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    特異点の向こう側

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    2020.8.29 ミス晶♀

    65回 ぱちり。意識の浮上を感じミスラは目を覚ました。朝食を作る人々もまだ起きてこない夜と朝の狭間のような時間。魔法舎も、部屋の中も静寂だけが息をしている。
     ミスラはそのまま上半身を起こし、隣で眠る人を見下ろした。両手を祈るようにして組んだ彼女は微動だにしない。ミスラはそっと彼女の胸元に耳を当てた。トクトクと心臓が音を刻んでいるを確認すると、小さくため息をついてゆるゆると毛布を頭まで被った。彼女があまりにも美しく静かに眠るため、ミスラはなんだか妙にそわそわして、内臓がせり上がってくるような気持ち悪さが込み上げてきて、どうしても確認せずにはいられないのだ。
     実を言えば、ミスラがこの時間に目を覚ましたのは今日が初めてではない。これは毎日を気ままに過ごすミスラの数少ないルーティンなのだ。いつからだなんてとうに忘れてしまった。
     ミスラは毛布からもぞもぞと顔を出して彼女を観察する。緩く閉じられた唇、簡単に縊れてしまいそうな白い首、浅い上下運動を繰り返す胸、へその辺りで組まれた華奢な手、毛布からはみ出した小さな足先。手を組んで眠るのは小さな頃からの癖なのだと言っていた。「もし眠ったまま死んだら出棺が楽かもしれないですね」と能天気に笑う彼女が無性に腹立たしくてデコピンをくらわせたことも覚えている。
     彼女はいとも容易くミスラの手をすり抜けて子どものように駆け回っていると思えば、永い時を生きた魔女のように綺麗に微笑みかけてきたりする。大変に手がかかるのでどこか安全なところに一生閉じ込めて置きたいなと考えることもあった。だけど、宝石入れのように窮屈な場所では、目を細めたくなるような眩さはきっと失われてしまうのだろう。彼女もまた花のような人だなとミスラは思うのだ。
     花はやがて散る。花のようなあの人が遺したものは「花は散るからこそ美しく咲くんでしょうね」なんて笑っていたけれど。彼女が過去の人となるのを想像すると空腹時のような気分になる。だから、ミスラはその想像を早々に放棄した。そういえば異界には永い眠りについた姫が、王子の口づけによって目を覚ます話があると聞いた。いつの日にか、彼女が深く永い眠りに落ちた時、ミスラがどんなに愛しく口づけをしたとしても、きっと彼女は目を覚さない。それくらいのことは分かっていた。なぜならミスラは王子ではないし、彼女も姫ではないので。
     「はあ…」と大きなため息を吐いてからミスラはもう一度彼女の心臓が全身に血を巡らせる音を聞いた。彼女は確かに生きていて、今、確かにミスラの隣にいる。
     ミスラはゆっくりと目蓋を閉じていく。徐々に輪郭を失っていく意識の中で早く彼女の声で起こされたいなとぼんやりと考える。やがてミスラの意識は透明な夢の中へと再び完全に溶けた。
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