経験豊富も形無し※復興後だと思って読んでください
「千空! 貴様が欲しい! 俺のものになれ!」
「断る」
「ハッハー! 相変わらずつれないな!」
恒例になりつつある龍水の突撃に、千空と共にクラフトしていたクロムとゲンはそっと龍水から目をそらした。千空は龍水の言葉を間髪入れずに切り捨て、黙々と作業を続けている。
「バイヤ~…… 龍水ちゃんまた来たよ……」
「今日3回目だろ……? 見ろよ千空のあの顔……」
ゲンがクロムにこそこそと話しかけ、千空を盗み見た。決して怒っていたりイラついていたりする顔ではないが、苦しそうに眉根を寄せる千空に、クロムが心配そうに呟く。龍水が千空へ向けて熱烈なアプローチをかけているのは、復興前から科学王国民にとって周知の事実だった。しかし、当の本人は全くそうだとは思っていないうえに、龍水が頻繁に自分の元に訪れることに必要のない罪悪感すら抱いていた。自分のせいで龍水の時間を無駄にしている、と。そのため、いつも簡潔かつ即座に断りを入れているのだ。
「えーっと…… 龍水ちゃん? 今日はやけに熱心だけど、千空ちゃんに頼みたいことがあったりするのかなー?」
いつもはあまり強引に来ることの無い龍水が、こうも何度も訪れるとあっては、きっと何か用があるのだろうと当たりをつけたゲンが龍水に話しかけた。すると、フィンガースナップを響かせて待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「千空! 俺とパーティに出席してくれ! ドレスコードの心配はない。すべて俺が手配する! 俺の隣に立っていてくれるだけでいい!」
ぎょっと目を見開いたのはゲンだった。クロムはよくわからず首を捻っている。千空は手を止め、怪訝な顔で龍水を振り返った。
「はぁ? パーティって…… 龍水、テメーと同伴したいご令嬢は山ほどいんだろーが」
ゲンは頭を抱えた。千空は龍水がどういった真意で誘っているかを全く理解していないものの、どの立ち位置でパーティへ招かれたのかは正しく理解していたからだ。
「そうだな! 確かに山ほど声はかけられたが……」
「ほらみろ。俺である必要がねぇじゃねーか」
「龍水ちゃーん……? 多分、いや、確実に真意は伝わってないから、ちゃんと気持ちを言葉にした方がいいんじゃないかな~? 初めから! 全部……っ!」
そう、龍水の数々の口説き落とさんとする行動すべてが全く実を結んでいないのである。それに気づいている者は多いが、今までは見守ろうと口をつぐんでいたのだ。龍水の石化前のことを考えると、男女の駆け引きには嫌というほど晒されてきたに違いない。しかし相手にしているのは、恋愛など切り捨てているに等しい相手である。
「千空、貴様がいい。いや、千空でなければ意味が無い」
龍水はまっすぐ千空を見つめ、じっとその瞳を覗き込んだ。ゲンの願いも空しく、簡潔ではあるがある意味でははっきりと千空へ想いを伝えた龍水。千空は少し驚いたように瞳を瞬かせ、思案する素振りを見せたが、少しするとにっと口角を上げて口を開いた。
「……分かった。ククク……そういう事か。そこまで言うなら杠に協力を仰ぐ。杠大先生なら何とか見られる程度には大変身させてくれるだろ。一度女装させられたときは黙っていればギリいけるって言われてっから安心しやがれ」
ゲンが言わんこっちゃない、というように頭を振った。龍水は千空が言った言葉を理解するのが遅れ、一瞬呆けてしまう。
「大事なスポンサー様の頼みだ。うまくテメーのオンナになりきってやるよ」
「待て待て待て、違う違う」
口説き続けて数年。龍水はやっと千空に欠片も意識されていないことに気づいた。いつもの余裕のある姿はどこへやら、だらだらと冷や汗を流し、頬を引きつらせている。
「何が違うんだよ。架空の婚約者を作り上げて、面倒な見合いを断わる。この上なく合理的じゃねーか。でなけりゃ男の俺である必要がないだろ? つーかそれならゲンのほうが適任だな」
「千空ちゃん……! 確実に話噛み合ってないよ……!」
飛び火したゲンは慌てて千空の口を塞ぐ。龍水はほぼ放心状態で真っ白になっていた。
「千空! 俺分かったぞ……! 龍水は千空のことがヤベーくらい好きだから、仲の良さを周りに見せつけて、千空に手を出すなって言いたいってことだろ!」
「く、クロムちゃーん!? そうなんだけど! そうなんだけどぉ!!」
「……?」
今までずっと考え込んで黙っていたクロムが口を開いた。千空からすれば突拍子もないその言葉に、いったいどういう裏があるのかと考え始める。その時間も長くなく、ある答えにたどり着いた千空が口元を引きつらせながら口を開いた。
「龍水テメー…… 恋愛的な意味で俺のことが好きなのか……?」
「りゅ、龍水ちゃーん!!!」
駆け引きが全く意味をなしていなかった上に、他人に想いの全てを丸裸にされた龍水は、顔を真っ赤にさせながら床に崩れ落ちた。