乾いた陽射し 真昼の庭は、陽炎が立つほどの猛暑だった。
巣箱のまわりでは、褐色の羽をはためかせるミツムシたちが忙しなく飛び交っている。
オロルンは黒いマントを肩からずり落とし、片膝をつきながら小さなハケで巣口を掃除していた。
「いつも美味しい蜜をありがとう」
額から汗を垂らしながら、ミツムシに話しかける。
「ばあちゃん、楽しみにしてるんだ。だからもう少し協力してくれ」
巣箱の木枠をそっと撫で、ミツムシたちの羽音に耳を澄ませる。自分の手柄ではないとわかっていても、こうして蜜が溜まる様子を見るのは心から嬉しかった。
けれど、真上から照りつける日差しは、オロルンの体力をじわじわと奪っていく。紺色の髪は汗で額にはりつき、視界は白く霞み、ふらりと身体が揺れた。
「オロルン、なにやってるんだ!」
鋭い声が聞こえた。振り返ると、往診帰りのイファとカクークが駆け寄ってくるところだった。
次の瞬間、オロルンの膝は土に崩れ落ちる。
「……イファ、どうして……」
「どうしてじゃない! 顔色も悪いし、完全に熱中症の手前だ!」
イファは慌てて肩を支え、そのまま小屋の中へ連れ込む。カクークもばたばたと羽ばたきながら後を追った。
だが、小屋に入って目に飛び込んできたのは、棚一面に並ぶ琥珀色の瓶。
「蜜酒ばかりじゃないか。水分補給できるものはないのか……?」
「……水? どうだったかな。蜜酒のことばかり考えてて」
弱々しく答えるオロルンに、イファは額を押さえてため息をついた。
「おまえな……もう少し自分のことも労れ」
「でも……ばあちゃんの誕生日までには完成させたくて……」
イファは一瞬だけ言葉を飲み込み、代わりに荷物袋を探った。
「……仕方ないな。ちょうど持ってきていたんだ」
取り出したのは、往診帰りに買ってきたばかりの瑞々しいケネパベリー。真昼の庭で汗を流しているだろうオロルンのことを思い、少しでも涼しくなってもらえればと差し入れとして選んだ。白衣の袖をまくり、果汁を搾ってオロルンが作った蜜と混ぜ合わせると、即席のドリンクができあがった。カクークが興味深げに首を傾げる。
「ほら、ケネパベリー蜜ドリンク。ゆっくり少しずつ飲むんだぞ」
カップを差し出すと、オロルンは少しずつ口をつけ、喉ごしを確かめるようにゆっくり飲んだ。ごくり、と小さく息を鳴らしながら、一口ごとにふう、と長く息を吐く。
「……甘酸っぱくて、うまい……!君の作るものはやっぱり美味しいな」
「ただの有り合わせだ。それより……こんな暑い日だからこそ、麦茶や飲み水はしっかり確保しておくんだぞ?」
オロルンは額の汗を拭いながら、まだ頭の中は次の仕込みのことでいっぱいらしく、小さくうなずくだけで言葉に耳を傾けていない。イファは軽くため息をつき、額をこつんと叩く。
「おい、聞いてるのか。今は休むのが先だぞ。ったく……」
それでもオロルンはぼんやりと呟き始める。
「これ……ドライにしたケネパベリーを蜜酒に入れたら……香りが広がって美味しいかも……」
イファは諦め半分、再び額をこつんと突いた。
「こら、休んでろって。倒れたばかりなんだから」
すると、カクークも小さなくちばしでオロルンの肩をつつきながら声を出す。
「やすんでろ、きょうだい」
オロルンは肩で息をしつつ、ふと二人を見て苦笑した。
「……君たち、息ぴったりだな」
「当たり前だ。心配してるんだから」
イファはそう言って、オロルンの汗に濡れた髪をそっと払いのけた。
不意に触れられた感触に、オロルンは胸の奥がじんと熱くなる。暑さのせいだけじゃなく、きっとこの二人の存在のせいだと、彼は小さく笑った。
ミツムシの巣箱から漂う甘い香りと、果実の酸味を含んだ涼風が、小屋いっぱいに広がっていた。