うまダキ テーブルの上には沢山の料理が並んでいる。
ピザにハンバーガー、フライドチキンに、フィッシュ&チップス、ローストビーフ、オニオングラタン
「デザートにアップルパイとバニラアイスがあるぜ」
そういってこちらを振り返ったキバナの手にはスティック状の野菜が乗った皿とミートボールが乗ったスパゲッティの皿が乗っていた。
「……キバナ、これは…」
「ん、これ?これはオレさま特製根菜ピクルス」
「いや、そうじゃなくて……」
「え、嫌いだった?」
「…………嫌いじゃない」
嫌いじゃないけど量がおかしいだろ!
その言葉をのみこみ鼻唄を歌いながらテーブルに皿を乗せるキバナを見つめる。
「ラストは……」
「まだあるのか?」
「激辛カレーでーす」
「は?」
「いや~なんかわけわかんないくらい辛いカレーができて俺様ビックリしちゃった」
そういって俺の前に出されたカレーは大きめの具材がゴロゴロ入って大盛りで
「…………なんか赤くないか?」
「死なないから大丈夫」
カタリ控えめな音をたてキバナが俺の前にすわる。
「…………何で今日はこんなに」
ダンデの問いにキバナは振りと笑みを浮かべる。
「だって久しぶりに恋人が家にくるって言ったから張り切っちゃった。それにさ」
「それに?」
「今日はお前のお疲れ様会も兼ねてるから」
キバナの言葉にダンデは少しだけうつむき視線をそらした。
「おい、ダンデそんなかおするなよ」
そんな言葉と共にキバナが腕をこちらへ伸ばしわしゃわしゃとダンデの頭を撫で顎の下をくすぐる。
「ちょっキバナやめてくれくすぐったい」
「やめてほしかったら顔をあげなよダーリン」
そういってもう片方の手までのばして来たキバナにあわてて顔を上げれば俺の顔を覗きこむキバナがいて、その碧の瞳と目が合う。
「俺様たち秘密の恋人ってやつだからさ、外で会えない分たまに一緒にいられる時は笑っててくれよ」
俺を映す瞳がそんな言葉と共にゆるりと細められた。それにつられてへにょりと笑えば
「そうそう、そうやって笑っていた方がお前はいいよ」
とキバナが言って椅子に座り直す。
「冷めないうちに食べようぜ。ほら手を合わせて」
「「頂きます」」
二人で手を合わせた後テーブルの上の料理に手を伸ばす。
キバナ特製の料理はとても美味しくて、量が多いと思っていたのにみるみるうちに皿の上が減っていく。
「おいし?」
「あぁ、美味しいぜ!特にスパゲッティが大好きな味だ」
「だろ?だってお前がこれ好きだって前に教えてくれた味付けにしたもん。」
そんなことを話して、たまに思い出話もして、ゆっくりと時間が過ぎていく。
こんなにゆっくり食事をとるなんて久しぶりの事だ。
ダンデは、ローストビーフを頬張りながらそんなことを考える。
チャンピオンではなくなってから二週間。
今日までずっとブラックナイトの後始末で走り回っていたんだから無理はない。
忙しすぎてまだ負けた実感すらないくらいだ。
なんならまだふわふわと夢の中にいるような地に足が着いていないような。
明日朝、目が覚めて此処数週間の事は全て夢だったそう言われたら納得するくらいの……つまるところ俺はまだ気持ちの整理も、現実に向き合うことも出来ていないんだろうなぁ……
そんなことを考えながらぼーっと料理を口に運び咀嚼する。
「………………ダンデ美味しくなかった?ローストビーフ」
心配そうなキバナの声で現実に引き戻された。
「っあ、いや、うまい。すごくうまいぜ!君の作るものは全部うまい」
あわててそう返すがキバナの表情は変わらず、少しだけ下がった眉の不安げな表情をしていて少しだけ気まずい空気が流れ思わずダンデはキバナから目をそらした。
「………………本当に?」
「あぁ、本当にだぜ」
「じゃあ、カレーも?」
「あぁ、うまい……ぜ……」
言いかけてハッと口を閉じる。
そろりとキバナを見れば少しムッとした表情に変わっていて
「食べてないくせに……やっぱりあんまり美味しくなかったんだ」
と拗ねるように言った。
「いや、うまい、本当に美味しい。いくらでも食べられる。きっとこのカレーも旨いだろうな」
「じゃあ食べてみなよ」
「…………」
「やっぱり美味しくないんだ」
そういってキバナが悲しそうな顔をするからダンデはあわててカレーの大皿にスプーンを向けた。
覚悟を決めて一口頬張る。
「!!!!」
先ほどまで食べていた料理の味が遥か彼方へ消え去るほどの辛さが口のなかで爆発した。
汗が吹き出し涙が出そうになるくらいに辛い。
「美味しい?」
じっと俺を見つめたままのキバナにそう聞かれこくこくと頷く。
「なら、全部ダンデが食べていいよ」
そんな死刑のような宣告に内心ショックを受けながらもダンデはとりあえず
「本当か?嬉しいぜ」
と返し必死にスプーンを動かしたのだった。
汗をかきながら辛さに顔を歪めながらカレーを食べるダンデをキバナはじっと無言で見つめる。
なにかを待つような、ダンデになにかを言いたげな表情を浮かべただただじっとカレーを食べるダンデを見つめている。
しかしダンデがそれに気づくことはなかった。
食事を終えたあと二人はリビングのソファに座り身を寄せあっていた。
キバナはテレビにリモコンを向け画面の操作をしている。
「せっかくだし、バトルの映像みようぜ」
そういって手を引かれソファに座ったのはついさっきの事で、正直お腹が満たされ此処数週間張り詰めていた緊張の糸が切れた。久しぶりに感じた眠気に従いベッドにダイブしたい。
そんなことを考えながらも恋人にまだ一緒に起きていたいと言われてしまえば従うしかないだろう。
やがて流れ始めた映像にダンデはピクリと身体を強ばらせる。
「……キバナ…………これは」
「うん………………お前が負けたあの日の映像」
「キバナ、おれ……ちょっと」
そういってソファから身体を浮かせようとした俺の手をキバナがつかみその場にとどまらせる。
「キバナ、手を離してくれ。俺は」
「ダメだよ。俺様と一緒に見届けるんだ」
俺の目をまっすぐ見つめてキバナが言う
「……っでも」
「頼むよ」
ないだ水面のような静かな声でキバナが言う。
すりっと手の甲をキバナが撫で宥めるように
「大丈夫だから、何も怖くないから」
その言葉にダンデは諦めたようにソファに背を預けた。
映像のなかで俺のマントがはためいている。
芝居めいた動作で口上をのべる自分はまるで今の自分とは違って勝利を信じてやまないそんな輝きとパワーに溢れていた。
祈るように手を握り映像の中の自分の結末を見守る。
バトルはどんどん進みやがて……
「…………………………」
自分の愛する炎を抱くオレンジの竜が地に伏す。
つばをふせ、隠した顔に浮かんだ表情を思いだし奥歯がギリッと音を立てる。
先ほどの眠気が消え変わりに苦いような胸を締め付けられるような最悪な気持ちが身体に充満していく。
ずっと目をそらし続けていた現実を突きつけられたような、泣きたいような怒りたいような……
キバナはなんの意図があってこんなことをしたのか?
思えば今日の食事の時から、違和感はあった。
でも理由がわからない。
拳を握りしめれば隣のキバナがポツリと
「だってお前がカレーでも泣かないから」
といった。
ズッとキバナが鼻をならしソファの上で体操座りをして抱き寄せた膝に額を乗せる。
「あんなに辛いカレー食べさせられたら普通泣くのになんで泣かねぇんだよ」
しゃくりあげ始めたキバナを前にダンデは言葉を紡げなくなる。
「お前、自分がどんな顔しているか気づいてないだろ?自分の気持ちにも気づけない迷子の子供みたいな顔してんのに、苦しんでるのになんで吐き出さねぇんだよ」
「それは…………」
忙しかったから。気持ちに整理を着ける暇がなかったから。
言い訳はいくらでも浮かんでくるのに口に出せない。
はくはくと、口が動くだけで精一杯だ。
「…………ごめんなぁ、俺様が倒すって言ってたのに」
ごめん、ごめんと小さく謝るキバナを抱き寄せ彼の体温に触れた瞬間ぼろりと瞳から涙がこぼれた。
「謝らないでくれ君はなんにも悪くない悪いのは弱いおr」
そこまで言って口をつぐむ。
違う。俺は弱くなかった。
俺は弱くなんかない。いつでも最善を尽くせるよう努力していたし、パートナー達のコンディションもさいこうだった。
だって弱かったら10年も俺はチャンピオンなんて出来ていなかった。
チャンピオンであるために、キバナに負けないために血反吐を吐いてきた俺が弱いわけがない。
「悔しい」
噛みしめるように本音を溢す。
全力だった、自分の最善を尽くした。
人生を捧げたバトルに負けた。
変な言い訳を付け目をそらしていた本音を、現実をキバナに引きずり出されて突きつけられてしまった。
悔しい、悲しい一度声に出せば止まらなくてまるで過呼吸のように早い息を繰り返し、涙を溢す。
二人で抱きしめ合って、声を上げ頬を濡らし、慰めるように相手の涙を唇ですくう。
やがて泣きつかれて眠りに落ちるまで二人は子どものように泣き続けた。
次の日の昼頃二人はようやく目を覚ました。
真っ赤に腫れた互いの瞳を笑い、頬を撫で唇を重ねる。
くぅ……
突然なったダンデの腹の虫にキバナがくすりと笑う。
「昨日食べたけどカレーつくる?」
そう笑って聞いたキバナに
「甘口でいいなら」
とダンデも笑いながら答える。
まるでひまわりのようなその笑顔はすっかりわだかまりが消えたように明るく輝いていた。