99%LIBERTY⑥「ひとりだともう、どうしようもないんだ」
「何が?」
「おまえの手じゃないと、イケなくなった」
屋根裏部屋のベッドで抱き合った後、隣に寝そべる彼がつぶやいた。ふふ、と余韻を残したままとろりと笑った彼を見て、ようやく、この時が来たと思った。整えていた身支度を終わらせ、心のままに微笑んで彼を見下ろす。
「そうなんだ。もう女なんて抱けないね」
くすくす、と嘲笑が漏れる。いい気味だ。さんざん仕込んだ肉欲の果てにもう男でしか満足できない体に成り果てて。手はかかったけれど、無事にここまで来た。
「別れようか、僕たち」
彼がひたり、と動きを止める。その顔が早く歪めばいいと思った。愛だ恋だと宣うそんなもの、まやかしなんだと思い知ればいい。そんなお綺麗な言葉だけで片付けられるようなものなんか僕は要らない。
「君のことが嫌いだよ。うわべばかりで愛だの恋だの……虫酸が走る」
彼はただじっと僕を見ていた。絶対に忘れられない苦い記憶として刻み込めばいい。憎しみは何より強く心を支配する。今までの甘ったるい付き合いなどすべて反転してしまえ。彼が復讐でも何でもいいから向かってくるのなら、それはとても楽しいことのように思えた。
言葉を探すようにゆっくりと瞳を瞬かせる彼に醜態を期待した。泣くくらいしてくれれば、気分良くさよならできる。けれど、彼は瞳を強い意志にきらめかせ、ふてぶてしく言い切った。
「絶対に嫌だ」
「は?」
「別れないからな」
真顔で淡々と告げる涙とは程遠い表情に眉を寄せる。彼は頬杖をついてにやりと笑った。
「最初から知ってたよ。明智が俺のこと好きじゃないことくらい。それでもよかった。俺は明智のこと好きだったから。付き合ってからも、本性を見せてくれてるみたいで嬉しかった。そんなところにだってまた惚れたんだ、だから絶対に別れたくない」
「馬鹿だな。僕はもう付き合いきれないよ」
そう言って踵を返そうとした僕の手を彼が掴む。直接的に伝わる体温は、想定よりも随分冷たかった。
「なあ、勝負しないか?」
「勝負?」
「どっちが先に音を上げるかの勝負。俺が耐えられなくなるか、おまえが耐えられなくなるか」
「それ、僕にメリットないよね?」
「デメリットならあるぞ。いいって言うまで付きまとう。言っておくけど、俺は有言実行するぞ。全校生徒の前で叫ぶくらいまではやれる」
「……ストーカーじゃないか」
「何とでも言え。うっかり付き合った自分を恨むんだな」
不敵な笑みを崩さないまま、ぽんぽんと会話の応酬を続ける彼をじっと見つめた。顔色は全く変えていないのに、僕を掴む手のひらばかりがひどく冷たい。柄にもなく緊張しているのか。僕を引き止めるために。
「…………勝利条件は? それが設定されていなければ、勝負は無効だよ」
「俺が別れ話をしたら明智の勝ち、明智が俺をそばに置きたくなったら俺の勝ちでいいだろ」
「随分と曖昧だね」
「かわいい後輩が最大限引き伸ばしにかかってるんだから大目に見てくれ」
「かわいい後輩? どこが」
「健気でかわいいだろ」
指で自分を示す男は、すっかり元の調子を取り戻したようだった。健気でかわいい後輩は先輩のことを脅迫しないと当たり前のことを言ってやるか迷って、聞くはずないかと諦める。
「……いいよ。好きにしなよ。僕からはもう何にもしないけど。君がいつまで諦めずにいられるか見物だね」
彼としてはおそらく失敗できない交渉で、堂々と脅迫してくる度胸とガッツ、そして僕の興味を引けるだろうとわざわざ言葉を選んだ頭の回転。甘ったるい感情に流されて鈍ったと思っていたそれが、また片鱗を見せた。
それがただ面白かっただけだ。興味深い生き物を観察するだけ。
「ありがとう、好きにする。愛してるぞ明智」
心底安堵したように微笑むのに合わせ、やっと温んできた手のひらの温度が、手放し難いなど有り得ない。