石研部長は走らない ・前半は走れメ○スパロ
・成田○悟先生リスペクト的な描写あり
・♡セリフ出てきますがカプ無し小説です(←ここ4倍角
黒塚は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の不届者を除かなければならぬと決意した。
黒塚には學園のルールがわからぬ。黒塚は、天香學園の生徒である。石を磨き、石と遊んで暮して来た。けれども石を故意に傷付ける者に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明黒塚は早起きをし、自室を出て尞越え、校舎にやって来た。黒塚には自分の他に部員も、友も居る。石も在る。ゆうに十六は超える、多くの内気な石と一人暮しだ。それからもう一つの石が、近々、仲間として迎える事になっていた。歓迎会も間近なのである。黒塚は、それゆえ、石の保管ケースやら祝宴の御馳走やらを揃えに、はるばる學園にやって来たのだ。先ず、その品々を集め、それから學園内をぶらぶら歩こうと思った。
黒塚には竹馬の友があった。葉佩九龍である。彼は此の學園という場所で、≪宝探し屋≫をしている。授業を受けているであろうその友を、後ほど訪ねてみるつもりなのだ。実を言うと昨日も部室で会ったのだが、訪ねて行くのが楽しみである。
歩いているうちに黒塚は、周囲の様子を怪しく思った。ざわついている。まだ午前中で、そらが明るいのは当たり前だが、けれども、なんだか、そのせいばかりでは無く、學園全体が、やけに騒々しい。
マイペースな黒塚も、だんだん不安になって来た。路で逢った生徒をつかまえて、何かあったのか、と質問した。生徒は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて校務員に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。彼は答えなかった。黒塚は片手で校務員のからだをゆすぶって質問を重ねた。校務員は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「中庭の二つ岩が割れたらしいの」
「なんだって!?」
「悪心を抱く者の犯行……と言われておるが、実際どうかは知らん」
「たくさんの石が殺されたのかい?」
「いやそういう訳じゃあないと思うが」
「おどろいた。犯人は乱心したかと」
「どうだかのう。ただあの岩、見事なまでに真っ二つにされておった。≪生徒会≫の仕業ではないかと噂する者もおるがな。野放しにしていたら、そのうち学校中の石を割るとも限らんぞい」
聞いて、黒塚は激怒した。
「こうなったら、生かして置けないな」
黒塚は、単純な男であった。手持ちの石を小脇に抱えたままで、のそのそ中庭に向かって行った。
予想通り、巨大な石碑の前には人だかりがあった。そこをひたすら掻き分け進んでいき、黒塚は目の前の惨状に驚愕する。
「これは!」
校務員の言う通り、確かに分割された二つ岩が無言で佇んでいた。思わず駆け寄り、跪いて叫ぶ。
「ああ、どうして! 君は……君はあの姿のままで、十分美しかったじゃないか!!」
威風堂々としていたあの岩の放つ厳かな雰囲気は、もうそこにない。ただ無機質に切断されて、静かに泣いているようにも見えた。黒塚も泣いた。
あの岩やばくない? また何があったんだよ! やっぱこの學園って何かおかしいよな。でもそんなのいつものことでしょ。黒塚、あんな綺麗に泣くんだな……。ちょっと可哀想に見えてきたわね。なァ誰か葉佩呼んでこいよ、黒塚何とか出来るのあいつくらいだろ。ヒャッハァ。
観衆のどうでもいいざわめきが、右から左へ抜けていく。
「おい、葉佩来たぞ!」
誰かのその一言は、観衆を静かにさせるだけの力があった。モーセの十戒よろしく、海のように観衆が割れていく。
黒塚もつい、俯いていた顔を上げてしまった。
「葉佩君!」
「えーっと……何の騒ぎ?」
石研部員の≪宝探し屋≫ ——葉佩九龍がそこに立っていた。割れた二つ岩に視線を移すと、その端正な顔を引き攣らせる。
(やはり葉佩君も、心を痛めているんだね……)
同じ石研部員として思うことは同じということか。黒塚が勝手にシンパシーを感じているなかで、葉佩はこちらに近寄ってきた。目の前の巨岩をじっくり観察して、彼は呟く。
「…………あー、そうか。なるほど……なるほどね」
「葉佩君?」
「よく分からんけど、何でかコレが割れちゃって……部長は激しく落ち込んでたと」
「落ち込むなんてものじゃないよ!!」
語気を強める黒塚に、葉佩は目を丸くした。そんな表情をさせてしまったことに申し訳なさを感じつつも、黒塚は続ける。
「とてもじゃないけどこんなの、自然にこうなるとは思えない。葉佩君が前に話していた≪執行委員≫がやったとしか考えられないよ」
「うーん。まあなァ」
「誰か心当たりはあるかい? こんな、自分の≪力≫を誇示するためにこの子を傷つける、酷い、この……」
怒りのあまり舌が上手く回らなかった。それだけではない。怒りと同じかそれ以上の悲しみで、黒塚の心に暗雲が垂れ込めているのだ。
葉佩から彼の秘密と≪執行委員≫との戦いを聞いた時は、遠い世界の話のように感じていた。しかしそれが今、現実の脅威となって立ちはだかっている。もしも今後、學園中の石達の身に何かあったら。黒塚一人では、到底太刀打ち出来ないだろう。
「僕は……どうしたらいい? 何をすればこの子達を守ってあげられる? ケースに保管しても、厳重な管理をしても、丸ごと一刀両断されたら僕は、」
「黒塚」
葉佩の凛とした声が、黒塚の心を掬い上げる。いつの間にかしゃがみこんでいた彼は、こちらの制服の袖を引っ張って、眼前の岩を指差した。
「ほら、触ってみろよ」
「でも」
「いいからいいから」
せっかくの機会だしさ、と軽く背を押されて手が岩に触れた。
「あッ」
そこで初めて気付く。
今までは怒りに燃えていて、目の前にある岩の状態にも気を配れなかった。
でも、しかし、この感触は。
「……ザ……ザラザラするゥ……♡」
割れた断面こそつるりとした質感のように見えるが、誰かが磨き上げた訳ではない。ゆえに、砂粒に近い、ざらついた触り心地だ。
それこそ、黒塚がいつも触れている石と同じ感触だった。
ひときしりその肌触りを堪能した黒塚に、葉佩は声を掛けた。
「で、今の気分はどう?」
「……【怒】が30パーセント、【愛】が70パーセント……くらいかな」
「そっか。なら大丈夫だな」
「うん……」
完全に怒りが消えた訳ではない。
しかし、新しい姿となった二つ岩の存在も、受け入れたい。そんな気持ちだった。
黒塚と葉佩はすっくと立ち上がる。
「舐めなくてもいいの?」
「流石に公共のものだからね……でも、ありがとう。やっぱり葉佩君は最高の石研部員だ!」
「それを見抜ける部長も中々のもんだよ」
「フフフ……言うねェ〜」
二人は自然と肩を並べて、どこへともなく歩き始める。
「……マジで何だったんだ?」
「さァ〜……?」
静かだった観衆達のボヤキが再開する。
置き去りにされた彼らだけがついていけなかった。