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    ajinomedama

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    ajinomedama

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    続き。

    #李書文
    liShuwen
    #スカサハ=スカディ
    scathach-skadi

    おやすみアメジスト(後編)———さて、夜である。
    「ふむ。」
    紫の宝石を繁々と眺め、魔術紋様…ルーンの知識などさっぱりだが…を確認する。
    神と成り、三千年もの間世界を預かったものの気持ちなどは到底わからない。李書文は口にこそ出さないがわからないものを恐れる。
    いかなるものでも形あれば触れれば弾け、突けば壊れる。形無きもの…例えば矜持や慢心。そうしたものでもやはり打ち合えば見えてくる。陽陰、動と静。武を極めればおのずとそうした理が見えるかと思ったが…それでも、形こそあるが決して壊れず、触れようとも掴めず底が知れないものは存在するということか。例えば、悪い夢、怪奇。例えば、あの女のような。
    「!ええい、知るか。」
    透き通るような紫の輝きが、ふと彼女の瞳を思わせることに気付き、馬鹿なと慌ててそれを枕元に置き灯りを消した。
    (次に会ったときにどう言って返すか…)
    結局は全て気の持ちようなのだろう、怪奇も、あの柔らかさも。気にしなければそれで終わる、そう思いながらうつらうつらとし始めたときに、それは再び現れた。
    (…!)
    頬にピリピリと刺さるような嫌な緊張感。いる。確かに視界の端にそれはいる。
    試しに足の指などを動かそうと試みるが、動かない。呼吸を整え丹田に力を込めようとしてもその視線に射すくめられ、動かない。馬鹿な。
    それは意識に引き寄せられるように胸に乗り、ぴたりと顔と顔を触れ合わせて書文の顔を確認しているようだった。目だけは動かすことができたので必死に目を瞑る。心臓の音がやけに大きい。汗すら出ないほど一瞬が長く、それの鼻息が頬にかかる感触だけは生々しく……どうしたらいいか全くわからないのが、ただ恐ろしかった。
    「おお、やってるな。」
    呑気な声が枕元からして、ハッと緊張が一気に解けた。先程のものも胸の上から離れたらしく、どうと滝のような汗が出て反射的に起きあがろうとする。
    「書文、寝ていろ。お前を寝かしつけに来たんだ。」
    フワリと、全く重さを感じないままに、どこからか現れたスカディは杖を構えたまま書文の枕元に降り立った。例の宝石の分身というやつだ。
    「うん、よくないぞ、人が寝ようとしているんだ。書文は愛すが……お前はどうしようかな。」
    そう言いながら杖に光を灯し、空中に何事かを書いた。ルーンの光は一、二、三と数を増やしながら鼠花火のように獲物を追いかけながら空中を跳ねた。
    その光景はいつか子供の時分に見た春節の祭りに似ていた。弾ける光、光で照らされるスカディの横顔、怖くはない安心しろとこちらを見て微笑む様はどこか懐かしくもあり、美しかった。
    そしてルーンの光はとうとうそれを捉え、形あるものにしてしまったらしい。
    「はは、捕まえたぞ。さて…」
    スカディは猫の子でも捕まえたようにそれを抱き上げた。最初より随分と縮んだらしい。
    「うん……うん、そうか。ああ……ああ、なるほど。」
    スカディは会話らしい言葉を二、三交わし、ではさらばだとルーンの光を杖を振って消した。再びの暗闇、しかし先程のような圧力は無い。
    「…どうなった。」
    書文はあたりを警戒しながらそっと起き上がる。
    「かえらせた。どうやらお前の反応が一々面白いので毎晩見に来ていたらしい。もう来ないだろうがな。」
    「そうか…。」
    能天気な言い方に、妙に安堵した。さしずめ、どこぞの英霊が放った使い魔の類だったのだろう、誰のものかはわからないが…もう来ないのであれば気にする必要も無い。
    「しかしこういう状況でああいうのは逆に珍しいかもな。本物の幽霊なんて久しぶりに見た。」
    「………は?」
    「名だたる英霊が跋扈するカルデアにわざわざ現れるとはな、あれは私にもよくわからない有耶無耶の残滓だ、度胸だけは認めるが…書文、お前が昔殺めた……書文?」


    そこから先のことはよく覚えていない。
    確かによく眠れた、気がする。気絶という形ではあれ最終的に意識は落ち、目が覚めると朝だった。何故気絶したのかを思い出すとまた頭が悪いように冷えるので考えないようにして…とりあえず起きあがろうとベッドに手を付いたところで、布団の中にいるのが自分一人ではないことに気が付き再び心臓が飛び上がるようだった。
    「ん………起きたか、おはよう。」
    スカディは何故かまだこの部屋にいた。眠い目を擦りながらもぞもぞと起き上がり、伸びをする…しかもいつの間にか寝巻きにすら着替えていたらしい。昨晩は戦闘服で現れたのに。
    「昨日も言ったが…もうあれは現れない、満足したらしいからな、よかったよかった。」
    「待て、良くはない。まずお前の本体に合わせろ、分身では話にならん。」
    昨晩とは嫌な汗が首をつたう。
    「?私が本体だ。」
    「………なんだと?」
    頭痛がしてきた。目眩すらする。
    「分身は今頃私の部屋ですやすや寝ているだろう。お前を助けるには部屋から抜け出なくてはいけないが…こういうことにはクー・フーリンらがうるさくてな…人を助けるのは神の務めだろうに何を怒っているのか…。アメジストを媒介にこちらへ抜け出てからは…あれからはお前の眠りを見守っていた。ふふ、存外可愛い顔をしている、よく眠れたようでよかったよ。」
    さて朝食だ、起きろと何でもないようにスカディは立ち上がり、便利なことにルーンであっという間に着替えを済ませた。
    「…………」
    灸を据えるべきか。今ここで、とびきり熱いやつを。男の部屋に、それも満更ではない相手の部屋に真夜中にノコノコと現れて、勝手に布団に潜り込んで朝寝までする無防備さに対して。
    「書文…その……なんだ、」
    「…?」
    よくはないな、これは、やはり。と、スカディはこちらを見ないまま、いつもより小さな声で辿々しく呟いた。
    「お前の寝顔が愛おしく…良くないと思いつつ、離れられなかった、ふしだらだ、許せ。」
    先に行く、と彼女は返答も聞かずに部屋を出た。ツカツカツカと遠ざかる足音は不自然なほど速い。
    「……わからんなぁ。」
    怪奇よりまだわからないものがあるかと、部屋に一人残された書文はニヤついた。


    結局、返しそびれたアメジストはまだ枕元で輝いている。わざと残したのか、それも食堂に追い付いたときに聞かなければ。

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