シグナル「ルヰくん、赤だよ」
左手首にシンの指が絡んだ。街の道路は夜でも明るい。橙と銀色の街灯がずっと先まで並んでいる。冬の空気は澄んでいて遠くの明かりまでくっきりと見渡せた。
「危ないよ」
シンは指に力をこめるとゆっくりとぼくの腕をふった。車も人もほとんど道にいない。川べりで話し込んでしまったぼくたちを置いて、あっというまに夕陽は沈んでしまった。だから危なくなんてないのに。それでもシンはぼくを歩道につなぎとめている。
この世界には誰もいないのに信号を守る人と守らない人がいる。シンは守る人なんだけれど、それはすごくシンらしいことなのだと思う。彼の瞳と煌々とした電灯が同じ色で輝いている。
「ありがとう」
微笑んで横に並ぶ。シンは照れたように軽くうなずくと、指をほどいた。とっさに離れそうになる指を掴んで手のひらでつかまえた。ぼくはさっきのシンのように手首をにぎりしめた。シンは小さく驚いた声をあげたけれど、知らんぷりをしてしまった。これは意地悪に入るのかな。
信号は赤い瞳を瞬かせてもうすぐ青に変わることを示していた。ぼくたちは黙って赤と青の光が入れ替わるのを見届けた。同じ方向を見ているってわかることが少しうれしくてさびしくもあった。
夜風が髪を乱して、思わず目を閉じた。隣でがしゃんと音がした。
「ごめん。倒しちゃった」
自転車がシンの傍に横たわっていた。カラカラとタイヤが空中で回っている。左手だけで支えていたからバランスを崩したのだとわかったけれど、ぼくたちは何も言わなかった。誰もいない歩道の隅でぼくたちは自転車をいっしょに起こした。そうこうしているうちに青い瞳が瞬きをはじめてまた赤に戻った。
シンはしっかり両手でハンドルを持っていた。いつもそうしているはずのに、ぼくは両手が手持ち無沙汰な気がしていた。背中に回して両手を組む。指で指をもてあそびながら足元のタイルを見つめた。
「ルヰくん、あのね」
シンはうつむいたぼくを覗きこもうとしているけれど自転車を持っているからうまくできないといったポーズで、ゆらゆらともどかしそうにハンドルを揺らしていた。
「僕、つぎは歩いてくるから」
また信号の色が変わった。きっと何回もなんかいも変わっているに違いなかった。ぼくらは夜が更けることも気にしなかった。ぼくが顔を上げて赤い瞳とやっと目が合った。
「約束する」
うん。息が白くなってシンの顔にかかる。
また明日ね。シンの息も熱い煙になってぼくの頬を撫でた。
信号が月のように青く僕らの頭上にあった。