嘘のような本当の話 嘘のような本当の話、俺様は初めてダンデにあった時。
目と目があったその瞬間。
ダンデが俺様の運命だと
唯一だと気づいてしまった。
分かりやすく言ってしまうと一目惚れという奴だ。
雷に撃たれたような、目の前で火花が炸裂したような……そんな強烈な衝撃が身体に走ったのをあれから10年たった今も、昨日のことのように覚えている
けれどだからといってそれをダンデに言ったこともなかったし、その思いを叶えようだなんて報われたいだなんて思ったことはこれっぽっちもなかった。
チャンピオンと、そのライバル。
誰にも邪魔されないフィールドの上、魂をぶつけ合い、愛するパートナー達と共に彼奴の喉笛に牙を突き立てんばかりの、そんなバトルが出来ればそれだけで十分な筈だった。
「今度見合いをすることになった」
ダンデにそう告げられるまでは。
書類を届けるために訪れたバトルタワーのダンデの執務室。
へらりと笑ってそう告げたダンデはその後机に突っ伏し
「……嫌だなぁ」
と呟いた。
俺様の口はからからになってダンデをただ見つめることしかできない。
「嫌だな……………………俺は君が好きなのに」
「……っは?」
ようやく絞り出せたのはそれだけで、ゆるゆると顔を上げたダンデは先ほどと同じようにへらりと笑っているが明らかに先ほどより気力がない。
「……すまない。困らせたよな……………………ごめん。聞かなかったことにしてくれ。呼び止めて悪かった」
そういってダンデが椅子から立ち上がり、こちらに背を向ける。
「すまない。今君の顔を見るとまた余計なことを言ってしまいそうになる」
だから、背を向けることを許して欲しい。
そういったダンデの背中は微かに震えて、声も掠れていた。
そんなダンデから逃げるように執務室の扉から飛び出し扉を乱暴に閉める。
うまく呼吸ができなくなって、それでもここに居続けることはできなくって……気付いたら走り出していた。
走って走って誰もいない路地に逃げ込んでずるずるとその場にしゃがみこむ。
「なんで……なんで……」
なんで?今までこの思いが報われたいだなんて思ったことはなかったのに、思いを伝えたこともなかったのに……
「なんで嬉しいだなんて……」
頭を抱えガシガシとかきむしる。消えろ消えろ、嬉しいだなんてそんな浮わついた思いは、報われてはいけない思いは消えろ。
そう思うのに、それなのにダンデが言った
「俺は君が好きなのに」
この言葉が頭にこびりついて離れない。
キバナの思いは報われてはいけないのに……
だってこの思いが報われてしまえばダンデが歩む筈の平穏な幸せが失われてしまう。
ダンデは普通にかわいいお嫁さんを娶ってかわいい子供のお父さんになるんだ。
それがダンデの幸せなんだ。
俺様の唯一が、運命がダンデだったとしても……それでも俺様とダンデは結ばれてはいけない。
「っう……ぁあ、………」
誰もいない路地に突っ伏して、頬に、服に砂がつくのも構わないで押さえられない声を溢す。
頬を伝う涙も拭わないで泣いて泣いて、泣き続けて。
なんて馬鹿なんだろうと自分で自分を罵倒する。
中途半端に希望を持ちやがって、地獄へ愛する男を巻き添えにするつもりか?
馬鹿やろう。俺様なんてくたばってしまえ。
今までの我慢を無駄にする気か?
そのうち視界が暗くなって、気づいた時には薄暗い路地に突っ伏して眠っていた。
ふらふらと自宅に戻りスマホを確認すればそこには部下と、ダンデからの着信が大量に残っていた。
それに返信する気力すら今のキバナにはない。
シャワーだけはなんとか浴びてそのまま倒れ込むようにベッドに横になる。
だらりとベッドから飛び出した手を垂らしたまま天井を見上げる見慣れた天井はキバナに安心感を与えてくれる。
揺らいだ心が落ち着き理性が帰ってきた。
帰ってきた筈なのだけれど……
「やっぱり嬉しかったなぁ」
嬉しかった。どれだけ気持ちを押さえても、目を剃らそうとしても、あの言葉を嬉しいと思う気持ちは変わらなかった。押さえられなかった。
「だってずっとダンデだけを見てたから……」
そりゃ嬉しいって思ってしまうよなぁ。
仕方ない。仕方ないけど、ダンデを愛しているからこそ。
「俺様がダンデと結ばれたらダメなんだよ」
そういってキバナは諦めにもにた笑みを笑みを浮かべる。
それがダンデを愛しているという気持ちを押さえられない事にたいしてなのかなんなのかは分からない。分からないけど笑みと共に溢れた声が地に落ちる。
迫ってきた暗闇に落ちるようにキバナは意識を手放した。
あれから☓☓年の月日がたった。
春の日差しが気持ちの良い今日、キバナの愛する男は結婚する。
もちろん相手はキバナではない。
幸せそうな顔で笑うダンデのとなりで笑うのは小柄で可愛らしい笑顔が似合うそんな少女のような女性だった。
皆の祝福を受ける二人を遠くから眺めて、愛しい人の笑顔を網膜に焼き付ける。
嘘のような本当の話、俺様は初めてダンデにあった時。
目と目があったその瞬間。
ダンデが俺様の運命だと
唯一だと気づいてしまった。
分かりやすく言ってしまうと一目惚れという奴だ。
雷に撃たれたような、目の前で火花が炸裂したような……そんな強烈な衝撃が身体に走ったのをあれから10年以上たった今も、昨日のことのように覚えている。
そして今もダンデを愛してる。
愛してるから、手を伸ばさなかった。
愛してるから、突き放した。
強く惹きつけられ、慈しみ、宝のように大切にした男を突き放した。
お前の幸せにキバナは友人として添い遂げられればそれでいい。
手を離さないことも愛だけど、手を離すのも愛だから。
「幸せになりなよ……」
そう呟くキバナの視界が揺れ涙が溢れそうになったその時
「君は本当にそれでいいのか?」
という声と共に熱い手のひらがキバナの腕を掴む。
その瞬間に意識が浮上し夢から目覚めた。
「………………あれ?」
ガサガサの声が耳に届き、驚きで目を見開く。
起き上がろうとするのを夢の中で腕をつかんだ熱い手のひらが止めた。
「まだ起き上がらないほうがいい」
声の方に視線をやれば、泣きそうな子供のような顔をしたダンデがそこにいた。
「君が帰って随分経ってから君の部下たちからまだ君が帰らないって連絡があってな。リザードンに手伝ってもらって探したんだ」
そう言ってダンデが、キバナの手を握りしめ額に押し当てる。
「……すまない。俺が……俺が……君を好きだといったばかりに。でも好きなんだ、愛してるんだ。初めてあったあの日、君が俺の運命だって、唯一になるって……信じられないだろうけど、嘘じゃない。俺には君だけなんだ」
そう言ってダンデはついに泣き出してしまった。
それを見たらもう我慢なんてできなかった。
幸せになって欲しいと願った男が、泣いている。
キバナが好きだと、愛してるんだと泣いている。
それを見て尚、手を離すのも愛だからなんてどうして言うことができようか。
手を……伸ばしていいのかな
突き放さなくて、抱きしめて良いのかな
必死に空いた腕をダンデに伸ばし胸に頭を抱き寄せる。
「俺様も、ダンデが好き……大好き。愛してる」
そう言った瞬間箍が外れたように思いが溢れてダンデを抱きしめたままキバナの頬を涙が濡らす。
そうして二人は寄り添いながら泣き続けたのだった。
やがて夜が明け、病室に朝日が差し込み二人を照らす。
柔らかな朝日の下泣きつかれて眠る二人の手は離さないように、離れないように強く‥‥強く結ばれていた。