迷子の男たち「逃げられると、思いましたか」
長髪の男が言葉を発した。それを合図に鬼の面をつけた男たちが道を開ける。長髪の男が言葉を投げかけた相手…裏鬼道の男たちに囲まれ、ごみくずのように打ち捨てられていた男が「うぅ…」と呻く。
「幽霊族という化け物を連れて……龍賀一族のあなたが」
「あ、あ、う、あああああ」
裏鬼道たちによって心を壊された男が、割れた眼鏡の奥の虚な瞳から涙を溢れさせている。無様に地面に膝をつき、口の端からは泡を吹いている。
龍賀の男が情けない。だが、やはり血か。強い霊力のおかげで、ここまで甚振られ辱められても死ぬことはない。激しい怒りを身に抱えながら長田は目をきゅっと細めて残酷に笑った。
時貞様のお子達…白痴の長男がこの栄華極める龍賀の家督を継ぐのは難しいだろう。それならばこの次男が一族のために時貞様の元で研鑽を積まねばならぬというのに。あろうことかこの男は、家畜に恋をした。成人を迎えたこの男が、なぜ龍賀が日の本で一番の名家となったか、知らぬはずがないというのに。
こんな、こんな裏切り者のために、乙米様の心労が増えるなんてことは許されない。こんな男たちより、乙米様の方がよっぽど、龍賀のことを。
一族に身を捧げ、政略結婚を受け入れ、好きでもない男の子を産まされた乙米様。
必要な原料である幽霊族の娘と、この村から逃げようとしたこの男。……私が選びとることができなかった夢物語、こんな男に実現されてなるものか。
おまえだけがしあわせになれると思うなよ。
禁忌を犯し、心を無くしたということになった孝三は、時貞様の指示で龍賀の別邸へひとり移された。一生飼い殺されるのだろう。……あの、女と同じように。
心が死んでしまっても、愛しい相手の肖像を描き続ける男のことを、長田は屋敷の外の道から、見上げることしかできなかった。