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    rockwell_xx

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    めぐゆじ|喪失していく話 書きかけ

    いつか、とお前が言った。目覚めてからのルーチンワーク。
    顔を洗う、歯を磨く、部屋が埃っぽければ掃除をして二人分の朝食を作る。
    それから軽いランニングをして、帰ってシャワーを済ませたら伏黒を起こす。
    朝に弱くて目つきも機嫌もよくないのを宥めすかした後、用意していた朝食を温めればいつも通りの朝の時間だ。
    寝惚けたままうつらうつらと船を漕ぐ伏黒の顔をまじまじと見つめながら、普段と変わらない生活に不思議な感覚が芽生える。
    空虚さとはまた違うが、四、五年は当たり前にあったものが無くなると、元に戻ったというよりも失った、という表現が的確なんじゃないか。
    時折頭の中で響いていた声も不快感も、全て綺麗さっぱり無くなっているものだから、余計にそう感じるのかもしれない。

    昨日、俺の中から宿儺は消えた。かといって、そこに特別劇的な何かがあった訳じゃない。
    単純に最後の指が見つかってそれをいつも通りに取り込んだ後、五条先生に試してみるか、と問われたので是と返しただけ。
    善は急げと先生と一緒に飛んで、あれよあれよと準備を済ませた俺は大人しく地下室に下った。
    そこはいつの間に用意されていたのか、出会った頃を想起させるような呪符だらけの部屋に様変わりして、どうにも居た堪れない気持ちになった。
    なにせかつて同じ場所に座っていた時も決して真っ新とは言えなかったが、真ん中に置かれた水晶のような球体に映る自分の姿。
    眉間と口元の、色素の沈着した引き攣った痕が、あの頃の自分と今の自分では比べようもないくらい汚れてしまったのを否が応でも自覚させられた。
    思わず目を背けた俺を、先生がどんな眼で見ていたのかはわからない。ただ一言、始めるよ、とだけ言い捨てた先生が手を合わせた直後に視界は暗転して――次に目を開けたら、俺という器の中には俺だけが残っていた。
    呪いの王との別れにしてはあまりに呆気なく、しかし確かに腹にあった違和感は消えていた。だから納得はした。したけれど、俺は一日経った今でも何となく現実を受け止めきれずにいる。
    「……り、おい、いたどり」
    「ぁ……」
    「なにぼーっとしてんだ。めし、さめるぞ」
    たどたどしく掠れた伏黒の声に窘められ手元に目を落とす。さっきまで湯気の立っていた味噌汁はすっかり冷えて上澄みにぷかりとわかめが浮かんでいた。
    手に持ったままの茶碗はかろうじて生温い。温めなおすのも少し億劫で、慌てて掻き込んだ白米は少し柔らかすぎたような気がした。


    穏やかすぎる日常に慣れるのは時間の問題だった。一週間も経てば、伏黒の帰りを待つだけの退屈さを潰す方法がぽんぽんと浮かんで、今では部屋の模様替えなんかにも手を出した。これが案外楽しくてやりこんだ結果、泊まりがけの任務から帰宅した伏黒は細い目を丸くして驚いていた。勿論相談もなく勝手なことすんなとは怒られたので反省である。
    今では便利なことにちょっとしたDIYなんかは100円ショップで一通りのものが揃ってしまう。壁紙なんかはチープすぎてもいけないからネットの通販を利用してるが、打ちっぱなしのコンクリートのような内装は無骨さとシンプルさが気に入っていた。
    口には出さないが伏黒も部屋の変化は気に入っているようで、あれからまた手を加えても特に何も言われることは無い。自分のセンスにちょっとだけ自信が湧いた。
    なにせ折角……と言っていいのか解らないが、呪術師を続けられなくなって一般人に戻った自分に何が出来るか思い悩んでいた。
    五条先生は高専で一緒に教鞭を執ってもいいんじゃないかと言ってくれたが、俺に後進育成なんてとてもじゃないが務まるとは思えない。それに先生なんて柄でもないし、俺が居るとまた誰かに迷惑をかけかねない懸念もあった。
    それにもう、そっちの世界に関わるべきじゃないのだ。
    隣に目を向ければ、真剣な面持ちでまな板の上の具材と格闘する伏黒の姿が映った。こっちが冷や冷やするくらい不器用な手つきで、猫の手、猫の手とブツブツ呟く姿に目尻が下がる。
    伏黒の等級は特級呪術師となって久しい。貴重な戦力として日々西へ東へ飛ばされ、師と同じく多忙の身でありながら、こうやって毎日と言える頻度で帰宅し俺との時間を捻出するいじらしさ。
    本人に言わせてみれば恋人なのだから当然とのことだが、いくら鈍感な自分でもその行動に含まれる意図を察せないほど愚かではない。
    これくらい余裕だ、と。
    本人に聞いた訳では無いから的外れなのかもしれないが、少なくとも俺にはそう感じられた。
    だから俺が勝手に日曜大工の真似事なんかを始めても一言言えとだけ。後は俺がやることなすこと何でも首を縦に振る。
    唯一眉を顰められるのが知り合いに会う時くらいで、五条先生や東堂に会うなんて告げた日には不機嫌もいい所だ。喧嘩にならないのが奇跡である。
    だから流石に察したのだ。あー伏黒は俺にもう呪術師やって欲しくないんだな、と。
    そも俺たちを繋いだのは責任という言葉だ。自由の身となった今、伏黒は俺を幸せにする責任に駆られているのじゃないかと思ったり思わなかったり。それなら二度、伏黒の前で死んだ身としては下げた頭を上げられない。
    だから持て余した時間で、今後の進退を悶々と考え続けているが一向に答えは見つからない。元々何かしらの欲求が強い方ではなかったし、夢という夢も特になかった。
    今はこうやって専業主夫のようなことをしているが、これから先を考えた時、途端に足元が暗くなっていく。
    気持ちが見えずに漠然と時間だけが過ぎていくのは少し不安もあったが、伏黒と生きているという実感だけが鮮明に胸に焼きついて、それがするりと腑に落ちるから何も出来ない現状に甘んじてしまっていた。
    「なー伏黒はどう思う?」
    脈絡のない問いかけに伏黒はピタリと動きを止めた。手に持っていた包丁を置いて、袖口で目をしきりに擦って涙を拭うとすん、と鼻を鳴らす。
    「藪から棒になんだよ。……あー、クソ。涙でてきた」
    「しゃーねえって。冷やしたってしみる時はあるし」
    そう言って笑えば、むす、と唇を引き結んで前を向いた。またトントンと覚束無い刻み音が聞こえてくる。
    今日は俺が作る、と伏黒が言った時、もう日は暮れていた。
    今日は泊まりで帰ってこないと思っていたからパンだけで夕食を済ませた俺の手を引いて、キッチンに立った伏黒が、やる気に満ちた表情でエプロンを結んで教えてくれと。
    正直、涙が出るほど感動してしまった。あの簡単な鍋しか作れないほどぶきっちょな伏黒が、まさかハンバーグを作る日が来るとは。
    もしかして料理に目覚めたのかと問えば、単純に俺にばかり作らせるのが申し訳ないからときた。今のところ仕事をしてるのは伏黒だけだから、昼間物思いに悩むだけの俺を気にすることないのに律儀な奴だ。そう言うところも勿論好きなのだが。
    「そんで、この後炒めるんだな」
    「そうそう。あとはこれ……タネ作っといたから粗熱とってから混ぜて、焼くだけ」
    「……俺が全部作るって」
    「下拵えは基本だって! また今度やってよ」
    不満そうに尖らせた唇に差し出したスナック菓子が吸い込まれる。晩飯前とか知らん。大人なので好きにするんだ。子供の頃は……あれ、怒られたっけか。じいちゃんは説教臭い人だったから、怒ってたような気もする。俺も年を取ったのか、些細なことが思い出せなくなってきたようだった。まあ美味しいからいい。
    伏黒もポリポリと咀嚼しながら器用にフライパンに刻んだ玉ねぎを落とす。
    「で、なんだ?」
    「んえ……何が?」
    香ばしい匂いが充満してきて、慌てて換気扇のスイッチをつけた。ごうごうと激しい換気の音がして、吸い込まれるように立ちこめた匂いが消えていく。それに伴って伏黒の低い声も掻き消された。
    「さっきの、どう思うってやつだよ。なんの話だったんだ」
    俺は呆気に取られて、何度か瞬きを繰り返す。綺麗な横顔を見つめながら、本当にこいつは律儀で、誠実な人間だと思った。
    なにせ有耶無耶になった質問は別に回答を求めていなかった。決めるのは俺自身で、聞いたところで参考にするかも怪しい。ただまあ、伏黒がどう思っているかは少し気にはなっていた。
    けれど、ああ、そうだった。伏黒はこういう奴なのだ。
    ふ、と吐息が漏れる。
    「何でもねえ。わかったから」
    「? どういう事だよ」
    「伏黒はわかりやすいって、思って」
    多分、俺が思ってる以上に伏黒は俺の事を大事にしてくれているのだ。心の根っこの、奥深いところで。
    前にもそういうことがあった。確か交流会の時だった気がする。戻ってきた俺に、伏黒が――。
    「あれ」
    「今度はなんだよ」
    「……えっと、いや、何でもない」
    何か、言われたんだ。気付かれないように平静を装っていたし、実際俺はそれが嬉しくて、言わないでおこうと思ったのに伏黒には話した。ああ、その話も、なんだったのだろうか。
    「なんか……お前少し変じゃねえか?」
    火を止めた伏黒が気遣わしげに肩に触れる。油と少しの焦げ臭さが鼻をつく。
    「顔色真っ青だぞ……今日は飯、やめとくか」
    「あ、いや……食べる。うん、大丈夫! 疲れてるだけだし、沢山食って元気出すわ!」
    そうか?と伏黒は少し嬉しそうに、けれどまだ心配そうな表情を崩さない。俺は務めて明るく振舞った。そんな顔をさせたい訳じゃなかった。
    でも、どうしても引っかかる。何か、大事なことを忘れてしまった気がして。
    伏黒の黒髪に誰かの影がチラつく。けれどすぐにそれも薄れていって、掴めない正体に焦燥感が強まる。単なる物忘れにしては仰々しい程の胸騒ぎ。
    震える手で取り出したボウルの中、ぐちゃぐちゃに混ざりあったハンバーグのタネに吐き気が込み上げた。
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