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    メロ澤

    @mel_fjs_low

    @mel_fjs_low メロ澤。アルティメットハピエン厨。
    ここには月鯉しかない。

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    メロ澤

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    逃げ恥にことよせた月鯉⑤

    月鯉ウェブオンリー『やぶこい』開催おめでとうございます&ありがとうございます!

    逃げ恥パロつづき。
    契約夫夫なのに新婚旅行に行くことになっちゃった月鯉をお楽しみ下さい!
    ただしはずかしながら完全に未校正ですてへ。

    ①〜④はピクシブにあります。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21486273

     最近、月島はパソコン作業のために小さな折りたたみローテーブルを買ってきた。それを自室に置いたら、四角い部屋はますます独房みたいになった。独房にこもってパソコンをしていると鯉登からリビングへ呼び出されることがある。
     早めの夕飯を済ませたあと、パソコンに向かって食費と日用品の出費をエクセルにまとめているとドアが軽快にノックされ、時間だぞ、と鯉登が顔をのぞかせた。なぜなら今日は日曜日。「ダーウィンが来た」の放送がある。鯉登はこの番組がお気に入りだ。最近は必ず月島もいっしょに見ることを要求してくる。まぁ別に構わないのだ。おそらくは子供向けの番組なのだが、映像は迫力があり、まったく知らない動物の生態や雑学は純粋におもしろい。見ながらあれやそれやと話しかけてくる鯉登も楽しそうで、平和そのものだ。家族の団欒を体感している気分になって心も落ち着くから、月島もたぶん、この番組がわりと好きなのだ。
     カバの親子が陸上をよちよち歩く映像を見ながら、実物が見たいなぁ動物園に行きたいなぁ、と鯉登がつぶやいた。月島もなんとなく興味がわいて、スマホで動物園を検索してみる。
    「へぇ、横浜って3つも動物園があるんですね。鯉登さんはどこに行きたいんです」
    「そりゃあ全部おもしろそうだが」
    「あぁ。行ったことないんですか。では全部行けばいいのでは」
    「しかし一日で回るのはむずかしくないか。それにひとりで行ってもおもしろくない」
    「いや、一日で回れるわけないでしょう。三日にわけるんですよそりゃあ」
    「つまり。三日も付き合ってくれるのか月島ぁ!」
    「はぁ、何もない休日であれば、もちろん」
    「そっかぁ。じゃ、いつ行こうかな!」
     けっきょく、翌週にさっそく野毛山動物園へ行くことになった。小学生ぶりの動物園だ。動物園て何をしたらいいんだろうと思って少々困惑ぎみだったが、実際には鯉登と散歩をしながら、動物を眺めたり解説のパネルを読むことで会話も弾んで、動物園てこうやって楽しむのだなと三十代にして初めて理解した。大人向けのおみやげ品が少ないと不平を言いつつ、鯉登はカラフルな手ぬぐいを買っていた。
     翌週は金沢動物園と、翌々週はズーラシアへ。どちらも横浜市内だが距離があったので車をレンタカーで借りて行った。鯉登は立派なカメラを携えて動物の写真を撮りまくった。三週連続で動物園に行ったせいで月島はどこにどの動物がいたのか混乱してしまい、鯉登の撮影した写真をみながら《どこの動物園か当てるゲーム》に苦戦した。
     キリンの餌やりがどうしても見たいといって野毛山動物園を再訪した日に、カメラを構えて連写モードで撮影している鯉登に話しかける。売店で買った二人分のコーヒーを両手に持たされたまま。
    「こないだ来たばっかですけど、楽しいですか」
    「楽しい。動物はその日によってようすが異なるし見飽きないな。それに、月島がいるとナンパされない」
    「ナンパ?ナンパされるんですか?!」
    「あぁ、たまに取り囲まれたりして困るんだ。女性を押し退けるわけにもいかんし……」
    「あ、女性か」
     そりゃそうだろう。なぜだか鯉登が男性にナンパされて、相手を冷ややかな怖い顔であしらっている図を思い浮かべてしまった。当然だが鯉登はその見てくれだけで女性にモテるのだ。すごく。モテるのだ。男性には……どうなのだろうか。
    「月島が怖い顔してるからされないんだ、きっと」
    「ナンパされるようににっこりしましょうか」
    「よせ、月島がナンパされたら助けられない。困るから怖い顔しとけ」
    「どっちにしろ俺はされませんから安心してください」
     予言通り、その後も横浜中華街をブラブラ散歩したが終日ナンパされることはなかった。鯉登の奢りでたらふく台湾料理のオーダーバイキングで飲み食いし、眠気と戦いながらようやく帰宅したところで、一気に目の覚めるようなものが届けられていたのだった。
    「実家から手紙だ。書面とはめずらしいな。速達だしなんか分厚い」
     月島が手を洗い、部屋着に着替え、さらに風呂洗いを済ませてリビングに入ると、封を開け始めたときと同じ格好のまま鯉登は突っ立っていた。
    「鯉登さん?」
    「つきしまぁ……大変なことになったぞ」
     振り返った鯉登は青ざめていた。封書の中身を手渡され、月島も目を通して同じように血の気が引いた。
     それはキレイに小さく折り畳まれた伊豆の温泉旅館のパンフレットと宿泊券であった。そして《結婚式をしないのだから新婚旅行くらい、ゆっくり行ってきなさい》という趣旨の手紙が添えられていた。鯉登の母ユキの手書きの指示書である。
     今どき風のパンフレットには美しい風景と客室やロビーの写真が載っているだけで価格などは一切記載がない。それだけでも豪勢な施設なのだろうなということがうかがえた。リゾート地・高級宿・温泉・おいしい食事。完全に余暇であり、つまり業務ではない。さすがにそこまでのプライベートな交流は遠慮したほうがいいという気持ちと、超高級宿の露天温泉つきスイートルームの誘惑と。月島の中で猛烈に両者がせめぎ合っていた。
    「行けるか月島。2週間後の土日だ。用事あるか?」
    「……まぁ、特に何も予定は……」
    「もう取っちゃってるみたいだしな、宿」
    「は?」
     やることが豪快で強引。鯉登の突飛な行動は母親からの遺伝なのかもしれない。
     友達でも誘って行ったらどうかという提案もできたが、月島は言わなかった。もし新婚旅行はどうだったかと鯉登家の人々から問われてうまく答えられなかったら危険だし、ご好意に対して失礼でもある。
    「素敵なお宿ですし楽しませていただきます」
    「そうだな!うん楽しみだ」
     月島が承諾すると、鯉登はホッとした顔をした。翌日にはさっそくガイドブックを入手してきて機嫌よく行き先の下調べをしていた。断らなくてよかったと思った。今回は旅行用の服を買いに行こうとは言われなくて、それもよかったと思った。あれは本当に疲れる。


     
     そしてあっという間に旅行……否、新婚旅行当日となった。5月下旬とあって気温はずいぶん高くなっている。朝食は新幹線で食べたいというので、今朝は特に家事をする必要がなく、玄関にて鯉登を待っていた。8時きっかり、鯉登が一泊二日にしては大きなキャリーケース担いで部屋から出てきた。対して月島はバックパックを背負っただけである。
    「おはようございます」
    「そこらへんに買い物行くみたいなかっこうだな月島ぁ。おはよう」
    「鯉登さんはけっこうな荷物ですね」
    「必要最小限だ!」
    「あの、指輪、今日はしてもいいんじゃないですか」
    「ゆびわ?」
    「いつもされているんでしょう。今日は、いちおう、新婚旅行だし……」
    「あぁ。あれは会社での面倒避けというか」
    「そうなんですか」
    「ん、でも、今日はつけるかな!なんといっても新婚旅行だしな!」
     自室に戻り、すぐに玄関へ戻ってきた鯉登はシンプルな銀色のリングを左手の薬指に嵌めていた。指輪の良し悪しは月島にはわからないが、確かに結婚しているという雰囲気が出る。
    「月島の分はないのだが。いいかな……?」
    「俺は会社に行くわけではないですから、特に必要ないかなと思います」
    「そ、そうかな。はは」
     表へ出ると天候はよく、初夏とはいえかなり気温が高くなることを予感した。というわけで月島はTシャツ1枚だけだが鯉登は薄手のカーディガンを羽織っている。
     目的地へは新横浜から新幹線を利用して熱海で降りる。熱海の街も観光客で賑わっているがふたりはさらに南へ伊豆急行に乗り入れるローカル列車にてのんびり移動する。ローカル列車といっても見た目は『黒船』と名前のついた観光列車だ。みっしりと迫るトンネルを抜けるたび、車窓いっぱいに広がる海と太陽のまぶしさが目にしみる。窓ではなく正面を向いていても鯉登の肌に反射するのか、まぶしい。よほどしかめ面をしていたらしく、鯉登がサングラスを貸してくれた。月島は借りたサングラスをかけたまま車内で駅弁を食べて、その姿は鯉登によってしっかりと写真に収められた。
     月島としては一刻も早く温泉に浸かりたいところだが、まだチェックインまでは時間がある。まずは鯉登の立てた計画に従って河津桜で有名な河津の街を訪れた。もちろん桜はもう咲いていないのでバラの有名な公園と温泉が噴き出している公園を観光した。そのあとは。
    「このあとはイズーへ行くぞ。タクシー捕まえてくれ」
    「イズー……あ。なるほど、また動物園ですか」
    「またじゃなーい!なんだその顔。この動物園は爬虫類・両生類に特化したふれあい動物園なのだ!非常にめずらしいトカゲや蛇を飼育し、繁殖させているすごいところだぞ」
    「はちゅう……るい……?ふれ……あい……?」
     なんのためにそんなものとふれあうのかと懐疑的だったが実際に肩の上に乗せられたずっしりひんやりとした爬虫類が動いていると意外と楽しかった。鯉登はふわふわした動物だけでなくなんでも好きなようで、蛇やイグアナも慈愛に満ちた表情で撫で、カメラに収めていた。ゾウガメが月島に似ていると大笑いした鯉登にカメとのツーショットを撮られた。
     小さな海辺の町にはまだまだ見どころがあるそうだ。しかし月島は温泉が待ちきれずにそわそわしているのを鯉登には見抜かれていて、修学旅行生みたいに浮足立っているぞと指摘された。そんなにわかりやすいタイプではないと自負しているのに、慣れないことで少々恥ずかしい。だがそのおかげで鯉登はすぐに宿へ向かってくれた。
     海岸線の際に立つ宿はおだやかな海のさざ波の音と、そして風が心地よい。入口にあった伊勢海老のオブジェにはちょっとたじろいだが、館内は近年リニューアルされて昭和のゴージャスさを残しつつも過ごしやすい設備ばかりだ。
    「こちらのスイートのお部屋です。日の出がきれいにご覧いただけます。今日は月が昇ってくるところもみられるかと思いますよ」
    「それはすごいなぁ!楽しみだな月島」
    「どうぞ中へお入りください」
    「「えっっ⁉」」
     若い仲居に案内されて通された、マンションほどの贅沢な広さの部屋。バルコニーからの晴れ渡るオーシャンビュー。かけ流しの部屋付き露天風呂。わぁすごいですね、と感嘆すべきところだったのだが、まず予定外の設備が目に入ってきてしまった。鯉登も同じく予想外だったようで、小上がりに置かれたひとつきりのベッドを注視したあと月島と顔を見合わせて固まってしまっていた。
    「ツインの……部屋ではなかったでしたっけ」
     客が少々取り乱している様子をみて仲居は心配げに、ちょっとフロントに確認してまいりますねと部屋から出ていった。慌てて鯉登は今まで特に気にかけてはいなかった予約票を確認する。そこには確かにツインと記載があった。
    「お申込み者様からご新婚様とのことでご要望があってダブルに変更してベッドメイキングさせていただいたようでございます。ツインのご用意に変更されますか?」
    「あ……なるほど」
    「わざわざ変えていただいていたんですね。では、あの、ひとまず大丈夫です。お手数をおかけしました、ありがとうございます」
     丁寧に仲居に感謝して見送るやいなや、鯉登は実家の母親に電話をし始めた。
    「おっかん!ここの、伊豆の、稲取温泉の──」
    『着いたのね。よかところでしょう。ずいぶん行けちょらんじゃったで気になっちょったと』
    「よかところはよかところだけど、ないごてダブルに変更なんて勝手にしたんか⁈」
    『ないごて?新婚なんじゃっで。家ではいっしょに寝ちょっやろうが』
    「ねねね……寝ちょるよ!寝ちょるけど、うん、しかしな男同士じゃっで宿の人が不思議に思いよるかもしれん」
    『いまどきそげんこと一流の旅館ではなにも言わんど。月島さんと仲良うしやんせ』
    「こ、鯉登さんまぁまぁ、あんまり言うとご家族にも怪しまれますから」
     こそこそ耳元で忠告すると、鯉登はこくこく頷いて、母親にこのすばらしい宿の感想をいくつか述べて通話を終えた。写真を送ってきてね、という声が聞こえていた。
    「うん~……仕方なか。すまんな月島。狭いかもしれん」
    「大きなベッドですし大丈夫でしょう」
     ベッドはクイーンサイズとかキングサイズとかいう、大きなものに見える。両端で眠れば互いに干渉してしまうことはなかろうと思われた。そうして鯉登も納得して落ち着いたところで月島はさっそくひとっぷろ浴びてきます、とひとり客室をあとにする。屋上にある大浴場の露天風呂は、湯船から流れたお湯がそのまま海へ注がれるような錯覚を起こしそうだ。まるで水平線と一体になったかのような視界で伊豆大島まで見渡せる景色をたっぷり1時間楽しんでこら戻る。月島としては早めに切り上げたつもりだったのだが、遅いといって怒られた。鯉登は浴衣に着替えるにあたって部屋についているシャワーだけ浴びたのだそうだ。バルコニーには男性ふたりどころか大人が四人同時に入れそうな立派な露天風呂があるのにシャワーだけとは。
     不思議に思っているとまもなく仲居が何人かやってきた。彼女らによって部屋に用意された食事は伊勢海老・金目鯛・朝揚げの地魚の海鮮づくしで、刺身はもちろん蒸したりバター焼きにしたりあら汁にしたりとバリエーションも豊富で飽きもこず、ビールを飲むのも忘れてひたすら食べ続けてしまった。
    「はぁー、こんなにすごいものをタダで経験させていただいていいんでしょうか」
    「楽しいんだから気にすっな!」
    「すごいと美味いしか言ってない気がします」
    「それは確かに。さぁ〜、お腹はいっぱいだがいよいよ部屋風呂だ!なぁ、月島もいっしょに入ろうな?」
    「ええもちろん」
    「よかった。いっしょに入ろうと思って、さっきはやめといたんだ。今からなら月の出が見られるぞ」
    「待っててくれたんですか。じゃあこれ、使いましょう」
     これ、というのは旅館が用意してくれた日本酒のセットだ。ふたりで露天風呂に浸かり、盃を傾けながら月が水平線からじわりと海に光を滲ませながら姿を見せるさまを眺めた。おだやかな波の音と月明かりに、海の上の船の灯りが包まれている。
    「最高ですねー、月見酒って初めてしました」
    「そうだなー。できれば焼酎の水割りも……って月島ぁ!貴様バキバキではないか。専業主夫の体ではないぞこれ。筋トレでもしてるのか?触っていいか?」
     首にかけていたタオルを外したとき、鯉登がいいもの見つけた!とばかりにこちらに手を伸ばしてきた。触られるとこそばゆくて暴れたために鯉登に頭からたっぷり湯がかかり、大笑いしてしまった。
     鯉登だって休日にはしっかりとトレーナーつきでジムで体を鍛えている。格闘技でもしていそうな月島の筋肉のつき方と異なり、ひとつひとつの筋肉はバランスよく鍛えられて全体が引き締まっているのだ。 
    「ここボコボコだ。力入れてぇ」
    「はい」
    「ワハハ、かっちかち!」
    「暇なときはわりと体を動かしてますよ。懸垂とか、プランクとか」
    「ジムに行くわけではないんだよな」
    「だいたい公園とかで体動かしてますね。幼児にスゴーイとか言って囲まれたりします」
    「月島と乳幼児のからみ……ふふふ、ちょっと見たい」
     風呂上がりにはドライヤーで髪を乾かしてくれと言われた。慣れていないのでうまくできる自信がないのだが、月島が濡らしたからと言われて反論できなかった。艷やかな鯉登の髪は乾くにつれサラサラとやわらかく手ざわりよくなっていく。髪まできれいなのだなと感心しているうちにまもなく乾き切った。
    「どうでした?」
    「うん、うまく乾かしてくれたからこれをやろう!」
     といって手渡されたフルーツ牛乳は衝撃的に甘くて、口直しにさらにビールを飲んだあとは、バタッと倒れるように眠った。きっと歩き回って疲れていたところに飲みすぎたせいだ。
     夢の中でも鯉登といっしょにお風呂に入っていた。鯉登の自宅マンションの風呂だった。
     しかし目覚めたときには月島はひとりきりだった。ベッドも部屋もやけに広く感じて、名前を呼んでも返事はなかった。


     
     
     
     朝食もまた新鮮な刺身の船盛り、金目鯛の雑炊、金目鯛の茶碗蒸しなどが部屋に用意された。朝からもりもりよく食べる月島を正面に眺めながら、鯉登は早朝のことを思い出していた。
     目覚めたとき、今朝は一段と暑いなと思ったら……月島の背中に顔を埋めるように、ぴったりとくっついていたのだ。
    (うわ…………!)
     ひとはだ、意外とやわらかくて、意外と体温が高くて、熱い。すやすやと穏やかな月島の寝息が聞こえる。顔は見えない。
    (こげんくっつかれちょるんだから気づけ月島……)
     しかし起きる気配はなかった。鯉登はそのまま、すーっと息を吸い込む。昨夜おもしろ半分に月島の全身に塗ったボディミルクの香りがする。月島のくせにいいにおいだ、普段のにおいは知らないけど。
     寝られなくなってしまった鯉登はやむなく起き出し、そっと大浴場へ向かった。おかげで優美な日の出を見ることはできた。その間に月島も起きて、部屋の露天風呂に浸かっていた。日の出は一歩遅くて見られなかったそうだ。
     それで、人の気も知らないで、雑炊もおいしいけどやっぱり米がほしいですねとか言っている。知られても困るけれど。
     旅館をチェックアウトするとき、フロントで『新婚手形』なる札状のものを渡された。この手形を見せると観光施設等でちょっとしたサービスを受けられるらしい。
    「ちょっとはずかしいですかね……」
    「う、うーん。でも朝市の海産物サービスは気になるだろう」
    「確かに」
     雰囲気がよさそうだったら手形を使ってみようということになり、鯉登のボディバッグに新婚手形を吊るして散歩がてら港の朝市へ向かった。
     朝市は小規模ながら目玉の金目鯛ごはんサービスを目当てにたくさんの人が集まっていた。とある水産物商店で見かけた金目鯛の干物も味噌漬けも月島が自宅で焼いてみたいというので両方買うことにした。
    「あの、失礼ですがこれは使えますか」
    「使えますよ!ええとね。これがサービス品です。しらす干し。ご結婚おめでとうございます」
    「わ!ありがとうございます!」
    「おふたりが新婚さんなの?」
    「はい。そうです。彼がパートナーで」
    「そうなのね。よくお似合いですねぇ」
    「えへへ」
    「ちょっとお兄さんモテて大変でしょ!しっかり手をつないでおかないとここらへんのおばちゃんにつまみ食いされちゃうかも!」
    「ほら手ぇつなごう」
    「うん。あぁ。はい」
     適当に笑っている月島を手招きする。月島は鯉登が持っていたビニール袋を受け取ってから、空いた左手を握った。
     手をつないで歩いていたら市場や漁港の人々が新婚手形に気づいてくれて、おめでとうと言われたりお祝いサービスの品物をくれた。サービスしてくれたらうれしくてなにがしか買ってしまうので、おかげで朝市だけでおみやげがてんこ盛りになってしまった。
     昼前には電車に乗り込み、下田を観光するために移動した。下田駅からはまず、近くのロープウェイで寝姿山の上へとあがっていく。山上は寝姿山自然公園という名前でいくつかの展望台があり、東を見れば海の碧と空の青の境界に伊豆七島のシルエットが浮びあがっている。天城連山も白い雲を背景にくっきりと稜線が描かれていて気持ちがよいほど爽やかな風景だ。自然豊かな山上遊歩道ではどことなく昭和な雰囲気を楽しめる。
     途中、鯉登は展望台の裏手にあった池で足を止めた。ヒレナガニシキゴイという特別な品種の鯉が泳いでいたのだ。羽衣のような胸ビレがゆらめいて美しく、自分の苗字との所縁も感じていたく気に入った。見張り台跡では大砲のレプリカの脇にしゃがんだ状態の月島の写真を撮った。
    「大砲似合うかなって思ったが、月島は砲撃手って感じじゃないな」
    「狙撃手のほうがいいです。かっこいいし」
    「それもなんか違う。歩兵が似合う」
    「歩兵……まぁいいですけど。なんか……鯉登さんにはさっきいっぱい咲いてた紫色の花のほうが似合いますよね」
    「私に?似合う?なんだ突然。あの花はアメリカジャスミンというらしいぞ」
    「いや、まぁ……なんとなくです。すみません。あっ、ええと……このあとは下の道の駅でも行きますか?水族館のほうがいいですか?」
     なぜか突然焦り始めた月島は汗をぬぐいながら話題をすり替えた。べつに謝らなくてもいいのに。
     それはさておき、道の駅はロープウェイで降りたら歩いてすぐだ。道の駅にも名物バーガー等があって興味深いが、もう一か所行ってみたいところを調べてある。そこは少し駅から離れているから迷っていたのだ。
    「月島ぁ、地図見てくれ。実はここへ行きたいんだ、ちょっと遠いけど」
    「海水浴場ですか。車借ります?レンタサイクルもあるみたいですが」
    「何キロくらいだろうか」
    「ん~?片道7、8キロくらいかな見た感じ」
    「自転車だと30分くらいか。レンタサイクルにしよう。エコだ」
    「俺そんな若くないのでもうちょっとかかると思いますけど……」
    「ふふ、途中休憩してやる。カフェとかあるし昼ごはんも食べよう」
    「わかりました。がんばりますよ」
     さっそく自転車を借り、レトロなおもむきの下田駅前ロータリーを抜けて走り出した。車通りの多い国道と昭和なたたずまいの住宅地を通過し、緑の中を山の風と海の風を切って進む。ときどき視界が開けて海岸線が現れるのが気持ちよかった。途中でカフェを見つけて立ち寄り、ハンバーガーのランチにありついた。朝ごはんをあんなに食べたのに追加でフライポテトとクリームソーダもぺろりと平らげてしまった。
     目的地にたどりついたのは一番暑い時間帯だった。まだ海水浴シーズンではないため、駐車場には車は一台もおらず、駐車場係のおじさんも暇そうだ。駐輪してから海岸を見下ろしたところ、そこにも人影は見当たらなかった。
    「お、看板に龍宮窟?って書いてありますね」
    「そこ!そこに行きたかったんだ。行こう」
    「岩窟なのかな?ここから降りるみたいです」
     岩窟の中へ続く階段を降りていくとまもなくヒンヤリとした空気に包まれる。運動で火照った体に心地がよい。
     奥へ進むと光が見えてきた。洞穴の真ん中にぽっかりと真っ青な空の天窓が開き、陽光が降り注いでいるのだ。緩くせり出した岸壁はかなり高くてせまりくるような錯覚をおこす。それが小さなビーチを包み込むように異空間を作り出している。正面のまぶしい穴は海につながっていて水平線が見えていた。
    「わぁ、きれいだ。海水も透明なブルーだ。この中だけプライベートビーチみたい」
    「この崖がまるごとえぐれているんですね。すごいでかい穴だな」
     外界の音が遮断され、穴の内側に声が反響して波と月島に包みこまれるような気分になる。ふたりきりだからだろうか。自然が作り出す不思議な体験だった。
     岩窟から出ると、今度は上方にむかって『ハートビュースポットこちら』という看板が掲げられているのに気づいた。洞穴の上部へあがっていくとちょっとした山道のようになっている。
     高台からの景色がみたくて鯉登が脇にあった岩へよじ登ると、先日キャンプ場で木から落ちたことを思い出してか月島がちょっと怖い顔をして、黙って手を差し伸べてきた。いちおうあの日のことは鯉登も反省しているので、おとなしく遊歩道に沿って歩くことにして、すぐに月島の手を取ってぴょんと飛び降りた。ちょうどその場所の木々の間から、下方に砂利と砂浜と青い渚がカーブを描いた美しい海水浴場が見えていた。
     夏になったらここへ海水浴に来たいな。
    「夏になったら海水浴したいですね。ここ」
     鯉登はハッと顔を上げた。月島も海を見ながら同じことを考えていたようだ。
    「………………うん、海水浴に来よう」
    「はい。来ましょう」
     鯉登は月島以外の誰かとここへまた訪れることを想像することができなかった。
     月島もまた他の誰かとここへ訪れることを考えていなかったのがうれしくて、掴んだままだった月島の手をそっと握りしめると、ふたりでそのまま自然と手をつないで歩きだしていた。
     ハートビュースポットにたどり着き、木々に囲まれた洞穴を見下ろすと、黄色の岩肌のなかに白いビーチが確かに大きなハートになっているのがみえた。
    「月島ぁ、ほら!ハート形!」
    「あぁ、天井の穴。上からみるとハートに見えるんですね。それでハートスポットなのか」
    「そうそう人気スポットらしい。まぁ、今日は誰もいないけどな」
    「おもしろいですね。しかし……みんなこれ見てどうするんでしょう」
    「さぁ、願掛けでもするんじゃないか」
    「ふーん」
    「今度ここに来るときもいい天気でありますように!」
    「なるほど、確かに」
     月島はハートを眺めながら笑っていた。
     手をつなぐといつもより距離が近くて、笑ったときにできる目元のしわがよく見えた。手をつなぐと月島のことをちょっとわかったような気になってしまう。本当は大して知らないのに。だから手をつなぐという行為は、やはり特別なことなのだと思うのだった。
     それから海水浴場に足を伸ばして海岸を散策した。暑いが、風は気持ちいい。サンドスキー場も見に行った。これも海底火山の溶岩層の上に自然に砂が堆積してできたものらしく、そりで滑れるそうた。海水浴をしに再訪するときの楽しみが増した。
     見学と散歩を終えてようやく手を離し、再び自転車に乗った。下田駅まで戻ると計算していたかのように短時間で帰宅できそうな列車が発車を待っていてちょうどよかった。
     行きの電車はふたり向かい合って座っていた。まぶしそうにサングラスしながら弁当食べてた月島。
     帰りの電車はふたりとなり合って座っている。今はもう夕方でまぶしくないから窓の外を見ている月島。座席シートに投げ出されていた鯉登の手を、またいつのまにか握っていた。そのまま鯉登は月島の肩へ頭を載せて、そして何も言えずにぼんやりと海をみていた。
     今日は、みんな祝福してくれた。本物の夫婦、いや夫夫みたいに、見えたんだと思う。新婚手形のおかげだけれど。
     明日からは、月島はもう出先でこんなふうに手をつないだりしないだろうな。
     明日からは、契約上の夫夫であればいいわけだからな。
     そうだろうな。
     ああ……。
     帰りたくないな。
     帰りたくないなぁ。
     電車に乗ってにわかに静かになった鯉登を月島はどう思っていただろうか。合わせてくれたのか、月島もほとんど言葉を発さなかった。伊東駅へつくと、特急へ乗り継ぐために乗客はみんな立ち上がる。月島も立ち上がり、あみ棚からお土産ですっかり重たくなったキャリーバックを下ろす。
     でも、やっぱり帰りたくなくて鯉登は立てない。
     こんなにムスッとしていたらせっかくの楽しい旅行のシメなのに不機嫌だと思われてしまう。だめなのに。楽しかったから、また行きたいって笑わなきゃいけないのに。
     じいっと動かずに正面の海色の座席シートを見つめていると、ふと頭上が暗くなった。
     あ、と思ったときには月島の顔がそこにあって、くちもとにふんわりと触れたものがある。
     カサついて、案外やわらかい。この二日間タバコを吸っていない月島の唇は血色もいい。
    「鯉登さん、降りますよ」
     目の前からすっと月島の影が消えると、穏やかな声が降ってきた。狐に化かされたみたいで、目を瞑ることもできない一瞬の出来事だった。
     人って間近にくると汗のにおいとか石鹸のにおいが本当にするんだ。
     じゃなくて。
     いまの、キス。
     キス!キス?
     キスで……合ってる……?
    「ちょっと鯉登さん!ボーッとしてないで、乗り換えあるんですからはやくはやく!」
    「あ……」
     そうだった。と頭では慌てているのに体がなんだか思うようなスピードで動かない。立ち上がった鯉登の手を引いて月島が走っている。その月島の顔は直視できなかったし、そのあとどうやって家に帰ったかも鯉登はあまり覚えていなかった。
     覚えているのはちょっと汗ばんだ月島の手の熱さと唇の感触。キスは夢か現かあいまいなのに、それはしっかりと鯉登の心と記憶に刻まれていた。



    *観光地の『新婚手形』はメロ澤によるオリジナル妄想商材です💕
    *田牛海水浴場、また行ってみたいところに月鯉を行かせたぜいえーい
     
    ◆次回!月島転職?!の巻につづけ!
     


    続きも頑張りま〜す
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💞💞💖💒💞☺😭🙏💞😭👏👏💚💜💖💖💖💖💖💖💖💖💖😭💖💖💖💖💖💖💖💖💒👏💯💚💜💖☺💯👏💒💒💒💞💞💞💞💞💯💯💞💞💞💞💞💞
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    メロ澤

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    契約夫夫なのに新婚旅行に行くことになっちゃった月鯉をお楽しみ下さい!
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    ①〜④はピクシブにあります。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21486273
     最近、月島はパソコン作業のために小さな折りたたみローテーブルを買ってきた。それを自室に置いたら、四角い部屋はますます独房みたいになった。独房にこもってパソコンをしていると鯉登からリビングへ呼び出されることがある。
     早めの夕飯を済ませたあと、パソコンに向かって食費と日用品の出費をエクセルにまとめているとドアが軽快にノックされ、時間だぞ、と鯉登が顔をのぞかせた。なぜなら今日は日曜日。「ダーウィンが来た」の放送がある。鯉登はこの番組がお気に入りだ。最近は必ず月島もいっしょに見ることを要求してくる。まぁ別に構わないのだ。おそらくは子供向けの番組なのだが、映像は迫力があり、まったく知らない動物の生態や雑学は純粋におもしろい。見ながらあれやそれやと話しかけてくる鯉登も楽しそうで、平和そのものだ。家族の団欒を体感している気分になって心も落ち着くから、月島もたぶん、この番組がわりと好きなのだ。
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