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    kurage_honmaru

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    kurage_honmaru

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    RPFレッドドラゴンより、婁震戒と七殺天凌の昔話&霊母様との初接触妄想

    媛が不味いもの食べてイライラしがちな、本編より少し若い婁さん。22歳のときに何をやったのだろうか。

     ――――喰いでのない仕事だった。

     世界の覇をめぐる宿敵・黒き竜の国を相手取り東の島を今も焼く戦。のちに〈七年戦争〉と称されるその戦を巡り多大な戦功を挙げ、明日の叙勲では八爪会・黄爛軍・官僚機構そのいずれからも一目置かれる地位を賜るかと目されるその男、婁震戒は――――しかし、常と変わることのない何ら思考が読み取れぬ顔で、月光が差し込む自室に佇むばかりだった。否、

     ――――本当に、喰いでのない仕事だった。

     冴え冴えとした光も届かぬその胸中は、無とは程遠い。不愉快の極みにあるとすら言っていいだろう。

     依頼の内容は単純なものだった。
     資金難に陥り戦線の維持が困難になっていた黄爛へと資金提供を持ちかけた〈連盟〉、その内部に敵国と通じる者がいる。黄爛の取り分をドナティアへ横流しするのみならず、私兵を増大させている。ただし、その仔細は不明。調査ののち然るべき対処を行い、霊母の憂いを取り除くべし。
     ただそれだけだった。調査にいささか難儀したとはいえ大した労苦ではなかった。

     許し難きはその先である。蓋を開けてみればドナティアとの繋がりなどなく、不死に取りつかれた術者が掠め取った財で自分自身を兵器として増産する、ただのよくある話だった。戦乱に紛れ気取られなかっただけだ。
     生体魔素を膨大に分割し五行躰と繋げ、それを組み込んだ人形を自身とする術式。極限まで生を分かつことによる永き命、だの何だのと得意げに謳ってはいたが、何のことはない。持ち合わせが少ないものを無理矢理薄めただけの粗悪な命だ。
     そんなものを総て斬る破目になったのだ。何が対処か。ただの粗悪品の処分を押し付けられたも同然である。
     粗悪な不死の軍団を私兵に用い内乱を画策していた反逆の将軍、研究所への侵入者を喰い殺さんと襲いかかる魔物。調査中に斬り伏せたそれらの方が、まだ腹の足しになったというものだ。――――最愛の剣の、腹の足しに。

    「よもや斯様に薄まった命を延々と喰らうことになろうとは………駄菓子をつまみ続けるにも、飽きようというものよな」
     己が背後からの愛しき声が放つうんざりとした響きに、婁は身と心を強張らせる。心底からの恐怖と不甲斐なきが故であった。返す言葉には震えが走る。
    「面目次第もございませぬ、媛………!」
    「なに、おぬしの責ではない。ロクな食事も用立てられぬ給仕にこそ非があろうというもの。口直しに喰ろうたおぬしの味が引き立った故、まぁよしとするさ。おぬしは美味かったぞ、婁や」
    「勿体のない御言葉………ありがたき幸せにございます、媛」
     あやすように艶やかに笑む愛しき妖剣にして己が主・七殺天凌からの声を聴き、しかし婁の胸に募るは安堵よりなお大きい、不甲斐なさと憤りであった。最愛の主にこのようなことを言わせる全てが歯噛みするほど腹立たしかった。

    「そうそう、知らなかったとはいえ不味いもの寄越した奴が悪いのよ。気にすることないわ」

     故に、認識が遅れた。普段の婁であれば、或いは相手さえ違えばあり得ざることであった。

     声の主を視界の隅に納めながら床を蹴り、暗闇へと無音のまま跳ぶ。戦意も殺意もないことは判り切っていたが、そんなこと以上に己が主へ近寄らせたくない相手だったためだ。
     果たして、暗がりより見遣った先には――――少女の姿をしたものがひとつ、窓枠に腰掛けていた。
     女官風に結わえた白い髪、桃色の髪飾り、淡く施された化粧、少々小綺麗な刺繍が施され露出が多いという点以外はありふれた黄爛の子供用の袍。一見すると背伸びをしたい年頃の良家の子女としか映らぬであろう。しかし翠と薄紅を湛える眼の奥には、言葉ではまるで届かぬ何かが蠢いている。
     にまにまと浮かぶ薄い愉悦と相まり、甚振り甲斐のある玩具を探す年を経た童、としか言い様のない相手。姿形を見聞きしたことこそあれど、実際に相対するのは初めてのことであった。
    「………いつから聴いておったのやら。相も変わらずよい趣味をしておるわ」
     己が主の声、今しがたの甘やかさとは打って変わる苦々しい声を受けたそれは、趣味の話は昔からお互い様じゃないかしら、と笑みを深める。その様も、己が預かり知らぬ頃の主を知る事も、婁には不愉快であった。主と己のみの念話へ無遠慮に踏み入られたと感じたことも、おそらく錯覚ではないだろう。

    「……これは驚きましたな。このような夜半にいかがされましたか、」
    「あ、待って!! 待って待って、今はその呼び方は無し。
     私は雪蓮。『ちょっと良いとこの令嬢』の雪蓮よ」
     続けようとした言葉もまた、割り込む声と手によって無遠慮に遮られた。
    「………よろしいので?」
    「ええ、今はそういうことにした方がいいと思うの、少し挨拶に来ただけだから。挨拶ついでに、そうね」
     絡ませた指を口元へ遣り、童の目が揶揄いに細まる。
    「薄くて不味いモノ山程食べた、今の気分とか訊けたらちょっと嬉しいわって思って」
    「御令嬢ならば、跪礼を省く不調法に御寛恕を。私が頭を垂れ忠を捧ぐ主は、ただ御一方のみなれば」
     一閃。間髪を入れず放たれた言葉を遮るものはなかった。
     まだ殺せない。己が理性は既に判断を下している。今はまだ己の技量が足りぬ。まだ、媛に捧げることが叶う相手ではない。ならばここで挑発に乗るのは、勝ち目のない賭けに媛を巻き込むことに他ならない。――――そのような無様、許せるものか。己が憤りなど抑えればいいだけの話だ。
    「婁………」
     背に負う媛より響く傾城の声を聴き、このような状況にあって己の心が和らぐことを認識する。その無上の輝きを曇らせるものを、僅かでも取り除くことは出来ただろうか。

     一方の雪蓮は婁の一閃を受けぱちくりと瞬くや、笑い出す。手を叩き足で空を蹴りながらケラケラ、ケタケタと。
    「ええ!! ええ、ええ、構わないわ!! そんなの全ッ然構わない!!
     アハハハハ、素敵ねいいわ愉しいわ!! ひょっとして私、見せつけられちゃったかしら? 今回は使い手と珍しく長くやれていると聴いて、随分丸くなったものねと思ったのだけど、むしろ」
     吊り上げた口の端はそのままに、きろり、と婁を見るその眼は既に観察を始めていた。
    「貴方が、面白いのかしら」
    「過ぎた夜遊びは身に障りましょう、御令嬢」
     婁は再び冷ややかに切り返す。己からの刃はまだ届かずとも、獲物から近付くならば届く目もあろう。そんな婁の反応が心底愉快とばかりに、雪蓮はクスクスと笑う。
    「そうね、その通りだわ。今は本当に軽く挨拶に来ただけなのよ。明日は形ばかりの式で、退屈なのが目に見えてるじゃない? その前にその剣とお喋りしたかったの。
     だって私たち、古い馴染みだもの。貴方が知っているよりずっと、ね。今度の使い手も呆気なく壊れたら、ちょっと可哀想になっちゃうでしょ?」
     だけど、と続く言葉に細まる雪蓮の眼には爛々とした輝きが宿る。面白い玩具を、見つけた。
    「思った以上に愉しめそう。安心したわ。うっかり壊さないよう気をつけなくちゃ。退屈でつまらないのは、私とても嫌いなの」
     それじゃあ、またね。そう告げた雪蓮は、返答を待つこともなく窓の外へ身を躍らせ姿を消す。後に残されるは玉兎の光届かぬ闇の中、眼に殺意を湛えたまま佇む暗殺者と妖剣のみだった。



     翌日。叙勲の席に現れた暗殺者の姿に、場にはどよめきが走る。
     礼服の中では簡素なものに身を包み、長い黒髪も軽く結い上げるのみ。平時であれば見逃されるその簡易な装いも、国母を前にしては却って不敬というものだった。
     そして何より、剣である。その背に平時と何ら変わることなく剣を携えたまま、暗殺者は玉座へと歩を進める。咄嗟に駆け出そうとした衛兵に対し玉音が降る。
    「よい。静まれ」
     沈黙が満ちる。誰しもが玉座と周囲へ視線を泳がせる、居心地の悪い沈黙だった。
     それらを一顧だにすることなく、暗殺者は玉座の前へと進めた脚を止める。膝をつき、手を眼前にて合わせ、玉座へ軽く頭を垂れる。組み込まれた動作を行ったと言わんばかりの形だけの礼。そこへ艶と威厳を併せ持つ声が投げかけられる。
    「八爪会が武装僧侶・婁震戒。此度の働き、聞き及んでおる。まことに大儀であった。何か望みがあれば申してみよ」
    「ございませぬ。我が主の御為とあらば応えるが務め。当然のことをしたまで故に」
     答えは即座に返る。主君よりの褒賞を固辞するその返答は、ともすれば主君の顔に泥を塗ることになるだろう。しかし謙遜めいた言葉と場に満ちる緊張感が邪魔をし、やはり誰も声を上げるものはいない。不調法ながらも見返りを求めぬ忠臣、と受け取れば外れてはいないその返答には、どこか薄い違和感が貼り付いていた。

     その場にいる者のうち妖剣と暗殺者、玉座に坐す者のみが知る。〈我が主〉とは黄爛霊母を指さぬことを知る。これが全て猿芝居だと知る。
     玉座の者――――黄爛霊母は笑みを深め、言葉を返す。
    「ならばよい。これからも励め」
     その声に暗殺者は応えず、ただ眼前の霊母を視界の端で凝視している。いつか己が最愛の主へと捧げる獲物を観察するために。妖剣もまた、沈黙を返すのみ。立ち入る場を二度は与えぬと告げるが如き沈黙だった。
     くつくつと喉を鳴らしながらその様を見遣り、霊母は手を払う。最低限の形ばかりは芝居に付き合った暗殺者はそれを見るや立ち上がり、一礼ののち踵を返す。
     振り返る事なくその場を後にする彼の背には、嫌忌とも困惑とも取れぬ眼差しが注がれていた。霊母の愉悦の眼差し一つを除いて。


     意志持つ妖剣・七殺天凌とその使い手にして暗殺者・婁震戒。
     世界を二分する大国が片翼・黄爛の擁する禍々しき一振りと一人が東の島へ渡り、狂乱した赤竜の調査へと赴くその旅より、四年を遡るある一幕である。




    〈了〉
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