神父と淫魔 №2「神父様、どうもありがとうございました」
老女が深々と頭を下げようとするのをとどめてにこりと笑う。
「当たり前の事をしただけです。どうか気にしないで下さい」
「神父様」
「俺はまだ神父ではありません。ですから『南風』と名前で呼んで下さい」
「わかりました、南風様」
様もいらないと言いたいところだが、言えば言うほど老女はプレッシャーに感じるかもしれないと思い、南風は諦めた。
お礼をと言われて、遠慮しようとしたが申し訳なさそうな顔をするので、受け取ることにした。
抱えるほどの大きさの袋にたくさんの林檎。
美味しそうだけど兄と二人で食べきれるのかという疑問に南風は思わず唸った。
まぁ、教会には色々な人がくるし、子供達に振る舞っても良いかと気を取り直して石畳の道を歩く。
南風が住んでいるこの街は遠く離れた首都に比べればかなり小さいが、街としてはそこそこの大きさがある。
だから道を歩いてる人間もそこそこいる。
特に今歩いているのはこの町の中央を走る大通りだ。
「南風」
名前を呼ばれ思わず足を止めて振り返る。と、同時に誰かが南風の腕に自分の腕を絡めた。
「扶揺」
「見つけた。もっと早く会えるかと思ったけど意外に会えないな」
「教会へ来ればよかったのに」
「もちろん行った。でも誰も居なかった」
そんな事も気付かないと思っているのかと少し不機嫌顔になった扶揺を見ながら
「あー……」
南風はばつが悪そうに頭に手をやった。
扶揺と出会った翌日から、兄は急な呼び出しで首都へでかけている。その兄の代わりに南風は請われるままにあちらこちらへでかけている。
その間教会には誰もいない。
「誰も居ないって不用心だな」
「教会は誰にでも開かれているものだ」
「泥棒が入ったらどうする」
「教会に泥棒に来ほど困っているなら仕方が無い。でもこの町ではそこまで食うに困っている人はいないし、困っていたとしても盗む前に相談にくる」
「この規模の街にしては随分平和だな」
感心を通り越して呆れた様子の扶揺に南風は笑った。
「この街の領主は温厚で善良だ。慈善活動にも力を入れているから生活に困るほどの困窮者はいない」
「……他所から来た人間はどうする。この街の状況なんて分からないだろう」
「他所から?」
「例えば私のような……」
怪訝げな扶揺の物言いに南風は思わずふきだした。
「何がおかしい」
「いや、だって、扶揺はそんな事はしないだろう」
「当たり前だ」
「だからさ。でも、心配してくれてありがとう」
何やら嬉しそうな南風に扶揺は目を見開いて口を引き結んだ。それから少し視線を反らす。
「ところで、それはなんだ」
「ん。ああ。これか。これはさっき人からもらった林檎だ」
「林檎?」
「屋根の修理を手伝ったらお礼にって」
「お前、そんな事もするのか」
扶揺は半目になって南風の腕を放した。
「食べるか? たくさんもらって一人じゃ食べきれない」
「一人?」
「一緒に住んでる兄は用事で出かけている」
「へぇ」
扶揺は意味ありげに笑うと手の平を差し出した。南風はその手に袋から取りだした林檎をのせる。
「いつ戻ってくるんだ?」
「いつだろう。半月ぐらいか、一ヶ月ぐらいか……」
「随分適当だな」
「どんな用事で出かけるか教えてもらってないからな」
「ふーん」
苦笑じみた表情の南風を見ながら、扶揺は袖で拭いてから林檎に齧り付いた。
上目遣いで何やら思わせぶりな食べ方だ。
けれど南風は特に思うところがないらしく静かに笑っている。
「せっかくだからいくつか引き取ってくれ。食べきれず駄目にするのは勿体ない」
「……林檎だけ渡されても困る」
「もちろん別の袋にいれる。教会まで来てくれるか?」
扶揺は少しの間考えてから
「仕方ないな」
と言った。
「助かる」
やっぱり笑っている南風に一瞬だけ眉根を寄せて、歩き出す南風の後ろについて同じように歩き出した。