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    しぐ🧸

    @shigu_remoon

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    しぐ🧸

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    せかパト過去作再掲

    バターとミルク、それからレオ 最近、やけに腹が減る。
     メロンパンの甘ったるい砂糖の香りが鼻腔を通り脳を揺るがす。まあるいパンの縁にがぶりと噛みつき、舌で潰すように咀嚼する。噛めども噛めども満腹中枢は満たされず、次へ次へと口内へ放り込む。
     けれども、腹は減ったまま。
     空腹からか、腹の奥がじんわり熱くなる。ぐつぐつと内臓が煮えたぎるような感覚に眉を顰めるが、どうしようもないのでその場で大の字になってみる。
     そういえば、昼休みになって暫く経つが、一向に待ち人が現れる気配がない。いつもならとっくに階段を駆け上がる軽快な音が鼓膜を揺らしているのに。
     彼のことだから、大勢の人に囲まれながら忙しなく校内を巡って有意義な昼休みを過ごしているかもしれない。
     対して俺は、今もこうして屋上でレオを待っている。
     約束なんかしてない。だから、ここにレオが来なくても俺には責める権利がないし、寂しがる理由もない。
     しかし、どうにも秋の空気というものは一人で味わうには寒すぎる。
     頬を撫でる風が''独り''を強調させる。いつもなら、レオが頬を両手で包んで温めてくれるのに。
     レオがしてくれるみたいに、自分の両の手のひらを頬に添える。

    「……冷たい」

     腹の虫がぐうと鳴った。

     ***

    「凪!」

     六限目が終わった頃。夢の中の俺は、無理矢理レオに手を引かれ、現実へとやってきた。

    「あと5分……」
    「お前5分じゃ済まねえだろ?ほら、起きろって」

     今度は物理的に手を引かれ、温もりの残る椅子から立ち上がる。
     眠気が纏わりつくまま、静かな廊下を歩む。もう人気もないが、俺はこのまま部活に出されるのだろう。

    「レオリムジン〜」
    「はあ?まだ数歩しか歩いてねえじゃん!」
    「寝疲れた」
    「まったくもお……俺の宝物は甘えただなー!」

     レオはその場にしゃがみ込み、ほら、と背中を差し出す。吸い込まれるようにぴたりと背につき、そのまま体を預ける。
     ゆらゆら揺られながら、温かさを感じる。首筋から、レオが香った。
     爽やかな中に、酷く甘さがある。脳に刻み込まれるほど印象深い香り。
     ――あれ。
     ふと、あんなにも自分を苦しめていた空腹が姿を消していたことに気がつく。
     昼休みの後は何も口にしていないというのに。
     ま、いっか。
     押し寄せる眠りの波に流されるまま、視界に幕を下ろした。

     ***
     
    「あー、なるほど」

     やけに腹が減るようになって数週間が経った。空腹に悩みながら日々を過ごす中で、とある発見があった。

    「俺、レオといるとお腹いっぱいになるみたい」

     昼休み。屋上。レオの隣。授業中に俺の腹の中に居座っていた腹の虫は、レオに会った瞬間跡形もなく消えていった。
     手の中のパンには、まだ歯型一つ付いていない。

    「そりゃ、俺といて飽きるなんてことねーよな」
    「いや、そうじゃなくて」
    「じゃあ何だよ」

     レオは不思議そうに首を傾げた

    「……何なんだろね」

     自分でもよく分からなかった。

    「ふーん……。そういやさあ」

     早速レオはこの話に飽きたようで、次の話題に変わっていた。

    「さっき同じクラスのやつに告白されてさ」

     またこの話か。
     レオはモテる。そりゃ、学園の王子様って感じでとにかくモテる。でも、レオはそれをひけらかす人間じゃないし、態々俺に話してくるほどこの手の話題に興味が無い。
     じゃあなんで「また」なのかって、それはレオほどのモテ具合になると常日頃からクラスの女子が「いつ告ろうかな」とか「あの子玲王様にフられたらしいよ」とかって盛り上がっているものだから、嫌でも耳に入ってくるのだ。
     レオから口にするのは珍しいな、なんて思いながら黙って話を聞く。

    「毎回さ、振った後に泣かれんの普通にヤなんだよ。こんなことなら、特定の相手がいた方がまだ良心的かな、なんて思うんだよなー」

     その言葉を聞いて俺は驚いた。何にって、ショックを受けている自分に。レオに特定の相手ができるってことは、つまり、それってレオに恋人ができるってことで。勿論俺と関わる時間は減るし、レオは俺をほっぽって恋人と手を繋いだり、キスをしたり、その先も……。
     考えれば考えるほど、沼に嵌っていくように同じことしか思考できなくなる。
     ふいに、レオの香りが辺りを漂った。
     
    「だからさ、他校に彼女いるってことにして――」

     ガブッ

     ……無意識に、レオの項に噛み付いていた。
     レオは数秒の間固まって今起こった出来事を脳で処理し、驚き半分怒り半分といった様子で俺を見た。

    「急に何すんだよ!」

     まるで理解できない。そんな目をしていた。

    「……ほんと、何なんだろね」

     自分でもよく分からない。自分のことが、よく分からない。
     また、腹が減った気がした。

     ***

     あれから数日、レオに避けられている。勿論部活で顔は合わせているが、昼休みは屋上に来ないし、放課後も迎えに来ない。
     だから俺は、レオの迎えが無くとも部活に出ている。偉くない?
     レオに避けられてからというもの、前にも増して腹が減る。家に居ても、学校に居ても、部活中や授業中、ゲームをしていたって腹は減る。
     何を食べても満たされないから、食事はいつも以上に億劫だ。
     授業中に腹が鳴ったこともある。周りはみんな笑っていたけど、レオだけは笑っていなかった。
     ここ最近のレオは、あまり笑わない。人が周りにいるときは笑みを浮かべているけど、いつも俺の前でするみたいにきらきら笑うことは無い。
     つまんなそう、ってよりかは、ずっと考え事をしているように見えた。
     レオといる時間が少なくなった代わりに、レオのことを考える時間は増えていった。
     今日もレオの髪はサラサラだな、とか。横顔綺麗だな、とか。こっち見てくんないかな、とか……。
     あれ。そういえば俺、何でレオと一緒にいると腹が満たされるんだろう。
     俺にカニバリズムの趣味は無いし、仮にこの欲求がカニバリズムだったとして、目が合っただけでは腹は膨れないだろう。
     そもそも、腹が減ったと思い込んでいるだけで、実は腹が減っている訳ではない可能性もある。例えば、睡眠不足とか欲求不満とかを空腹と勘違いしているということはないだろうか。
     いや、レオと一緒にいるだけでそれらが改善される理由が分からない。
     答えが出ないまま悶々としていると、いつの間にか授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。既にレオは教室から姿を消していた。
     今日こそはレオと話をしよう。昼休みが始まる合図が響くより先に、俺の足は動いていた。
     レオのクラス、職員室、中庭、校舎裏と、学校中を探し回ったが彼の姿はなかった。
     最後の望みをかけて屋上に向かう。
     ……これでレオがいなかったら、さすがに悲しいな。だって、こんなに逃げ回るほど俺に会いたくないってことだから。
     ドアノブへ伸ばした手が空を掻き、彷徨う。このまま屋上を見なければ、「レオが俺を屋上で待っていた」という可能性が潰されずに残る。それならいっそ、今日はこのまま確認せずに、レオが話しかけてくれるまで待とうか。
     そう思って、踵を返そうとした瞬間。バンッと大きな音と共に扉が開き、何度も待ち望んだ紫が視界いっぱいに広がった。
     
    「凪!」

     耳から入り込み脳を揺らすその声に、思わず抱き着いた。俺は、俺が思っていた以上にレオ不足だったみたいだ。
     レオの首筋に顔を埋め、レオの香りに浸る。

    「うおっどうした?体調悪いのか?」

     少しよろめきつつ支えてくれたレオは、的外れなことを口にした。

    「というか、凪!なんで今日に限って屋上にいねえんだよ!俺ずっと待ってたのに!」

     レオの言葉を咀嚼する。待っててくれたんだ。そっか。そっか。
     レオは俺の手を引いて、再び屋上に足を踏み入れた。ふと、レオの手にぶら下がった袋が目に入る。

    「それ、何?」

     指をさして問えば、レオはカラッとした笑顔を見せた。
     
    「良くぞ聞いてくれた!」

     レオはその場に座ると、いそいそと中身を取り出した。

    「お前最近異様に腹が減ってるみたいじゃん?俺を噛んじゃうくらいにさ。そこで、めんどくさがりでも量食べられるように研究したんだよ!」

     袋から取り出されたのは、大きな弁当箱だった。このサイズはお重と言って差し支えないだろう。
     そして、そのお重の中身は果たしてレオの手作りなのだろうか。
     気になることは沢山あるが、先ずレオに言わなければいけないことがある。

    「レオ」
    「何だ?」
    「俺さ、レオじゃなきゃダメみたい」

     レオはいつか見たような顔をして首を傾げた。

    「何食べても、俺は満足出来ないよ。……前にも言ったと思うけど」

     レオはその大きな目を見開いた。
     
    「……ごめん」
    「別に。レオが謝ることなくない?」

     繰り返すように言えば、レオは俯いてすっかり黙ってしまった。
     そういえば、と、先程悶々と考えていたことを思い出す。きっとレオなら、分かりやすく納得できる答えをくれる気がする。そう思い、口を開いた。

    「なんで俺、レオと居るだけで満たされちゃうんだろ。レオ、分かる?」
    「……知らねえよ」
    「そっか。レオでも分からないことあるんだ」

     レオは更に頭を下げて俯く。
     やっとこっちを見てくれたのに、レオの顔が隠れてるのはなんだか寂しい。
     風が吹き抜け、レオの髪が靡いた。ちらと覗いた瞳が、飴玉のようにきらりと輝いているのが脳裏に焼き付く。
     気付けば両手でレオの両頬を包み、顔を上げさせ目を合わせていた。
     
    「何すんだよ」

     ぶすっとした顔でレオは言う。

    「……寒そうだったから?」

     レオがオレの頬を温めてくれていたように、俺もレオにしてあげたかったのかもしれない。いや、本当はもっと、衝動的なものだったけど。

    「なんで疑問符ついてんだよ」

     むくれ顔の面影を残したまま、レオはくしゃりと顔を歪ませて笑った。

    「あーあ、せっかく弁当作ったのになー!凪は要らないみたいだし。自分で食べるには多すぎるし。どうしたもんかな」
    「え、それレオが作ったの?」
    「そうだけど。悪いかよ」

     当たり前みたいな顔をして言うレオに、心の中でちょっとした不満をぶつける。
     レオが作ってくれたものが要らない訳ないじゃん。何で分かんないかな。

    「要らないなんて言ってない」
    「でも何食べてもダメだって言ってたじゃん」
    「それは言ったけど、そうじゃなくて……」

     有り余る単語の引き出しから、どれを出せばいいのかが分からない。 
     何て言えばいいかな。どうやったら伝わるかな。
     ――あ、そうか。
     
    「俺、レオが好きなのかも」

     目の前の双眸が、再び大きく見開かれた。飴玉だったならきっと、ころりと転がり落ちているだろう。

    「な、え!?」
    「ほら、好きな食べ物って大切に食べたくなるじゃん。それと一緒でさ、レオのこと大切にしたいから匂いだけで満足するように脳が働いてるんだよ。」
    「急に何訳わかんないこと言い出すんだ!?」
    「え、だって好きな人を大事にしたいのは当然じゃん」

     好きな人。自分で言葉にした瞬間、すとんとその単語が腹に落っこちてきた。
     なんだ、俺レオのこと好きなんじゃん。食べたいとか、そういうんじゃなくてもっと単純な話だ。
     うん、うん、と頷き、自分の気持ちを噛み砕く。

    「ね、レオはどう?俺のこと大事?」
    「……そりゃ、俺の宝物だし」
    「そっか」

     レオは少し戸惑うような素振りを見せて、自身の指を曲げたり伸ばしたり、握ったり離したりしていた。視線は泳ぐばかりで、全くこちらを見てくれない。
     暫くして顔を上げたかと思えば、照れたような不貞腐れたような表情をして言った。

    「俺のこと大切にしたいなら、もう噛み付くなよ」
     
     林檎みたいに赤く染まった頬を見て、やっぱり美味しそうだなと思った。
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