神父と淫魔 №3 扶揺がこの街に来て一月半。相変わらず色仕掛けはまったく通じない南風を腹立たしく思うものの、南風の持つ精気はあまりにも質が良くて諦めきれず隙を窺っている。
いっそ襲ってやろうかとも思ったが、見習いと言え神父。敵に回して良いことなどない。
街にいられなくなるぐらいならいいが、教会の持つネットワークで存在を広められてしまったら命が危険だ。
前の街でたらふく精気を取り込んだからもうしばらくは保つ。
とはいいつつ、つまみ食い出来そうな人間はいないかと街をぶらつく。
怪しく思われないように、街に来たばかりで色々目新しいくて見て回っている振りをして。
「扶揺」
呼ばれて振り返ると、少し離れた所からパンやら野菜やらが入っているらしい紙袋を抱えた南風が手を振っている。
扶揺は足取り軽く、頭頂部近くでひとくくりにしてある髪を揺らしながら南風の隣に立つ。
「随分買い込んでるな」
ちらりと袋の中に視線をやると思った以上にぎっちり詰まっていた。
「夕べ兄さんが帰ってきたから」
「へぇ」
「今日は忙しいのか」
「いや、まだこの街の事は分からないことが多いから、散策がてら見て回ってる」
「そうか」
「なんだ? 用事でもあるのか?」
「いや、久しぶりに兄さんがいるから、夕食はちょっと張り切ろうかなと思っていて一緒にどうだ」
「誘ってくれるのは嬉しいけど、会った事ないし、私の兄が許してくれるかどうか……」
見習いの南風と違い、そこそこ大きな街の神父を任される男だ。長く一緒に居たら危険かもしれない。
「そうか、ちょっと急ぎすぎたな」
「?」
「また今度誘うことにする。その時は扶揺のお兄さんも一緒に」
「うちの兄はそういうの苦手だから約束はできないけど、話してみるよ」
「そうしてくれ、一度ちゃんと話してみたい」
笑う南風を見ながら扶揺は顎に拳を当てて何やら考えているそぶりを見せた。
「どうした?」
「食事を一緒にはできないけど、挨拶ぐらいはしておこうかなと思って」
「そうか、だったらお茶でもしないか。良い茶葉が手に入ったんだ。お菓子もある」
「いいな。ご馳走になる」
道中とりとめない話をしながら二人は教会へ向かう。
何度も行ったことのある場所だから、扶揺は完全に油断していた。
角を曲がって教会の前に出た途端、扶揺は動けなくなった。
教会から感じる何かの力に押しつぶされそうになったからだ。
「扶揺?」
急に立ち止まった扶揺を見て、南風は驚く。
「どうしたんだ、顔が真っ青だ」
「あ、何で……も」
苦しくてしゃべるのも辛い。
「……今日は帰る」
「そんな様子でか! しばらく教会で休んで行った方が」
「帰る!」
心配そうな南風を振り切って、扶揺は走り去った。
「扶揺……」
伸ばした手をそのままに、南風は心配そうに呟いた。
――ああ。これは扶揺には無理だ――
すっかり夜闇に沈んだ街。寝静まった中に佇む教会の前に男が立っている。
――昨日までは教会という名のただの建物だったのに――
男は扶揺の兄である。
教会から感じる圧に兄――慕情は目を細める。
肌をひりつかせるこの力は悪性を拒むものだ。結界とは違う、教会の中に強力な力を持つものが居る。
――扶揺は南風の兄が帰ってきたと言ってたな。そいつか?――
だとしたらとんでもないと慕情は唸る。
その様子は扶揺と違って随分余裕のある。
――精気どころか、これはもう神気の域だ。ただの神父?――
そこまで考えて慕情は口の端をあげる。
「一度会っておいた方が良さそうだ」
そう呟いて慕情は踵を返した。