騎士と戦士の進捗続き。「あるだろ! まだ君が好きだからだよ!!」
「!」
とても、苦しそうな顔をしていた。真正面から見つめたリンクも胸がきゅうっと痛くなるほどの、苦しそうな顔。
どうしてリーバルがそんな顔を。困惑するリンクにリーバルは続ける。
「君に捨てられたと分かっても君を想う気持ちは消えないままだ! 仕方ないだろ、リト族は生涯に渡って心に決めた一人を愛するんだから! 可愛さ余って憎さが百万倍になるとは思わなかったけどね!」
吐き捨てられた言葉に、頭の中が真っ白になった。
君が好きだから……リンクを好きだと言ったのか、リーバルは? 嬉しく思う間もなく、次々とぶつけられる言葉に頭が何も考えられなくなる。
君に捨てられた、リト族は心に決めた一人を愛する、憎さが百万倍……? 目を瞬いて、リーバルの言葉を理解しようとするが思考の処理が追いつかない。
まだ言い足りないと嘴を開こうとするリーバルに、少し待ってほしいとリンクは両手を突き出した。
「???? まっ……て、ちょっとまって、」
「なんだい、何か文句でも!?」
君に言いたい事は山ほどあるんだと睨みつけてくるリーバルの綺麗な翡翠は怒りだけでなく遣る瀬無さと悲しみの色も湛えていて、リンクは思わずリーバルの頬へ両手を伸ばした。
リーバルはぴくりと眉を動かしたけれど跳ね除けることはせず、そのままリンクを受け入れる。柔らかな羽毛に包まれた赤みがかった頬へ両手を滑らせると、リーバルは眉を顰めながらリンクを睨みつけた後ゆっくりと目を閉じた。
大人しくなったリーバルを見つめながら、リンクは一生懸命思考を回転させる。ええと、ええと。どうもリーバルと話が噛み合わないのだけれど、とりあえず。
「捨てられたのは、俺の方なんだけど……?」
確認のため言葉に出せば、リーバルはカッと目を見開いた。
「ハァ!? なんでそうなるんだよ!」
「だ、だって、リーバルが先にいなくなったんだろ。探しても探しても見つからなくて、ずっと待ってたのに帰ってこないし、」
「黙っていなくなったのは悪かったと思ってるけど、ちゃんと帰ったよ! でも家を引き払っていたのは君だろ! いなくなったのは君の方だ、この僕を捨てて!」
「す、捨ててなんてないし、あの家は短期の借家だったから、」
あまりに殺気立つリーバルに、リンクは言い方がまずかったかと視線をそらす。気づけば、逃げられないよう両翼でがっちりと肩を掴まれているので、思考を落ち着かせるためにリーバルと距離をとる事もできない。
おろおろと視線を泳がせながらも一つ一つ言葉を間違えないように懸命に説明すれば、リーバルの勢いがほんの少し弱まった。
「……借家だって?」
「も、もともと騎士は、軍駐屯地で寮生活って決められてるんだ。でもその、軍内で俺が上手く立ち回れなくて、トラブルを起こしてしまって。ほとぼりが冷めるまで、隊員と顔を合わせないために充てがわれた家だったから、」
「ちょっとまて、初耳なんだけど」
「言ったと思……いや、言ってない……? 言ったっけ……? ええと、でも、俺もあの家でずっとリーバルを待っていたかったけど、厄災の事もあったし、召集命令受けたから、家を返すしかなかったんだよ……」
リーバルを拾ったのは、ちょうど借家を充てがわれたその日だった。
考えてみれば、この家は借家なのだと説明する暇もないほどリーバルとの共同生活の始まりは忙しなかったし、生活が落ち着いてからも借家だという事は伝えていなかったような、気がする。
というか、リーバルとの生活があまりにも心地よくて、家の事なんてどうでもよかったというか、考える事すらしていなかったというか。
(……けど)
そうだとしても。リーバルはリンクに何も言わないまま姿を消したし、リンクはリーバルを待っていた、それは確かだ。
けれど思い返せば、リーバルが消えてからたった数日の間にリンクはあの家を出た。上官から召集され家の返還命令が出ていたという理由はあるけれど、それをリーバルが知る由はない。
誰もいない家の扉を開けたリーバルは、何を思っただろう。
あの家が借家と知ったリーバルは緩やかに目を瞬いて「……そうだったのか」と息をついた。視線を落とし、もう一度「そうか……」と繰り返して、逡巡したように黙り込む。
「……君さ、」
「?」
「リトの村に戻ってゴタゴタを片付けて。君が待ってくれてると思い込んで家に帰ったら誰もいなかった、その喪失感が君にわかる?」
リーバルの頬へあてたままのリンクの手を大きな羽先が包む。まるで祈るようにリンクの手を握り、どこか拗ねたような落ち込んだようなやりきれないような複雑な声色でリーバルが言う。
「待っていてくれてると、疑いもしなかったさ。だって、君だぜ? あれほど僕がいないとイヤだって泣いてた君だ、いなくなるなんて思わないだろ。僕がいなくてきっと泣いてるだろうなって、出来るだけ早く戻ったつもりだ。でも、戻ったら君はいなくて。探そうにもどこをどう探せばいいか見当もつかない。君がいなくなって初めて、僕は君のことを何も知らないんだって気づいたんだよ。名前すら、君は残してくれなかった。国に仕える騎士って事しかね。それだけで君を探し出せるはずもなし。君は、それを狙って出て行ったんだって、そう考えつくのも時間はかからなかったな。君を、憎く思うのも。……滑稽だろ?」
自分自身を嘲笑う声色に、リンクは握られた手を強く握り返した。いたいなと小さく笑ったリーバルに安心する。
リーバルが、こんなにもリンクを思ってくれているなんて知らなかった。リンクがあんなにも苦しい思いをして、時には自分たちの行動を思い返して怒りながら、それでもリーバルを求めていたように、リーバルも同じようにリンクを求めていてくれた。それが分かっただけで、あの苦しい時間は無駄じゃなかったのだと救われた気持ちになる。
けれど。リンクが消えたせいで自分ばかり苦しんでいたと言いたげなリーバルには、反論させてもらう。リンクだって苦しかった。リーバルと同じくらい。なんなら、リーバルよりも。
「……リーバルが、好きだって気持ちを受け入れてくれて、は、恥ずかしかったけど君と一つになれて、幸せだって眠った翌朝に、隣に誰もいなかった俺の気持ち、リーバルにわかる?」
じっとりした恨みをのせてリーバルを見る。思った以上に拗ねたような声になってしまったけれど、散々だったリンクの思いを今、言っておかないといけない気がする。
ぱちりと瞬いた翡翠は決まり悪そうに視線を泳がせる。が、すぐに力強くリンクを見つめた。
「……ようやく再会したと思ったら他人行儀に接せられた僕の気持ちは?」
「む。……ようやく会えたのに、攻撃されるし他人の振りされるし案山子だの何だのって冷たい態度とられた俺の気持ち」
「ぐっ。未来からきたシドやユン坊に纏わりつかれて満更でもない顔してたよね」
「リーバルだって、テバに英傑様英傑様ってくっつかれて喜んでた」
「そもそもさぁ、君があの家にいなかったのが悪いんじゃない?」
「それを言うなら、俺に何も言わずにどっか行ったリーバルの方が悪いと思う」
「……」
「……」
気づいたら口論のようになり、もはや負けを認めた側が悪いのだと、ある種の勝負事、意地の張り合いになってしまってむむむと睨み合う。けれど、ふっとリーバルが小さく息をついたかと思うと、肩にあった両翼がリンクの背にまわり、ぎゅっと抱き寄せられた。リンクもリーバルの頬へすり寄る。
「ハァーーー。僕らは、ちゃんと話をするべきだったんだよねぇ。わかってはいたけどさ」