Ribbon 最初はあんだった。人ごみの中からあんを探そうと目を凝らしていると名前を呼ばれた。振り返るとシニヨンを二つ耳の上に作ったあんがいた。
「ヘンかな。おそろい」
「ううん」
わたしはそう答えるのがせいいっぱいだった。べるのためにその場しのぎではじめたヘアスタイルはべると一緒にいる間にわたしのスタイルになった。それは髪型だけじゃなくてしゃべり方も服装もそうだった。誰かのためにいつも自分を変えてきて、それが嫌なわけではなかったけどなんだか自分が自分じゃないみたいな気分になることもあったのだ。
「どうして」
「わかながしてるの見てたらかわいいなって思ったんだ」
へえとかふうんとかそんな相槌を打ちながらわたしは嬉しくて飛び上がりそうだった。頑固で自分に正直なあんがわたしと同じヘアスタイルをしているのは面と向かって好きと言われるより照れてしまう。ショーウィンドウに映る私たちは首から上が双子みたいだった。
その日からわたしたちの間には「おそろい」が増えていった。マニキュアを買って貸し借りしたし、色違いのスカートを履いたりもした。
清掃時間が近づく大浴場にはいつの間にかわたししかいなかった。シャワーの雫がタイルに落ちる水音がやけに反響して聞こえる。こういった温泉に置いてあるシャンプーは聞いたこともないブランドのものばかりだと気づいたのはあんと出かけるようになってからだ。
カヅキを追いかけて西から東、北から南へ。わたしたち二人はどこへだっていった。今日はちょっとだけ奮発して温泉宿にいるけど、いつもはもっと狭くてテレビもアメニティもない場所に泊ることが多い。だけど、テレビがなくてもわたしたちには話すことがたくさんあるし、アメニティがなくたって困ることはなかった。二人でおそろいで買ったポーチにはわたしたちに必要なものはすべて詰まっていたから。
「あ」
下腹が疼いたと思うと、赤い一本の線がふとももを伝ってゆるゆると排水口に消えていった。本当はわたしだって部屋の露天風呂に入りたかったけど今夜だけはおそろいってわけにはいかない。夕飯を食べてすぐに眠ってしまったあんを置いてわたしはここに来た。二人ともカヅキを追いかけてもう体はくたくただ。
知らない香りのするシャンプーはなんだか落ち着かない。部屋に帰ったらあんが持っていたヘアミストを借りよう。泡がとけて水に変わる。わたしの肌を滑って消えていく。家のシャワーと違って頭が低い位置にあるから蹲るようにして水流を浴びるしかない。うつむくと白いタイルとタイルの溝の間をまた赤い一筋が流れていくのが見えた。まるで小さな蛇みたいに迷いなく進むそれはまっすぐ再び排水口に向かっていく。爪先で進路を乱すとあっけなくシャンプーの混じった湯にとけていった。青いペディキュアが赤く濡れる。このペディキュアはあんが緑でわたしが青に塗った。お互いの股の間に片脚を投げ出して、狭い一つのベッドの上で。
「もー、なんで起こしてくれないの!」
アルミサッシが軽快に滑る音がしたかと思うと高くよく響く声がした。
「もうすぐで閉まっちゃうとこだったでしょ!」
あんはおろした髪を無造作にシャワーで濡らす。緑色の爪先が水を蹴ってタイルに散る。
「キミってばすっごーっく気持ちよさそうにグースカ寝てたからにゃあ」
「だって、お腹いっぱいになったら気持ちよくなっちゃったんだもん」
「まあ、人の茶碗蒸しまで食べたらそりゃ満腹にもなるよねえ」
あんは真っ赤になってそっぽを向いたかと思うと勢いよく蛇口をひねってシャワーヘッドをこっちに向けた。
「つめたっ!これ水じゃん!」
「わかながいじわる言うからでしょ!」
「にゃんだって」
湯気が漂う大浴場で私たちは水をかけあった。言い合いはいつの間にか笑い声に変わっていて、わたしたちが吹きだすたびに声が反響した。ぐわんぐわんと空気まで揺れるぐらい笑ってからやっと二人ともシャワーをフックにかけ直した。
「あー!クレンジング持ってくるのわすれちゃった」
髪を泡立てながら叫ぶあんはわざとまばたきを繰り返してこちらを見た。
「はいはい、これ使いなよ」
クレンジングを隣の鏡においてやる。
「ありがと。これホントにいいでしょ?みんなにおススメしてるんだけど使ってるのわかなだけだよ」
メタリックなピンクのボトルはあんに勧められて買った。髪型もおそろいにしたら肌質まで似るのだろうか。
「なんで露店風呂はいんなかったの?」
「だって」
ぴちぴちとシャワーから水の粒が跳ねる。あんの脚の間からわたしと同じ赤い糸がのびていた。
「これ、だから」
あんはさっきのわたしみたいに爪先で血の流れをかき消す。
「ずっと一緒にいるとさうつるって言うよね」
「聞いたことはある、かも」
ふ、と顔を見合わせて微笑むと同時にまたわたしたちの間を赤い糸が流れた。そしてそれは水流にのって排水口まで流れ着くと当然のようにひとつの渦になって吸いこまれていった。赤いリボンを結んだみたいに。