くちづけ「銃兎!チェスやろ!」
「チェス?今からか?」
すでにまあまあ深い時間。そろそろ零時に近い。
「だって眠くない。銃兎明日休みだしいいだろ」
「まあ、一戦だけな」
「やったあ!負けたら罰ゲームね」
「また罰ゲームか」
三郎はにこにこしながらセッティングしている。戦績は五分。他のゲームは三郎の方が強いのだが、チェスは俺も元々出来るからなんとかくらいつける。しかも夜中は勝率が高い。これは多分普段の生活の差だ。三郎は基本夜更かしはあまりしない。昼間学校だけでなく萬屋の手伝いをする事が多い。「山田一郎に迷惑をかけない」をモットーに生きている三郎は普段この時間はベッドにいる事が多いらしい。故に今元気にしているけど勝負がつく頃にはうとうとしている可能性が高いし、今までも途中でやめて盤をそのままにして朝に持ち越すこともある。
「罰ゲーム何してもらおうかなー」
三郎は罰ゲームがどうやら好きらしい。負ける事の多い俺は何度もさせられている。大体くだらない写真を撮らされたり、ちょっと高めの食事をねだられたりと罰にもならない他愛無い罰ゲームが多い。
「さて、コーヒーでも飲むか」
「あ、僕も」
「珍しいな」
「眠くなんないように。今日は勝つ!」
「なるほど。無駄な抵抗だな」
「なんだと!」
コーヒーを二人分淹れる。ただし三郎のは牛乳多めのミルクコーヒー。カフェイン云々もあるが、単純に小腹を満たさせるため。
「なんで僕のだけカフェオレなの?」
「これ以上起きてると腹減るからな」
「そんなもん?」
「そんなもんだよ」
ふーん。と言いながらカフェオレを口に含む。
カフェインが功を奏してかそれから一時間は思考が停止することもなく一進一退の攻防が続いていた。しかしそれを過ぎたくらいから次第に三郎の欠伸が多くなり始める。俺は仕事柄全くノーダメージだがゲームの性質上会話もなく進むこともあり三郎は目を擦ったり頬をぺちぺち叩いたりしてなんとか思考を保っている。その様子を見ながらも正常に働く脳に従い有利に展開していく。三郎はほとんど逃げにしか展開出来なくなってくる。なんとか逃げてはいるがもう時間の問題だろうなと思っていたところで三郎の頭がカクンと落ちる。ハッと直後頭を上げたところで
「もう、むり。負け」
眠気で戦況の立て直しができないと三郎が判断して試合が終わった。
ベッドに二人で入る。もうほとんど夢の中にいる三郎が「じゅーとー、ばつゲームかんがえた?」と俺に問う。
微睡みの淵にいる三郎ならしてくれるかもと淡い期待を込めて
「おやすみのキスして下さい」
「ん」
俺の襟元を両手でギュッと握って俺の顔を三郎にぐっと近づけられ、柔らかい唇が俺のそれに重なる。
「ふふ、おやすみ」
そう言うとすぐに寝息が聞こえてきた。
ほっぺにチュッくらいの可愛いキスをして心穏やかに寝ようと軽い気持ちでいた俺の心臓は初めての三郎からのくちづけにバクバクと音を立てている。
今夜は眠れないかもしれない。