巡り愛一度目は、ただ殺し合った。
生、とは。巡るものである。だから、もしかしたらどこかで気付かぬうちに出会うこともあるかもしれないと。まぁ、出会いたいかと言われれば首を横に振るが。どうせあいつは変わらない。何度死に、何度巡ろうともきっと変わらない…ロクデナシのクソ野郎に決まっている。その考えは間違っちゃいなかったと…英霊としてこのカルデアという場所に喚ばれて。そこで…先に召喚されたというドゥリーヨダナ、あの野郎と会う…と言うと語弊がある。
例えば廊下ですれ違う時。あるいは食堂で腕を振るうようになったことを遠巻きに見て。まるで苦虫を百匹くらい噛み砕いて飲み込んだような…あいつは気付いちゃいねぇかもしれないが、俺はしっかり見ていた。別に見たくもなかったが。
あいつは騒がしい。その上騒ぎの中心に己がいないことをひどく嫌う。わりに面倒くさがりで嫌なことは他者に…側に侍らせているカルナやアシュヴァッターマンに押し付けることが多かった。
俺を認識するたび、ギリギリと歯軋りが聞こえてきそうなほど唇を引き結び、睨み付けてくるドゥリーヨダナの面を見て確信した。やっぱりこいつはクソ野郎だってことを。
「ドゥリーヨダナの旦那ぁ~、頼むからしっかり歩いてくれ、ほら」
明日の仕込みに思ったより時間がかかっちまった。気付けば夜も更け、いつもなにかと騒がしい廊下には誰の姿もない、はずだった。
声が聞こえた方を見れば…あっちはどうやら俺に気付いてないようだ。それもそうか。馬鹿みたいにデケェ図体のドゥリーヨダナが、酔っているのか。足元をふらつかせながら、右にカルナ左にアシュヴァッターマンがそれを支えている。別にあの二人の力が弱いわけじゃねぇ。あのクソ馬鹿野郎がでかくて馬鹿力なだけだ。
「うぅ~わし様のカルナ~わし様のアシュヴァッターマン!良い、今日は朝までわし様と一緒にいることを許すぞ!」
「いや、あんたは大人しく寝てくれ頼むから…」
「そうだ。その体では満足に語らうこともできないだろう」
「二人とも冷たい!わし様、こんなにおまえたちを、」
鳥肌がたつほどヘタクソな泣き真似をしたかと思えば、不意に言葉が切れる。代わりにドゥリーヨダナの口から獣の唸りのような音が漏れる。これは…。
「旦那?」
「う゛…は、きそ…」
「!うわっ!待て!待ってくれ旦那っ」
俺が耳にしたのはここまでだ。あとは何となく察しがついたが…あえて汚ねぇ声を聞くこともないだろうと、すべての音を排除する。本当に、どこまでいってもクソ野郎だ。
――そう、思ってたんだがな。
連戦に継ぐ連戦だった。いつもの周回じゃねぇ。突然のことだった。このカルデアとやらは常に厄介ごとに巻き込まれる性質があるらしい。マスターの幸運値が低いのかなんなのか。こうして、レイシフト後すぐさま敵の群れに囲まれるなんざしょっちゅうだってんだから、難儀なもんだと思う。
「クソ!いつまで沸いて出やがんだクソが!」
すぐ近くで戦うアシュヴァッターマンが燃えるチャクラムを眼前の魔獣に叩きつけながら吠える。奴の視線は魔獣を見ちゃいねぇ。見てるのは、少し離れた先で戦ってるドゥリーヨダナだ。
レイシフトで飛んだのは俺とアシュヴァッターマン、ドゥリーヨダナにカルナ、そしてマスターだ。バラけこそしなかったが…敵の特性がバラバラでうまく仕留めきれねぇ。俺もいい加減苛々していたところだ。さっきから相性の悪いランサー霊基の魔獣ばかりに囲まれるアシュヴァッターマンの怒りも相当なもんだが。
「燃えろ!!」
ぶん投げたチャクラムが、ドゥリーヨダナの方へ殺到する魔獣の群れを削る。この中で、唯一どの属性にも対応できる…そして、どの属性からもダメージを食らう男は、常の優雅さなど欠片もない。血にまみれ、肩で息をしている。だが、目は死んでねぇ。なんなら笑みすら浮かべている。その、血塗られた笑みに背筋がゾワゾワと逆立つのを感じる。
(そうだ)
そうだ。おまえはそうでなけりゃならねぇ。
「埒があかんわ!マスター、魔力を寄越せ!わし様が蹴散らしてくれよう!」
言うが早いか。棍棒で地を着きながら体内の魔力を高める。その高まりが、霊基を変化させる。短髪の緩やかな髪が伸び、風に靡く。心地いい殺気が場に満ちる。
「兄弟たちよ!」
吠える。剥いた犬歯が獰猛な獣を思わせる。そうだ、おまえも獣だ。俺が狼と称されるならば、おまえも同じ狼であるべきだ。不覚にも…おまえを番だと。俺が情を分けるに値するものだと思ったおまえだから。
「一より生まれし百王子!!」
解放の言葉に応じて、あいつの文字通り血肉を分けたロクデナシどもが魔獣を貫き、引き裂き、潰し、轢き殺す。飛び散る血潮を頬に浴びて。舞うように靡くあの花の色をした髪に浴びて…にぃ、と。牙を剥いて笑っている。その昂りが、俺の血も滾らせる。
「はははははっ!!」
辺りに残る魔獣を、あいつが百人がかりで砕いて飲み込んだものを、俺はひとりで平らげる。全部、全部全部ぜんぶぜんぶ俺の、この俺のものだ。この腹に収まるものだ。それはおまえも例外じゃねぇ。
「ドゥリーヨダナ!」
マスターの声にそちらへ視線を滑らせれば、魔力がするするとほどけ、一番簡素な出で立ちになったドゥリーヨダナの体がぐらりと傾ぐところが見えた。
「……てめぇ、」
俺は風。その子である。ならばこの場において、誰よりも早く動ける自信がある。
力を使い果たしたんだろう。いつもなら疲れただのなんだのと文句を垂れる奴が一言も話さない。だらりと力の抜けきった体をそっと抱き締める。おそらく…いつか見た時のように支えるつもりだったんだろう。近くまで駆けてきたアシュヴァッターマンの殺気が膨れ上がる。伸ばした手はドゥリーヨダナに届かず、怒りでその両目が赤く染まる。
「どういうつもりだてめぇ…旦那を返せ」
「返せ、だと?」
その言葉の可笑しさに腹の底から笑いが出る。返せ、だと?これは俺のものだ。いや、違う。こいつは俺のものではあるが…今は、まだ違う。
「っ…良い…アシュ、ヴァッターマン…」
「旦那!」
呻きながらも心の友と呼ぶアシュヴァッターマンを気にかけているのが心底気に食わねぇが、それを許せねぇとあからさまに示せば…後でなんと喚かれるかわかったもんじゃねぇ。だからお利口に待っていてやる。背中をそっとひと撫でしてやれば、その意図に気付いてか…ドゥリーヨダナが短く息を吐く。
「すまんが…わし様、の…代わりに、マスターを、頼む。わし様の…代わりは…おまえと、カルナにし、か…たの、めん…からな」
ふっ、と。その表情が和らぐ。俺には見せない、向けない笑み。カルナとアシュヴァッターマン、そしてマスターにしか向けられることのない…ドゥリーヨダナの中にある、慈しみが生み出す優しい笑みだ。
「…俺が運ぶがこれで文句はねぇな?」
笑みを最後に意識を失ったドゥリーヨダナを両腕に抱えて立ち上がる。文句はねぇが思いきり睨んできやがる。
「旦那になにかあったら、今度こそ殺す…例え、旦那がてめぇをどう思ってようが必ず殺す」
「あぁ。まぁ、そんなことにはならねぇがな」
俺の言葉に舌打ちを溢して、アシュヴァッターマンは背を向ける。その向こうで、事の成り行きを見ていたカルナからも強烈な視線を投げつけられる。さすが、目で殺す英霊は違うな。
「…まったく、どうしてこんなことになっちまったんだろうな?」
抱えた男の体は冷えきっていて、それを早く暖めてやりたいと願う己がいる。そんなことになるなんざ、喚ばれた時には思いもしなかったが。
寝ている時は存外静かな男の手が、しっかり俺の服の端を掴んでいる事実に悦びを感じて緩まる頬を内側から噛みながら、俺は揺らさないようゆっくりと歩き出した。
――今生で俺は、かつて殺したおまえでも愛、のような感情をもてると。そう、気付いた