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    岩藤美流

    @vialif13

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    岩藤美流

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    ワンライお題「かわいい」です。
    何がかわいいって二人の関係ってことにしようと思ったんですけど、あずにゃんが「かわいい」って言いすぎていでぴが慣れて信じてくれない、みたいな設定でいこうかな、だけ考えて書きました。どっちかっていうと「火」とか「恋」のほうが主題に見える気もします。相思相愛です。

    ##ワンライ



     あれは随分前のことだ。といっても、数か月程度のことだけれども。
    「イデアさんって、かわいいところがありますよね」
     何がきっかけだったか、部活の最中にひとしきり笑った後で、アズールはそうポツリと漏らしてしまった。気が緩んでいたのだ。口から零れ落ちた本音は、もう取り消せない。見れば、ポカンとした顔のイデアがこちらを見つめている。
     まずい。
     一瞬でアズールは、それまでの本気で笑っていた表情をいつもの営業スマイルへと切り替えた。
    「本当に、かわいい人だ」
     繰り返すことで、言葉に含まれた真実を、嘘で上塗りする。我ながら咄嗟の判断でよくできたと思う。思惑通り、イデアは顔をしかめて、「そーいう煽り、キツいっすわ」と溜息を吐いた。よかった。本音だとは思われなかったようだ。アズールはイデアに気付かれないように、そっと胸をなでおろした。



     陸の事はよく勉強したから知っている。人間は、一般に同性同士や親族間で番にはならない。今でこそ理解の必要性が問われ、寛容な社会の形成が始まっているとは言うけれど、それでも一般的なことではないのだ。多種多様な生態を持ち、性的タブーの形が全く異なる人魚の感覚では、よくわからないが。
     変身薬で人の体を得て。人の文化を熱心に研究し、吸収したアズールだったが、根っこは人魚だ。道徳や常識は幼少期にすりこまれていくもの、なのもあるかもしれない。純粋に間違えたのかもしれない。いずれにしろ、アズールはイデアに対して特殊な好意を抱いていた。
     すなわち、可愛いのだ。
     可愛い、という単語が一般に、イデアのような男性に用いられるものではないとわかっている。しかし、どうにもそれ以外に形容する言葉が見つからない。最初こそ、利益を求めて近寄ったのだし、親睦を深めるにあたり散々呆れもした、意見の対立も有ったし、わかり合えない部分も多々有った。決して長くはない時間の中で、何がどう事故を起こしたのか、アズール自身にもわからないが、いつしか彼に対して、特殊な感情を抱き始めたのだ。
     しかし、それは認められない事である。社会が、イデアが、何よりアズール自身が。
     陸に上がって、人間の一人として成功を収める予定なのだ。そんな異質な感情に惑わされている時間などはない。イデアとの関係は将来の為の投資であって、それ以上でも以下でもない。不要な感情を抱くべきではないし、彼と深く繋がることはよくない。
     そう思うのに。
     そう思うのに、胸の中に何故だか火がついたようなのだ。陸にきて知ったことには、火とは熾すことが困難で、しかし一度芯にまで火が通ると、なかなか消えたりはしないのだとか。厄介なものを抱えてしまった。アズールは溜息を吐いて、その火を消そうと胸を撫でるのだ。


     
     それからどれくらいが経過したか。
     胸についた火は、消えるどころかじくじくと心臓を焼くようで、イデアと同じ時間を過ごすと酷く苦しいこともあった。そういう時は殊更、笑顔を浮かべたものだ。自分のこの笑顔を見て、本心だと思う者は少ない。何か企みがあるのだろう、と思われるのが当然で、そうすれば、イデアもアズールが好意から傍にいるなどとは考えないだろう。
     それからも何度も「かわいい」と漏らしてしまった。その度に取り繕う。上手く騙されてくれるイデアは、しまいには慣れたらしくて、ヒヒッと笑って煽り返してくるようになっていた。だから、アズールも少しだけ安心していたのだ。
     気付かれないまま、あとはこの胸に灯った火が、消えるのを待つだけだ、と。
     しかし、人魚は知らない。恋の成就の魔法はともかく、恋の炎の消し方など。
     


     そんなある日のことだ。
     また、イデアが嬉しそうにオルトのバージョンアップの事について熱く語っているのを、うんうん頷きながら聞いてやり。彼の瞳が煌めくのを見て、その髪が燃え盛るのを見て、アズールは思わずもらしたのだ。
     かわいい人。
     だから、アズールはいつものように取り繕おうとした。僕もお手伝いしますよ、と、嬉しそうに笑って見せようとした。
     目の前のイデアが、困ったように顔をそむけるのを見るまでは。
    「……イデアさん?」
     イデアの髪は急速にその勢いを失い、鎮火するのではないかと思うほどだ。彼は落ち込んだように床に目を落として、小さな声で言った。
    「……からかわないで下され、確かに僕、一人で熱くなりすぎたかもしれないけどさ、そんな、馬鹿にしなくたって……」
     ああ、しまった。
     アズールは間違いに気付いた。自分の心からの「かわいい」を嘘にしていた弊害だ。今イデアがしていた話を、小馬鹿にしたと感じ取ったのだろう。アズールは理解したけれど、だからといって、次の一手をどうしたものか、わからない。
     そんなつもりはなかったと言ったところで、もう手遅れだろう。アズールの言葉など、全て利害を考えてのものだと、思われているのだから。イデアの心を傷つけたかもしれない。もっと言えば、嫌われたかも。
     それは真っ当な交友関係を持ったことのないアズールにとって、未知の恐怖だった。胸が痛む。喉が急に言葉を作れなくなって、何を言っていいやらわからない。
     全て。全て嘘を塗り重ねてきた自分の、自業自得だ。イデアはこちらを見てくれない。教室がシンと静まり返っていて、酷く寒い気がする。なのに胸の火ばかり熱くて、痛くて、何故だか目から涙が溢れてきた。
     なんだ、これは。
     アズールは動揺して顔を隠そうとしたけれど、イデアがこちらを見てギョッとしたものだから、もう何もかもが手遅れだった。
    「な、なに泣いてんの!? 泣きたいのはこっちなんですが!?」
    「……す、……すみませ、」
    「謝んないで、ああ、もう、どうしたの、ちょっと……」
     そこからはもう、アズールの理解の範疇を越えていた。怒っていたはずのイデアは心配そうにアズールに駆け寄り、その体に優しく触れてきたのだ。そうするとドクンと火が胸を焼いて、ますます涙が止まらなくなって、どうしていいかわからずイデアを見つめていると、「あーあーあー」と彼は慌てふためく。
    「な、泣かないで、どうしたの、僕が悪いのかな、ねえ、ごめんって、アズール氏、あのね」
     かわいいのは僕じゃなくて、アズール氏のほうだから。あんまり、そんな意地悪なこと言わないでよ。
     背中をさすられながら、こぼした言葉の意味を、アズールはなかなか理解ができなかった。イデアは彼とも思えぬ綺麗なハンカチをポケットから出して、アズールに渡してくる。アズールだってハンカチぐらい持っている、陸では持っているのがマナーだから。ポロポロ涙が溢れて、眼鏡をかけているのにイデアの顏もまともに見えない。だから、彼がどういう意図でその言葉を漏らしたのか、わからない。
     わからないけれど。
    「……かわいい……?」
     僕が、あなたにとって、かわいい……?
     そう考えた時、胸の火が頬に飛び火した。顏が信じられないぐらい熱い。耳までだ。何が起こっているのかわからず、アズールは慌てて眼鏡を外すと、イデアのハンカチに顔を埋めた。
     ハンカチからはイデアの香りがした。すると火は全身に回ってしまったようだった。
     ぼ、僕は一体、どうなって。
     わからないまま、アズールは顔を覆ってしばらく震えていた。その背中を、イデアが優しく撫でている。その手のひらの動きにつられて、胸の炎がどくりどくりと、揺れる気がした。
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