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    yoshida0144

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    yoshida0144

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    葉流←圭
    智将が残るエンド(とにかくなんでも許せる人むけ)

    おやすみ葉流ちゃん きっかけは些細なことだった。
    『タイムカプセルあけます!来月、あの場所で!』
     メッセージアプリに中2のときのクラスメートからクラスグループ宛にメッセージが届いた。まだ数年しか経っていないのに随分早くないかと思ったが、中学のグラウンド整備が決まり、今掘り起こさないと永遠に地中に眠ることになるらしい。スマホ画面をぼんやり眺める。そのうち当時のクラスメートらしきアイコンから続々とokのスタンプが流れてきた。
     『楽しみ!』『先生も呼ぼ!』流れるメッセージとスタンプの洪水を見ながら圭はなお固まっていた。アイコンと名前を見ても誰1人わからない。『あの場所』と言われてもどの場所か検討もつかない。中学2年を過ごしたのは智将だから。葉流火に聞こうともしたがグループの中に葉流火は入っていなかった。おそらく他のクラスだったのだろう。深く眠っている智将に後から聞けばいいかとスマホをテーブルに置いた。指定された当日、集まりの中に圭の姿はなかった。

     母親に頼まれて隣町のスーパーまでおつかいに行った日のこと。要先輩!元気よく声をかけられ振り返れば知らない男子高校生が2人立っていた。背中にバットケースを担いでいるから多分野球部。制服らしき格好だから多分高校生。それしかわからなかった。
    「お久しぶりです!宝谷で一緒だった……です!」
    「同じく……です!」
    「あ、ああ。久しぶり」
     圭と葉流火がシニアを辞める少し前に入団した2人は通う高校の野球部でバッテリーを組んでいるらしい。
    「お二人に憧れて入りました!小手指の試合も拝見してます!」
     ピッカピカのニッコニコの顔で自分を称賛する彼らに努めて柔らかな笑顔で対応する。試合で一緒になったらよろしくね。笑顔で別れてその場で大きく息を吐く。自慢の一発芸をかます余裕どころか発想さえなかった。圭の記憶領域にない2人の名前を懸命に頭の中で反芻するだけで精一杯だったから。

     子供の記憶は3歳頃から思い出せると言うがしっかり思い出せるのはせいぜい過去2、3年だと思う。圭にはその記憶がない。記憶喪失、と言う名の人格交代をした中3より古い記憶はリトルの頃のものだ。多分。あの頃はまだ自分のものという感覚がある。しかしその間の、中学時代の写真なんか見ても他人の思い出にしか見えなかった。同じ顔の、同じ人間のはずなのに。
     瀧と陽ノ本と話しているとたまにひどく申し訳なく思うことがある。2人は圭と葉流火を追って小手指に入学してきた。リードの甘さを陽ノ本に鋭く指摘されたことは今も忘れられない。智将のリードに目を輝かせる瀧の信頼し切った顔も。
     後輩もチームメイトも、他人が自分に望むのは智将の要圭で、周囲の人間が覚えているのも智将の要圭。自分は誰の記憶のなかにもいない。そして皆を裏切っている。千早あたりに漏らせば「傲慢ですね」と眼鏡を上げながら言われるに違いない。そうわかっていても頭にちらつき、最近はあまりよく眠れなかった。

    「明日だね」
    『明日だな』
     葉流火の運命が決まる前夜。実体を持たない相棒に語りかける。明日の運命のために生まれた相棒は今夜も口角を微かに上げてニヒルに笑う。自分にはとてもできない、理想の笑い方だった。
    主人マスターもよくここまできた。もう俺が教えることは何もない。だから早く俺を消してくれよ」
     消滅条件は智将を超えること。その条件を満たすには十分な能力を身につけたにも関わらず智将は今尚ここ・・にいた。権限は全て主人格の圭にある。早く自分を殺せと請う表情は存在を確認した頃とは違う。晩年を過ごしたあとの翁のようだった。
    「ん〜……まぁ明日ね」
    『おい、ただの口約束とは違うんだぞ』
    「わかってるよ。ちょっと電話するから黙ってて」
     購入初期状態のように余計なものがないスマホに手を伸ばして幼馴染のアイコンを選択する。特有のコール音のあとに聞こえたのは明日の運命を待つもう1人の相棒の声。
    『圭、どうした?』
    「ん〜葉流ちゃんにちょっと言いたいことあって」
    『うん、なに?』
     息を深く吸って一拍置く。隣の相棒に悟られないよう、慎重に声を落ち着かせた。
    「ずっと応援してるよ。ずっと大好きだよ」
     電話口からは小さく戸惑う声がした。わざわざ電話してまで言うことでもないし、今更言うことでもない。でも今言うしかなかった。
    『圭?何か……』
    「そんだけ。ごめんねこんな夜に」
    『いや……け、』
    「おやすみ葉流ちゃん」
     言うだけ言って通話を切る。変な奴だとは長い付き合いから思わないかもしれない。ただ今夜だけはどうか忘れないでほしかった。

     誰も自分を知らない。自分も知らない。それでも今が楽しければいいと思っていた。しかし他人の期待に応えられないのはまた別で。くだらないヒーロー願望に心底うんざりする。
     期待されてるのは智将、皆が会いたいのは智将。しかし葉流火だけは最初から『圭は圭』と言ってくれた。その言葉にどれだけ救われたか、きっと彼は知らない。葉流火だけは今の圭を求めてくれる。見てくれる。嬉しかった。しかし智将を前にした彼の目は、圭を圭だと言った彼の目は見たこともないほどに輝いていて。星が瞬く瞬間に圭の心は砕け散った。

    「ヤマちゃん、俺のこと好き?」
     たまたま山田と2人だけで帰った日。聞いた声はきっと震えていた。
    「なぁに今更。うん大好きだよ」
    「そ?俺のこと愛してる?」
    「え!ちょっとどうしたの要くん!はいはい愛してるよ」
     誰も自分を知らない、自分も誰もわからない世界で一番最初にできた友達。山田もまた智将に憧れを持っているのは知ってる。だけど彼は圭をくだらない一発芸と込みで愛してくれる。
     もう、それで十分じゃないか。
    「えへへー!俺も!ヤマちゃん愛してる!」
     愛してる。みんな。だから俺は俺ができることをしよう。それは間違いなくヒーローでしょ。瞼をとじて雫が瞬いた。

     朝が来た。目を開けて一度身体を伸ばす。随分とスッキリした感覚で学校に行く準備をして家を出た。授業を受けて昼食をとって迎えた放課後。野球部は引退していたがとにかく身体を動かしたくて藤堂と山田を誘って近くの広場でキャッチボールをした。
    「じゃあまた明日ね」
    「起きたらアホによろしくな」
     軽く手を上げて別れる。上げた腕が軽い。足も頭も。家まで走って帰宅した。ジョギングなんてものじゃない。全速力だ。少しずつ襲ってくる不安を払拭するかのように。まだまだ。まだまだ。そろそろきてくれ。起きてくれ主人マスター!!
    「はぁ、はぁ……」
    「あらおかえり圭ちゃん。どうしたの?お風呂先入る?」
     玄関前でたまたま家から出てきた母親とはちあわせた。自分を見ても顔色ひとつ変えない。彼女こそ今も昔も『圭は圭』だからだ。でも。
    主人マスター、どうして」
     夜が来てまた朝が来ても返事がすることはなかった。
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