わるいおとこ と かわいいりんご 一日のやることをすべて終え、ベッドに寝転がりぼんやりと天井を見つめる。窓の外では、雨の残響が路地を抜ける音が時折響くだけで、九龍城砦は夜の静寂に包まれていた。ベッドの古いスプリングが小さく軋む中、眠る前は決まってあの人のことを考えてしまう。タバコをくわえる彼の仕草、低い声、鋭い目つきが頭をよぎるたびに胸がざわつく。そして一度だけ見せたサングラスを外したひとりの男としての彼の表情が今も私の心に深く刺さったままだった。
そんな時、ドアを強く叩く音が部屋に響き、私はハッと我に返った。ここら辺は似たような作りのビルが多いから部屋を間違えられたのか、はたまた酔っ払いか。草履をつっかけて警戒しながら覗き穴を覗くと、そこには鍋を抱えた私服姿の龍捲風が立っていた。妙に家庭的な姿に驚きつつ、私は急いでチェーンを外してドアを開けた。
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