ポトフェ前編10話の穴埋め妄想「あ、ああ、あのー……。そのワッフルメーカー……、拙者が作っていい?」
え!?と体育会系らしい声量でジャックが叫んだため誰にも聞こえなかったと思うが、同じタイミングでケイトも「え!?」と声を上げていた。確かにイデアにはB組グループのリーダーを引き受ける代わりに協力しろと脅して――いやいや平和的にお願いしていたのだが、まさかミーティングの途中でそろっと手を上げてまで発言するとは思っていなかったのだ。
「な、なななるべく楽をしたいですし……。高速で大量生産可能なやつを自作するよ」
いやまだイデアくんを調理係にするとは一言も言ってないんだけど!と盛大にツッコミを入れたかったが、ミーティングが始まる前はサボるつもりだったとまで言っていた男が。しかも魔導工学の天才と名高いイグニハイドの寮長が!やる気を出してくれただけでもありがたい。
「それじゃあエペルちゃんを中心に一年生たちでレシピを作ってくれる?二年生はラギーくんを中心に、材料の買い出しヨロ!三年生はイデアくんを中心に、機材の調達をお願い!」
あとは何でもない日のパーティーと同じく、メンバーに担当と試食会までの期日を伝えてお開きにするだけだ。みんな、おつかれ~!と解散を告げると、お疲れ様でしたー!と元気な声で下級生とクラスメイトたちが帰っていく。
後で写真撮らせて、と約束していたジャックとラギーとエペル、そして意外にもイデアを除いて。
「なになに、イデアくんもポート・ウェア気になってた感じ?ていうか、イデアくんがハーツラビュル寮に来るのって初めてだよね?せっかくだからイデアくんも一緒に写真撮ろうよ!」
「ケ、ケケケイト氏が無理やり拙者を引きずってきたんじゃん……!あの怪力どこから出てくるの!?」
「え~、イデアくんが非力なだけじゃない?」
赤と白を基調としたハーツラビュル寮の内装には馴染まない、青と黒を基調としたイグニハイド寮の寮服と鮮やかなサファイアブルーの髪。
もともとガードの固いイグニハイド寮生の中でも、イデアは特に人との接触を嫌う男だった。その理由を知ったのは嘆きの島に連れ去られたリドルたちが無事学園に戻ってきてからであるが、その後イデアも学園に残ると知ってケイトは真っ先に「改めてさ、友達になってよ。イデアくん」と声をかけた。
どうせ忘れ去られるのだから、自分だけ覚えていたくない。
かつてのイデアの心情が、痛いほどに分かったからだ。
それから日中のほとんどを隣の席で過ごしているためか、「写真はオッケー?」「……一枚だけなら」と言ってもらえる程度には仲良くなっている。
「……あのさ」
しかし――もしかしたらこれがイデアがミーティング後も談話室に残った理由なのかもしれないが、どうにもケイトに言いたいことがあるようだ。かげろうのような炎を纏う髪が、イデアのささくれた心情を表すようにいつもより揺らめいている。
「……なんで、ジャック氏に投げたの」
「え?」
「き、君の決定なら、誰だって言うこと聞いたでしょ」
リーダーなんだから、と言われてしまえば、それこそ目の前の張本人が全力で嫌がったのが一番の原因なのだが、どうも最終的なメニューのアイデアをジャックに聞いたのが引っかかっていたようだ。ケイトは少しだけ迷って、まあイデアなら深入りしてこないだろうと撮ったばかりの写真を加工する手を止める。
「……だって、嫌じゃない?価値観を否定されたり、無理やり決められたりするのって」
思い出すのは「ねえ、これは可愛い?」と姉たちの反応に怯える昔の自分だ。ダイヤモンド家は可愛いかどうかがすべての尺度のため、姉たちから可愛くないと言われたものはすぐに捨てられてしまった。
「ジャックくんは諦めてなかったじゃん、考え続ければみんなの意見をまとめられるって。だから、オレが勝手に決めるよりかはいいかなって思って」
「……つまり、誰からも恨まれたくなかったってことね」
「うっ……、まあそうなんだけど。でも、できるだけみんなには”今”を楽しんでほしいからさ。悲しい顔なんてさせたくないじゃん」
たった四年しかない学生生活。卒業したら寮のみんなとも同級生のみんなともバラバラだ。もちろん、目の前のイデアとだって。
「……誰かを好きになっても、誰かに好きになってもらっても、最後には思い出にしかならない。ならオレは、みんなの笑った顔だけを覚えていたい」
無意識に呟いていた言葉に、ケイトははっとして「なんてね」と笑顔を作った。イデアに聞こえていたかは分からないが、口よりもよっぽど素直な髪が少しだけ弱火になった後、「……あーそういえば拙者、ワッフルとかいう陽キャ御用達のシャレオツなスイーツなんて食べたことなかったんですわ」と唐突にタブレットを操作し始めた。
「はあー。とはいえワッフルの店なんてこんな陰キャなオタクが知ってるわけもなく、知ってても一人で入れるわけもなくー。誰かに誘われればぜひとも調査に行きたいところですが無念ー」
これ見よがしにタブレットからワッフル店の地図を空中に投影すると、「せっかく借りのあったリーダー氏に拙者のできる男っぷりを見せつけてやりたかったんですがー」とケイトのスマホにフルーツやら生クリームやらでカラフルに盛られたワッフルの写真を大量に送ってくる。
「……ねえ、これ、オレを誘ってるってこと?」
「えー、拙者そんなこと言いました?」
「言った言った、大好きなけーくんと一日中ワッフルデートしたいって言いました~」
「ちょっ……!さすがにそこまでは言ってませんが!?」
ボッとイデアの髪が爆ぜて、青白い頬に赤みがさした。ついさっきまで器用に片方だけを上げていた口角をむっと尖らせて、これだから陽キャは……、といつもの調子でぶつぶつ文句を言っている。
そんなイデアを眺めながら、ケイトは気を遣わせちゃったな~と反省しつつもにやけてしまう口元を隠せなかった。
「それじゃあB組グループのリーダーとして、イデアくんが最高のワッフルメーカーを作れるようなデートプラン考えとくね」
本当はイデアが送ってくるワッフルの写真だけでも顔を顰めたくなるくらい胸やけがしていたのだが、今だけでも隠したかった。聡いイデアならいつかは気づくだろうが、あと少しだけ。
「だ、だから……。デ、デデ、デートじゃ……」
この会話を楽しみたかったのだ。