異邦人たち。音さんが剣道の大会で2泊3日家を空け、ひとりで過ごす夜もようやく終わると思っていた時だった。
スマホの着信音が鳴り、音さんからだと思って画面を見ると、そこには音さんではなく見慣れた名前があった。
「どうした?」
仕事の事かもしれないと思って出ると、スマホの向こう側の奴はかなり酔っている雰囲気で俺の名を呼ぶ。
「ねぇ、どーせヒマしてるんでしょ?今すぐ来てよ、月島軍曹殿ぉ」
宇佐美からの誘いに断わろうかと思ったが、早く来ないと音さんにある事ない事言うと言われ、それを阻む為に奴の待つカラオケ店に向かう事にした。
『宇佐美に誘われたのでこれからカラオケに行きます』
というメッセージを音さんに送り、車で繁華街に向かってカラオケ店に到着し、受付で後から来た旨を伝えて宇佐美のいる部屋を案内してもらった俺。
27と書かれた扉を開けると、そこには宇佐美以外に3人の男がいた。
尾形、白石、そして。
先日、音さんが会ったという海賊房太郎。
宇佐美が熱唱しているのを尾形以外のふたりは手拍子をして盛り上がっているように見えた。
「グンソー殿、ひっさしぶり〜!!!鯉登ちゃんと結婚したんだって?指輪見せてよ」
宇佐美が歌い終わると、白石は酒が入っているからなのか俺を隣に座らせ絡んでくる。
俺を知っているような口ぶりから、この男も記憶を持ったまま生まれてきたのだろうと確信した。
「お前、どうしてここに?」
どうしてここにいるのか気になり尋ねてみると、
「え?ウサミンに誘われたからだけど?」
オレらネトゲ仲間なんだよね、と白石は言った。
「ネトゲ……」
「インターネットを使ってするゲームのコト……って前に話したような気もするけど、月島サンって興味ナイ事はすぐ忘れるから覚えてないか」
と、白石の隣にいる宇佐美はジョッキに入った酒を飲み干すと言った。
「僕、白石、そして房太郎はネトゲで再会してから結構遊んだり飲んだりしてるんだよね」
それなら俺や尾形はいなくてもいいだろう、と思ったが、房太郎が音さんに会ったという話から俺たちも呼ぼうという流れになったと宇佐美が説明した。
「あと、これは僕個人の事になっちゃうんだけど、ヤケ酒してバカ騒ぎしたかったから皆を集めちゃった」
宇佐美の隣では房太郎が歌い、俺の隣……1番端の席では尾形が視線をほぼスマホに向けたままで座っていた。
宇佐美も前々から歌が上手いと思っていたが、房太郎も同じくらい上手いと思った。
「お前な……」
そこに、歌い終えた房太郎が俺と尾形の間に割って入ってくる。
「房太郎、すごく良かったよ!声が良いから聴いててすごく気持ちが良かった!!」
「宇佐美、お前だってイイ声してるって。俺の声の次くらいだけどな」
房太郎は俺に酒を用意しようとしてくれたが、俺が車で来ているから要らないと言うと、ジンジャーエールを頼み、折角だから乾杯しようとワイングラスを持ち上げた。
「んじゃ、150年振りの再会を祝って……乾杯!!!」
尾形も俺と同じく房太郎が頼んだと思われるジンジャーエールの入ったグラスを持ち上げて一応参加していた。
「尾形ちゃん、付き合い良くなったね。今日も来ると思わなかったよ」
「……暇だったから」
「だーいすきな弟クンがいないからだよね」
「宇佐美、お前分かってて誘っただろ」
尾形は最初スマホから目線を離さず話をしていたが、しばらくするとスマホを着ている黒いシャツのポケットに入れた。
「弟想いなんだな」
と房太郎が何も知らないのか尾形に言うと、尾形は髪を掻き上げながら、
「……もうまちがえたくないだけだ」
と言った。
「昔、弟と何かあったんだ」
「…………」
尾形が黙ると、宇佐美が尾形が過去に花沢少尉にした事、それに自分も関わった事をベラベラと話す。
「それ、お前悪いじゃん。宇佐美、お前がフラれたのはその時の罰だ」
と、話を聞いた房太郎はからかうような口調で言った。
「有り得ない!てかそもそもフラれてないから!!」
そこから宇佐美はマッチングアプリで知り合った鶴見中尉似の歳上男性が転勤で遠距離になるというので関係を解消する事になりそうだという話をし、
「ようやく僕も特定の相手が見つかったと思ったのに」
と言いながらジョッキのビールを飲み干し、おかわりを俺に注文させた。
「まぁまぁ、この世に似てる人は3人いるっていうから、あとふたりどこかにいるって」
ふんふんと鼻息を鳴らして興奮した様子の宇佐美を白石が宥める。
「寂しいなら相手してやってもいいぞ?お前が良ければの話だが」
房太郎が言うと、宇佐美は知り合いとはセックスしないって決めてるからと言って断った。
「鶴見中尉と結ばれないから欲求を満たせれば誰でもいいって思ってるんだけど、その相手が身内だと関係が拗れた時に面倒臭いからね」
最近特にそう思うようになったのは月島サンと尾形が面白いくらい相手にのめり込んでるのを見てるからかも、と、宇佐美は俺と尾形を見て言った。
「その気持ちも分からなくねぇけどさ、オレは大好きな人がいて、過去で想いが叶わなかったから今の世界ではその人と幸せになりたいって気持ちになるのも悪いコトじゃねぇと思うけどな」
と、白石がビールを飲みながら話す。
「俺も。俺らの場合だけかもしれねぇけどさ、あの時代を覚えてるからこそ今は相手を幸せにしたいって気持ちになるんじゃねぇのかな」
どうなの?
と、房太郎が俺と尾形に聞いてくる。
「俺は……最初はそうだった。だが、今は幸せにしてもらってると思う……」
いつの間にか酒を頼んでいた尾形はこう言って、ビールの入ったジョッキに口をつけ、中身を空にした。
「へぇ、そう言えるのってすげーイイ事だとオレは思うよ。良かったね、尾形ちゃん」
そんな尾形の肩を抱きながら、白石はジョッキの中身を一気に飲んでおかわりをふたつ注文し、ひとつを尾形に渡していた。
「花沢少尉、さっきまでの様子見てたら束縛強めだなって僕は思ったんだけど、尾形は平気なんだ」
「平気も何も、俺はそんな風に感じた事がねぇよ」
宇佐美の言葉に、尾形は白石から受け取ったジョッキに口をつける。
「んじゃ、ツキシマさんは?」
「てか、どういう流れで結婚する事になったの?ウサミンから聞いたけど、鯉登ちゃんまだ学生なんだよね?」
興味津々、といった様子で俺に尋ねてくる房太郎と白石。
「あぁ、花沢少尉と同じ大学に通っている。結婚は俺たちが同棲する事を決めた時に鯉登閣下のお父上から同棲するなら結婚しなさいと言われた事で決まった」
と言った後、俺は閣下とは御付き合いをする段階で結婚する気持ちがあった事をふたりに伝えた。
「結婚前提って、月島サンらしいけどめっちゃ重いね」
それを聞いていた宇佐美がカラオケのリモコン画面を見ながら言ってきたが俺は無視した。
「鯉登ちゃんもグンソー殿にゾッコンだったと思うから重いなんて思ってないと思うけど、確か鯉登ちゃんって昔の記憶ないんだっけ?」
「あぁ、断片的に思い出す時はあるらしいがほとんどない」
「教えるつもりはないんだ?」
白石が尋ねてきたので答えると、房太郎が続け様に聞いてくるので、
「あぁ」
とだけ俺は言葉を返した。
本当の思いを吐露しても良かったのかもしれないが、敢えてこの場で言う必要はないと判断した。
「なんか、お互いに運命の相手ってカンジだよなぁ、グンソー殿と鯉登ちゃんは。次に生まれ変わってもまた出逢えそう」
と白石が俺に笑顔で言った後、宇佐美が曲を送信したらしく音楽が流れた。
「房太郎、一緒に歌って。もうすぐ時間だから」
かつて大ヒットした曲。
盛り上がる雰囲気じゃないのに、いつの間にか全員で歌っていた。
その歌詞に、俺は過去の記憶を持ったまま別の時代……今を生きている事が重なっているような気がした。
「みんな、ありがと〜!!またね〜!!!」
2時間ほどの時間で宇佐美は機嫌良く去っていった。
尾形は代行を頼んで帰っていき、俺は白石と房太郎を宿泊しているというホテルまで送っていった。
移動中、過去に白石が遺した金塊を現代で房太郎が発見し、それを基に会社を立ち上げて今の地位を築いた事、稼いだ金で白石を探して再会した事、今は白石が投資家でふたりで事業をやっている事を聞いた。
「今度、鯉登ちゃんにも会わせてね」
「……あぁ……」
ふたりは互いの事をソウルメイト、前世からの仲間と話し、笑いあっていた。
敵も味方もない今の世界で楽しく生きているように見えたふたりに、俺はまた会ってもいいかと思った。