあげたんだ。
「わかった?」
「ああ。ありがとう」
素直なお礼を述べられてびっくりしてしまった。ありがとうって言うんだ、って。
「いや、基本だし……」
「そうか。これでバカにされずに済むな。左馬刻はすぐ調子に乗るから」
「そうなんだ」
「アイツはガキだからな」
「ふーん」
まあ、ゲームで勝ちたがるのは子供だなって正直思ったし、それにしっかり乗っかってる銃兎も案外子供っぽいのかもしれないよね。
慣れるまでの少しの間やって。勝負事になるとお互い引かないので結果全勝しちゃって「次会う時までには上手くなります」って言ってたけど、そもそもオンラインですよ?会わなくてもできますよ?と内心思ってた。こういうとこおじさんぽい。気にしちゃうから言わないけど。
二人で買い物に行った時眼鏡を新調しようかと思うと言われて「?」てなった。だっていっぱい持ってるし。結局眼鏡屋さんに連れて行かれて「どれがいい?」って言われて僕の好みのやつをかけてもらったんだ。銃兎には言ってないけどすっごく似合ってたんだよ。カッコイイ!って思ったのに
「んー…こういうのはやっぱり似合わないな」
って。結局いつもとおんなじようなの選んでたから
「無駄遣いはダメ」
って腕引っ張ってお店出てきちゃった。
来週も行くつもりなんだ。
また話聞いてね。
おやすみ。
三郎は小さな頃から一緒に寝ているくたくたのうさぎのぬいぐるみを抱きしめて静かに目を閉じた。