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    60_chu

    @60_chu

    雑食で雑多の節操なし。

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    60_chu

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    賢者になって一ヶ月の新米ちゃんだからなにもわからない。
    一部から二部までとちょこちょこカードやらのストーリーを読んでいるだけなので齟齬とかあると思います。
    もし似たような二次創作が既出なら申し訳ないです。
    あと、灼煙草という植物は架空のものなのでJTに聞いても何も出ないです。

    #ブラネロ
    branello

    The day before dispersal 乾いた紙の上をなめらかにペン先が走っていく。窓の外から重たそうな雨粒が建物を打つ音が聞こえる。俯いて書き物をする賢者の重たげな前髪から覗く瞳は真剣そのものだった。賢者は自分が書いた「賢者の書」をざっと読みなおすと、ありがとうございましたとほほ笑んだ。ここで帰しておけばよかったものを、なぜかその日の俺は引き留めてしまった。夕暮れとは思えないほど曇った空が少し雪の日の北の国に似ていたからかもしれない。
     ブランデーをひっかけながら他愛もない会話を俺たちは続けた。そのうちに「アイドル」とやらの話になった。前の賢者が好きだったらしい。俺たちの世界にはないものだが賢者は詳しいようで、人の前で歌ったり踊ったりする容姿に優れた吟遊詩人みたいなものだと説明してくれた。
    「アイドルは、もちろん人にもよるんですが恋愛が禁じられている場合もありますね」
    「へえ、そりゃまたなんでだ」
    「ファンに疑似恋愛的なサービスを提供することが多いからでしょうか。そういう法律があるわけではないですが不文律となっている気がします」
    「不文律ねえ。魔法使いにとっての約束みてえなもんか」
    「そうかもしれません。実際、恋愛が発覚してアイドルを辞めてしまう人もいますし。熱心なファンからすると裏切られたと感じてしまうんでしょうね」
     近頃はそこまででもないですけど。賢者は氷で大分薄くなったであろうグラスを傾けた。もう一杯勧めるとやんわりと断られる。雨はまだ降り続いていた。闇が深くなっている。もう夜だろう。裏切りという言葉を反芻しながら俺は手酌で自分のグラスに飴色の酒を注いだ。融けた氷がグラスにぶつかって反響する。
    「賢者。やっぱりもう一杯だけ付き合えよ。とっておきの話をしてやる」
     後悔先に立たずだ。俺が賢者についての賢者の書を書くならこう書く。「聞き上手。思ってもみないことを告白したくなる。特に空が暗い日に二人きりで話すのは厳禁」。


     俺の盗賊団でも恋愛はご法度だった。浮ついたことしてんじゃねえって? そんなんじゃねえよ。仕事をこなすなら、誰と何しようがナニしようが――おっと、老いぼれの双子に叱られちまうか――まぁ、なんでもよかった。ある事件まではな。俺は興味はなかったが実際、生活していくうちにそういう気持ちが芽生えてるやつらもいたみてえだ。何しろ互いに背中を預けて戦うんだ。赤の他人にゃ湧かないような情だって生まれるさ。
     盗賊稼業は一人じゃできねえ。魔法使いはただでさえ敵が多いのに、盗賊ときたらその数はごまんと増える。相棒と組んで仕事させることも多いんだが、ある時、ある二人の様子がいつもと違う気がした。一見すると可笑しなところはないんだがどうも違和感がある。そうだな、双子の立ち位置がいつもと逆になってるようなもんかもな。別に現象としてはおかしかないが見慣れない。なんとなくすわりが悪い。それで俺はその時の相棒に聞いてみたんだ。あいつら、なんか変じゃねえかってな。そうしたら相棒の答えはこうだった。「昨日までと呪文が違う」って。その二人は呪文を二人で揃いの言葉にしてたんだよ。全く同じってわけじゃねえが、韻や語頭なんかを揃えて、なんつーのかな一体感? みてえなもんを出してた。強い魔法使いの呪文に似せた言葉を借りることはあってもそんなのは盗賊団のなかじゃあ初めて聞いたから驚いちまったぜ。あ? 呪文のせいで恋愛厳禁になったのかって。いいや、そんなもんで心で生きる魔法使いに制約なんて課さねえよ。
     喉が渇いちまった。飲みすぎだと? ブラッドリー様に指図できるなんて賢者も偉くなったもんだな。お前も飲めよ。お前だけ素面なんて許さねえぜ。
     ああ、そうだ。続きな。そいつらを注意して観察してると離れていても視線を交わしていたり小声で何かを囁きあったり何かとサインを送りあってた。しばらく経った吹雪の強い日、そいつらは俺たちの財産を奪って逃げようとした。財宝を売っぱらって二人で新天地で生活したかったらしい。恋人だろうがなんだろうがそこは腐っても盗賊だ。裏切者に残された道は一つしかねえ。石にされること。それだけだ。
     俺と相棒はそいつらを石にして食った。その日から盗賊の中では恋だの愛だのはあれだな、不文律で禁止された。めでたしめでたし。どうだ、面白かっただろ?
     仲間を殺して辛かったのかって? うるせえな。飲み過ぎたししゃべり過ぎただけだ。それに裏切者は食われて当然なんだ。それが掟だ。ま、付き合わせて悪かったな。じゃあ俺は寝る。賢者もいい夢見ろよ。じゃあな。


     賢者の足音が遠ざかっていく。窓ガラスは漆黒の鏡のように部屋の中と俺自身を写し出していた。俺は確かに酷い顔をしていた。干されて融けた氷が残ったグラスを厨房に持っていこうとしてやめる。あいつが仕込みでもしているかもしれない。グラスをテーブルの隅に追いやると俺はシャイロックのバーへと向かった。
     そいつらが特別な関係であることは日に日にわかるようになっていった。あからさまに体を触れ合ったりするわけではないが、視線やふとした仕草にそいつらが互いを思いあっているのが見て取れた。その些細な行為はキスやハグ以上に親密なように思われた。他に気づいている奴らがいたかどうかは知らない。稼業に影響があるわけではなかったが、なんとなく嫌な予感がして俺もネロもそいつらから目を離すことができなかった。今までも怪しいやつを注視することはあったが、そいつらを盗み見ることはそいつらの魂の根幹を壊すようで気が引けた。
     北の国には灼煙草しゃくえんそうという草がある。乾燥させて火をつけると熱を纏った煙が出る草だ。魔法を使ってもまだ寒いような吹雪の夜はそいつを使って暖をとる。乾燥させて細かく刻んだシャグを魔法で薄く切った樹皮で巻いて巻煙草にして相手に煙を吹きかけるのだ。盗賊団では寒い夜は煙草を回し呑むかわりに灼煙草を吹きかけ合った。香りも悪くないので他の国では嗜好品として楽しまれているらしい。一人では使えないことから人間の間では「夫婦の煙突」と呼ばれている。
    「ブラッド、今夜はもう野営地から動かねえよな」
     見回りから戻ったらしいネロが凍った湖の色をした前髪の雪を払いながら声を潜めて尋ねた。
    「どうやら南から吹雪が来るらしい。今日はこれ以上は進めねえだろ」
    塒にしている洞窟を振り返る。輩のほとんどが赤く燃える焚火を囲んで談笑したり武器の手入れをしたり思い思いのことをして寛いでいた。明日は町に近づくために箒は使えない。深い雪を魔法で強化しながらではあるが徒歩で進むしかない。体力を温存しておく必要があった。束の間の休息というやつだ。答えるとネロはよりボリュームを落として耳元で囁くように告げた。互いのフードの毛皮が絡み合う。
    「あいつら脱走する気だ」
     向こうの岩場で灼煙草を使ってた。そう加えたネロの鼻先は、見張ってずっと外にいたせいだろう泣いたみたいに赤くて熱そうだった。
     眠ったふりをして見張りがあいつらに替わる時間までやり過ごした。初めは大人しく火の傍に座っていた二人はすぐに岩陰から荷物を取り出すと箒に跨って洞窟の上空へと飛び立った。俺たちは毛布を跳ねのけると、すぐに同じように箒を手にする。
    「他のやつらは?」
    「俺たち二人でどうにかできるだろ」
    「そうだな」
     吹雪が夜を覆っていた。真っ黒なはずの空は一面の白で、魔法で掃っても掃っても風と雪が視界を埋める。月も雪に隠れて姿が見えない。ネロが何事かを叫びながら前方を指さした。あいつらの後ろ姿だった。寄り添うようにして飛んでいる。吹雪のせいでバランスを崩しそうになっているがかろうじて浮いている。これから吹雪はまずます酷くなるはずだ。なるべく早く終わらせなければ。
    「《アドノポテンスム》」
     白い闇が瞬きの間、赤く照らされる。火花が散って銃口から弾が射出された。振り返ったあいつらの顔が恐怖に歪む。魔法の弾は吹雪に邪魔されることなく放物線を描きながら、俺から見て右の魔法使いのどてっ腹に命中した。すぐさま左の魔法使いが呪文を唱えるのがわかった。閃光が迸り、次に白い闇は青く染まった。飛び散った光の粒が雪と混じり合いながら俺とネロに降りかかる。その間にも傷口が燃え上がり苦悶の表情を浮かべてそいつは体を徐々に石に変えながら落ちていく。最期の言葉さえも吹雪に搔き消されながら。だから、それが俺たちへの懺悔だったのか罵声だったのか愛する魔法使いの名前だったのか永遠にわからない。
    「ブラッド!」
     二人目も撃ち落とそうと銃を構える前にネロの悲痛な叫びが聞こえた。
    「落ちてる」
     声は聞こえなかったがそう呟いているのが口の動きでわかった。恋人が石に変わった瞬間、二人目の魔法使いの箒は蠟燭を吹き消したかのように急に力を失って錐もみ状に落下していった。魔法使いは叫び声一つあげずに静かに、しかし着実に雪の大地に飲み込まれようとしていた。
    「ネロ、何かしたか?」
     声は届かないと理解はしていても尋ねてしまう。それでも、ネロは聞こえているかのように首を横に振った。ひとまず二人目を追いかける。しかし、吹雪に邪魔されてうまく制御できない。全速力で降下していると、西の方から何かがぶつかる音と木に積もった雪が落ちる音がした。
    「白樺の群生地だ」
     頷きあうと白い幹が林立する方へと箒を向けた。魔法で林を照らすと、折れた箒と脚があらぬ方向に曲がった二人目の姿があった。どうやら枯れ木と雪のおかげで即死はまぬがれたらしい。傍に降り立つと魔法使いは諦念を隠すこともなく絶望の滲んだ声音でそう言い切った。
    「ボス、命乞いはしない。弁明もない。殺してくれ」
     俺は銃口で倒れ伏すそいつの懐をまさぐった。地図と小さな革袋と灼煙草の入った紙入れしかなかった。
    「俺たちから奪った宝はどこだ?」
    「その革袋の中さ」
     革袋の中には指輪が二つ入っていた。どちらも値打ちモノではあるが命を張ってまで盗み出すようなものではない。かと言って許しはしないが。
    「なんだ、えらく控えめな脱走者だな」
    「はは、でもアンタは許さないだろう?」
     頭を切ったのか後頭部から流れる血が雪を赤く染めた。無情な吹雪はその赤さえもまた白に塗りかえていく。
    「ずいぶん物分かりがいいこった」
    「駄目で元々だったんだ。あいつも俺も盗賊稼業に疲れちまった。それだけの話さ」
     銃口を額に当てる。引き金をひく前に今まで黙っていたネロが呆然と呟いた。
    「あんた、約束したんだな」
    「おいネロ何言って――」
     魔法使いが瞠目するとまた一筋血が流れた。白樺の枯れ木が吹雪を押しとめているのか空にいる時よりはっきりとネロの声が聞こえる。足元まで血の川が蛇のように伸びる。
    「あんたとあいつは約束するぐらい――」
    「知ってて殺したのか!」
     魔法使いは体を起こそうとしたのか身動ぎして諦めた。俺が銃口を向けているからじゃない。寒さと痛みのせいでだった。その瞬間、俺は全てを悟った。こいつは俺に殺されるのを待って傷を癒さなかった訳ではなかった。魔法が使えないからできないのだった。約束の内容はわからない。それでも俺が殺した魔法使いに関わっているのは確かめるまでもなかった。
    「どうして抜けようと思ったんだ。ここにいれば一緒にいられるじゃないか」
     なぜかネロは縋るような面持ちをしていた。恋人を殺されたのは自分だとでもいうみたいに。
    「怖かったんだ。いつ石になるかわからない中で暮らすのは。二人で中央の国の市場で屋台でもやろうと話してた。馬鹿みたいかもしれねえがあいつが傷つくのをみたくなかった。きっとあいつもそう思ってたさ」
     途切れ途切れに話す魔法使いの目が銃口の下で虚ろになっていく。血が流れすぎた。このまま何もしなくても夜は越せない。あと数刻の内に石になるのは間違いがなかった。吹き荒れる吹雪の中で白樺とネロに見守られながら俺は引き金をひいた。最期は魔法使いとして死にたいだろうとそいつの矜持を慮っての一発だった。


     地図は風に飛ばされてどこかに消えていた。魔力がほとんど失われていたからか、そいつの石はシュガーみたいに小さな欠片しかなかった。半分をネロに手渡し二人で欠片を口にする。瞬く間に口の中で石は融けていった。いつだって誰だって死はあっけないもんだ。紙入れと革袋を回収している間にネロが魔法で白樺の樹をしならせてテントを作っていた。ネロが呪文を唱えると樹々がひときわ高い樹を中心に円錐形に幹を曲げる。この吹雪の中、洞窟まで帰るのは不可能だろうという判断だった。一時は治まっていた強風が轟音を立てて襲い来る。泣き喚いて死ぬことのなかったあいつらのかわりに叫んでいるようだった。
     即席のテントの中で火を焚いた。魔法を使っていてもなお寒い。
    「灼煙草を使おうぜ」
     白樺の樹皮を紙みたいに薄く削いでしならせる。ぺらぺらの樹皮をネロに手渡そうとすると、右手が震えていることに気づいた。
    「てめえ怪我してるのか」
     低く唸るように尋ねるとネロは隠し事がバレた子供みたいに肩を竦めた。
    「大したことねえよ。魔法ですぐに治せる」
    「本当だな」
    「ほんとだよ」
     巻煙草を作ろうとする腕を掴んで魔力を込めた。毛皮越しにぬめった血に濡れた感触がした。
    「俺が治してやるからお前は巻煙草作ってろ」
     ネロは腕を掴まれながらも紙入れを取り出して器用に樹皮を巻いていった。盗賊団の中でもこいつは特段、巻煙草を作るのがうまかった。料理をする時と同じ丁寧な手つきで唐茶色のシャグと吸い口を樹皮に置いていく。不器用なやつは破ってしまうような質の悪い樹皮でもネロはいつも綺麗に巻いた。樹脂で糊付けする時も樹皮からはみ出ないように慎重に小指で伸ばしていた。てきぱきといつものルーティンが目の前でこなされていくと安心する。裏切者を石にした夜には特に。ネロもイレギュラーが多い生活だからこそ日常の一つ一つの作業を大事にしているのかもしれない。ネロは左手で巻煙草を咥えると魔法で点火した。存外に涼やかな匂いがテントに広がる。深く息を吸い込むと大きく吐いた。生温かい紫煙が体に纏いつく。それで初めて指先が冷え切っていたことに気づく。火の傍で向かい合いながら俺たちは黙って煙を吹きかけあった。
     かじかんだ指がほぐれた頃も外はまだ強風と大雪が猛威を振るっていた。何か言いたげに目を瞬かせるネロの右頬を焚火が橙色に照らす。琥珀色の瞳が宝石のように揺れる炎を写していた。俺からネロに巻煙草が回される。木が爆ぜる音と風の音だけが静寂を埋める言葉となっていた。これは爆弾ゲームだ。巻煙草の火が自分の番で消えた方が負け。薪が弾ける度にネロの瞳が泣いているように揺らぐ。短くなった火が唇に着実に近づいていく。
     暖かな煙が俺たちをくるむ。上がっていく体温とは裏腹に胸がすくような香りが肺を満たした。風が一段と大きく吹いてテントを揺らした。枝葉の間を冷たい突風が突き抜ける。風に顔を顰めた刹那に焚火はたやすく消されてしまった。ふと、ネロがぽつりとこぼした。
    「心配してもらうことより心配することを許してもらうことの方が難しいのかもな」
    「どうした急に」
    「いや、あいつらのことを考えててさ」
    「お前は果報者じゃねえか。ボスが俺なら誰のことも心配しなくたっていい。自分のことだけ心配してやりゃ明日も生きられる」
    「そうだな、ボス」
     暗闇の中で声だけが独り歩きしていた。視覚が消えてしまうと、灼煙草のすっとした匂いが嫌に鼻についた。巻煙草の橙色だけが星のように光ってネロの位置を示していた。本当にそこにいるのがネロなのか不安になって、怪我をしていた腕をそっと握る。おずおずとネロの左手が重ねられた。
    「あんたは、あんたは群れで生きてる。群れは愛せても誰か一人を見ることはしねえ奴なんだ」
    「どういう意味だ」
    「そのままだよ」
     俺は橙色の星めがけて手を伸ばした。半開きの乾いた唇が指先に触れた。吹雪の轟音の中でもネロが息をのむ吐息は聞こえた。
    「やめろよ」
     無視して短くなった巻煙草を指先で摘まんだ。親指で下唇をなぞる。
    「頼むから」
     払われると思った手は拒まれなかった。いっそさっき食べた石のせいにしてしまおうかと誰かが囁く。何を? わからない。譫言みたいにやめろと懇願するネロは俺の袖を強く握るだけで何もしてこない。俺はほとんど消えかかった巻煙草を咥えると最後の煙を吹きかけた。闇になれた目がネロの安堵するような落胆するような瞳を捉えた。すぐに閉じられた瞼を撫でてやってから俺は体を離した。テントにいつの間にか光が差し込んでいた。地平線が朝焼けを連れて夜が明けたことを触れ回っている。俺は焦げた薪に火の消えた巻煙草を投げ捨てた。


     西のパイプ呑みは案の定ひっそりとバーカウンターにいた。控えめに鎮座していてもこちらの気が惑ってしまうような雰囲気がある。それこそパイプの煙のような捉えどころのなさだ。薄暗いカウンターには客は誰もいない。
    「おや、珍しい方がいらっしゃいましたね。あなたはてっきり厨房の方がお好きかと思いましたが」
     ほら、これだ。単刀直入に用件を告げる。
    「灼煙草のシャグ、持ってねえか?」
    「ああ、煙草ですか。紙のものでしたら確かこちらに」
     シャイロックがパイプをくゆらせるとどこからともなくシガレットケースがカウンターの上に現れた。蝶の精緻な彫り物があしらわれたそれは実にシャイロックらしい造りをしていた。
    「せっかくですから火をお点けしましょう」
     俺が咥えるとひとりでに橙色の火が灯った。生温かい煙が肺を通って室内に広がっていく。涼やかな香りは巻煙草の方が強かったような。
    「相変わらずひでえ匂いだ」
    「北の国では体を暖めるのに使われるんでしたね」
    「ふん、北の国の魔法使いに解説するなんざ野暮だぜ」
    「それもそうですね。では、これはお詫びの一杯です」
     カウンターに置かれたのは透明な酒で満たされたショットだった。西のパイプ呑みは何も言わずに肩を竦める。喉が焼けるのを感じながら俺はそれを飲み干した。ツンとした匂いが瞬く間に肺を満たした。

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    60_chu

    DONEブラッドリーが産まれて育つ話ですがほとんどモブが話してる架空の話なので架空の話が大丈夫な人は読んでください。
    ベイン夫人が言うことには 幌越しに風の音を聞きながら今夜も降り続ける雪のことを思った。馬橇は止まることなく故郷から遠ざかる為に走っていく。どこまでも白い景色の中で私たちは揺られ続けていた。自分でどれだけ息を吹きかけても指先は暖かくならない。私たちは互いに手を擦り合ってここより暖かいであろう目的地のことを話した。誰かが歌おうと声をあげた時、体が浮き上がる感覚がして私たちは宙に放り出された。浮いている時間は一瞬だったはずだけれど空にある大きな白い月が触れそうなほどはっきり見えた。天使みたいに私たちは空を飛んで、そして呻き声をあげたのは私だけだった。
     轟音と断末魔が落下していく。馬橇がクレバスを越えられなかったのだろう。獣みたいな唸り声が自分から出たことが信じられなかった。痛みのせいで流れた涙が、すぐに凍って瞼を閉ざしてしまう。体は動かない。肌の上で融ける雪を感じながら私は自分たちの村を守護してくれていた魔法使いに祈った。それしか祈る相手を知らなかった。私は私を馬橇に乗せた人を憎もうとしてでもできなくてまた泣いた。
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    60_chu

    DONE11/23の賢マナで出す予定のものです。前にアップした「The day before dispersal」を含めて一冊にして出します。前回のブラッドリー視点に続き、ネロ、石になった魔法使い達、賢者の視点から語っていく話です。加筆修正はたぶんめっちゃする。あと、架空の植物が出てくるので前回の話を読んでからの方がわかりやすいかも。
    The day before dispersal 2 オーロラ色の小さな欠片は飲みこむ前に口の中でひとりでに融けていった。ブラッドが撃ち落としたもう一人のマナ石はおそらく吹雪に埋もれてしまった。短い春が来るまで雪の下で眠ることになるだろう。それか誰かに掘り起こされて食われるかだ。
     ブラッドが、とどめを刺した魔法使いの荷物を確認している間に俺は白樺の樹でテントを作ることにした。ここまで吹雪が激しいなら帰ることは難しい。追跡するうちに風に流された影響もあってか位置も掴みづらい。
    「《アドノディス・オムニス》」
     幹が太くて頑丈そうな一本の白樺に狙いを定めて呪文を唱える。落ちたのが白樺の林でよかった。白樺は一晩中、魔法で雪を掃うわけにもいかないような夜に雪から身を守るためのテントになってくれる。選んだ樹の周囲に生えていた樹々が、めりめりと轟音を立ててしなりながら円錐形になるように中心の樹に絡みついていく。吹雪がやまない夜は時折この音がどこかから聞こえてくる。北の国の魔法使いは葉の代わりに雪を茂らせた白樺の中に籠ってどこにも行けない夜を遣り過ごす。
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    SPOILERイベスト読了!ブラネロ妄想込み感想!最高でした。スカーフのエピソードからの今回の…クロエの大きな一歩、そしてクロエを見守り、そっと支えるラスティカの気配。優しくて繊細なヒースと、元気で前向きなルチルがクロエに寄り添うような、素敵なお話でした。

    そして何より、特筆したいのはリケの腕を振り解けないボスですよね…なんだかんだ言いつつ、ちっちゃいの、に甘いボスとても好きです。
    リケが、お勤めを最後まで果たさせるために、なのかもしれませんがブラと最後まで一緒にいたみたいなのがとてもニコニコしました。
    「帰ったらネロにもチョコをあげるんです!」と目をキラキラさせて言っているリケを眩しそうにみて、無造作に頭を撫でて「そうかよ」ってほんの少し柔らかい微笑みを浮かべるブラ。
    そんな表情をみて少し考えてから、きらきら真っ直ぐな目でリケが「ブラッドリーも一緒に渡しましょう!」て言うよね…どきっとしつつ、なんで俺様が、っていうブラに「きっとネロも喜びます。日頃たくさんおいしいものを作ってもらっているのだから、お祭りの夜くらい感謝を伝えてもいいでしょう?」って正論を突きつけるリケいませんか?
    ボス、リケの言葉に背中を押されて、深夜、ネロの部屋に 523

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    DONE【1話前編】ブラッドリー×モブ(名前無し)の夢小説のようなものを初めての小説として書いてみました。

    もしもあなたが、違うかたちでブラッドリーに出逢ったら?
    真っ白な大地を背に飛ぶ魔法使いへの憧れ。胸の奥にあるそのきらめきを、盗賊は必ず見つけ出す。どこでどんなふうに生まれても、“太陽”はきっとあなたを照らしてくれる…

    そんな祈りを込めてこの物語をお届けします。
    名も無き花はひだまりに揺れて 一輪目・名も無き銀細工師 〜前編〜カランカラン。

    その魔法使いは前触れもなくやって来た。
    まるで私の旅立ちを見計らったかのように。

    漆黒と白銀の髪、射抜くような夕闇色の瞳。

    「ようじじい」

    「いらっしゃいませ…おお、これはこれはブラッドリー様。久方ぶりですなあ」

    「あ、お前あん時のちっちゃいのか」

    「ははは、こんな老いぼれにちっちゃいのは止してくださいよ」

    「よく言うぜ。俺様の半分も生きてねえのによ」

    お師匠が何やら親しげに話しているのは、数十年ぶりにうちの店に来た“常連”だ。

    西の国の北東部、北の国との国境に近いこの銀細工屋は北からの来客も多い。なかでも盗賊を名乗る魔法使いの太客が数十年に一度来るとは聞いていたけれど、まさかたった一年修行に来ている私がその姿を見られるなんて。しかもここから旅立つ前日に。
    1790