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    アルミ

    @arumi3aot
    進撃ライベル
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    アルミ

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    2022.08.01
    ライナー誕生日SS

    ベルトルトのいないライナーの日々に、晴れの日は来ない、みたいなイメージで書きました

    #ライベル
    rebel

    オール・バターミルク・スカイ 赤の腕章。それはエルディア人であれば誰もが求める、憧れの特権だった。全世界の人民から疎まれる存在、ユミルの民…エルディア人。
     名誉マーレ人となれば、エルディア人であっても他の人間と同様、平等な扱いを受けられる。
     新生戦士隊の戦士長となることが決まっているジークを除けば、残る戦士の枠は5人。万が一戦士が欠けた時の控えとしての枠が1人。
     マルセル、ベルトルト、アニ、ピーク、ポルコ、ライナー。
     最終候補生として選ばれた六人の子供たちは、戦士になるため日夜訓練に励んでいた。候補生たちは着実に実技、技工の分野で評価を得て、戦士の選考基準を満たしていっていた。
     腕章をつけずとも平然と訓練場を歩き、監視するマーレ軍の幹部に、合格だ、と声を掛けられる候補生達。
     未だ名を呼ばれることのないライナーは、殆どの訓練成績の順位がドベに近いもので、それ故に訓練を受けるうちに彼自身もなんとなくわかりはじめていた。
     自身は、選ばれる戦士では無いのだと。

    【843年】

     ライナー・ブラウンは焦り、苛々していた。
     今日の最後の訓練は、基礎体力の向上を兼ねた持久走だった。成績や順位に直接響くものではない基礎訓練だったが、ライナーはその訓練でもまた最後尾になっていた。
     一日の訓練で疲弊しきった身体は限界で、ライナーはやっとのことでゴールへと到達する直前、足をもつれさせ転んでしまい、地面へ顔面をしたたかに打ち付けて鼻血まで出てしまった。
     ライナーは恥ずかしいやら情けないやらでなかなか立ち上がることができずにいると、こちらを見ていた一人の候補生が駆け寄って来た。

    「ライナー!大丈夫?」
    「……ッ!」

     ベルトルト・フーバー、
     どんな訓練も卒なくこなしてみせて、殆どの訓練成績で上位に入っている…ライナーとは正反対の子だった。今だってライナーよりも断然先にゴールしていて、それでも自分を助け起こそうとする余力がある。自分とは違い、まだ余裕があるのだ、体力的にも精神的にも。
     ドベの自覚があるライナーはことある毎に自分に構う彼を目の上の瘤のように思っていた。ライナーは鼻血を拭い立ち上がると、ベルトルトに向かって怒鳴る。

    「なんで俺に構うんだよ!」
    「え、」
    「いつもいつも…何が目的なんだよ!」

     急に怒り出すライナーに呆気に取られながらもベルトルトは返答する。

    「目的…!?だって僕たち仲間だろう?だから助け合おうと思って……それに僕、君と友達になりたくて」
    「…は?」

     友達?
     ライナーは理解できないという顔をする。

    「お前、何を言ってるんだ?戦士隊は仲良しクラブか?」
    「え?」
    「九つの巨人の力を行使するのに相応しい高潔な戦士になるには、そんな甘いこと言ってられないだろ!お前は何をしにここにいるんだよ!」

     ベルトルトはライナーの怒気に萎縮しながらも、「いや…その、僕は、」と言葉を紡ごうとしたが、そこにライナーは矢継ぎ早に畳み掛ける。

    「なぁ、自分は射撃訓練で評価貰ってるからか?だから俺のこと助ける余裕がありますってか?馬鹿にしてるのか!」
    「そんな!違うよ、僕は…」
    「じゃあ俺に構うな!」

     そこまで言うとライナーは、ベルトルトの胸をドンっと押して突き飛ばした。
     ベルトルトが尻もちをついたところで、遠巻きに見ていた他の訓練生たちが集まってきて、ガリアード兄弟がライナー達の間に入ってくる。

    「おい!ライナー!お前なぁ!」
    「ポルコ、やめろ!」

     ポルコはライナーの頬に張り手を喰らわせ、マルセルはそんなポルコを止めつつ、ライナーを叱責する。

    「ライナー、口喧嘩ならまだしも、手を出したら駄目だ。ベルトルトに謝れ」
    「兄貴の言うとおりだ。ほんと最低だな、口だけは回るドベ野郎」
    「なんだと!」

     ライナーは顔を真っ赤にして今度はポルコに喰ってかかろうとするが、それを年長者のジークに止められた。

    「おいおいお前ら!喧嘩とかやめてくれよ〜!連帯責任で俺たちまでどやされるんだからさー」
    「ジークさん!でも先に殴ってきたのはポルコの方で…!」
    「まだ揉めたいのかよ!それ以上やったらマジで楽園送りだぞ!?…ほら、仲直りしろー」

     ジークがめんどくさそうに諌める。
     楽園送り、その一言で血が昇っていた頭が急速に冷えていった。落ち着いたライナーは、渋々ポルコとは手打ちにし、マルセルに「一部始終しか見てないが…どう考えてもお前が悪いと思う。ベルトルトにはちゃんと謝るんだぞ」と言われて、初めてばつの悪さを覚えた。
     溜まっていた鬱憤を殆ど言いがかりの形でベルトルトにぶつけてしまったことにソワソワとしながら、ベルトルトの様子を伺った。
     ベルトルトは、こちらから少し離れた木陰でピークやアニと一緒に居た。普段はあまり不機嫌さを顔に出したりしないのに、ブスッとした様子で体育座りをしている。そんな彼が大粒の涙を目に浮かべているのが見えて、ライナーは目を見開いた。それと同時にベルトルトがこちらに気づき、ばちりと目が合った。

    「あ…」

     ライナーが声を掛けようとすると、ベルトルトはぷいと目を逸らして立ち上がり、ライナーを無視して去ってしまった。

    「あらら…」
    「もう面倒起こすなよー。さっ、ピークちゃん、もう帰ろうか」
    「ライナー、お前ちゃんとベルトルトに謝れよ、な?」
    「ほっとけよ兄貴、協調性もないドベのことなんかよ」

     ガヤガヤと帰り支度を始める皆を傍目に、ベルトルトに無視され置いて行かれたことに呆然と立ち尽くしてしまう。そこへ端の方で立っていたアニが近づいてきた。

    「……お前も俺が悪いって言うんだろ、アニ」
    「何が?」
    「…は?」
    「聞いてなかった」
    「…そうかよ」
    「……」
    「……」
    「…お節介な奴だけど、悪い奴じゃないし。あんたから謝ったら?」
    「聞こえてたんじゃねぇか…」

     アニは興味なさげに肩を竦めると、「さあ帰ろう」と言って歩き出した。
     どんよりとした曇り空の下、ライナーはアニの後ろをとぼとぼと一人ついていく。いつもなら何かと声を掛けて来て、隣を歩くのっぽの少年がいるのに。この空白は自分のせいとは言え、隣の存在が恋しかった。


    ―――――――――

     訓練場を出て、自宅へ帰る道すがら、ライナーはぐるぐるとベルトルトのことばかり考えてしまっていた。どうして俺はあんなことベルトルトに言ってしまったのか、それに、ベルトルトに置いて行かれたのがあんなにショックだったのか。
     考え事に夢中になりながら歩いていたライナーは帰り道を間違え、いつもと全然違う道を歩いていることに暫く気付かなかった。

    「……あれ?」

     レベリオ区は、似たような建物が建ち並び、同じような道がたくさん存在する。そこに住む大人でも道に迷うことがあった。
     子供なら尚更で、自分が道に迷ったことに気づいたライナーは、辺りが暗くなりはじめるにつれ、心細さと恐怖から、どんどん早足になっていた。
     こんな時…自分が迷っている時も、手を差し伸べてくれたベルトルトのことを思い出していた。
    なんなんだよ、なんでこんな時までベルトルトのことを思い出すんだ……ここは何処なんだ?そう思いながら道を曲がったところに、大人の男の人が倒れていた。

    「うわぁっ!?」

     ライナーは驚いて声を上げてしまう。すると、ライナーの声に反応したのか、倒れている男の人が、「うぅ」と呻き声をあげた。
     ライナーは怯えながらも周りをよく見ると、倒れている男性の物らしい曲がった杖と、転んだ拍子に落としたであろう買い物袋…沢山の果物が詰まった紙袋だった――袋の中身の一部が道に散乱しているのが目に入った。落ち着きを取り戻したライナーは、倒れている男に恐る恐る声を掛ける。

    「あの…大丈夫ですか」
    「…ああ…大丈夫です」

     言葉に応え、よろよろと立ち上がろうとする男性をライナーは慌てて支える。痩せっぽっちで、背がひょろひょろと高い男だった。立ち上がった後も壁に寄りかかるようにしていて辛そうだった。
     ライナーは落ちていた杖を拾って男に渡し、散乱する果物を拾い集めた。

    「…本当にありがとう。助かったよ…優しい子だね」
    「…困ってる人を助けるのは当然です」

     男性のお礼の言葉に、ライナーが大人びた返答をするものだから、弱った様子の男性も表情を綻ばせた。

    「買い物して帰ろうと思ったら、急に眩暈がしてね…倒れてしまったみたいで」
    「そうだったんですか…」
    「ここは人通りが少ない道だから、君が来てくれて助かったよ。本当にありがとう」

     困ったように笑いながら、倒れていた事情を説明した背の高い男性は、曲がった杖をつきながら未だふらふらと覚束ない足取りをしていた。その様子を見てライナーは思わず声を掛ける。

    「荷物、運ぶの手伝いましょうか?」
    「え…いいのかい?助かるよ」

     男はライナーの提案に驚きつつも嬉しそうに受け入れた。男性の家はこの近くらしく、ライナーと男性は並んで歩き出した。脚を引き摺って歩く男性に歩調を合わせ、ゆっくりと進んでいく。

    「…その格好、君、戦士候補生だね?」
    「はい」
    「うちの息子も候補生なんだよ」
    「え、」
    「ベルトルト・フーバーというんだけど、知っているかな」

     まさか行き倒れていた男性がベルトルトの父親だったとは。昼間のやりとりを思い返し、ライナーは苦い顔をする。

    「もしかして君は、ライナーブラウンくんじゃないかい?」
    「え、なんで俺の名前…」

     ベルトルトの父親が何故か自分の名前を知っていることに驚き、ライナーは不思議な顔をする。

    「あぁやっぱり。あの子がいつも話していてね、教えてくれるんだ。凄い子がいるんだって」
    「……ベルトルト、くんの方がずっと優秀ですよ。俺…僕なんか、落第に近いくらいで」

     地面に目を落とし、落胆して話すライナーの姿を見て、フーバーさんは思い出したように胸ポケットから小さな包みを取り出した。
    「本当は歩きながら食べるのは良くないんだけど」と言いながらもその包みの一つをライナーの手に落とした。戸惑いながらも包装を開くと、それは小さなキャラメルだった。

    「うちの息子が好きでね。でも、たくさん食べると虫歯になるから、特別な時にしか食べないと決めているんだ」
    「特別な時?」
    「何か良いことがあった時や、明日もまた頑張ろうという時かな」

     だから一緒に食べようか、と言いフーバーさんはキャラメルを口に放り込むと、ライナーに向かってにっこりと微笑んでみせた。その様子を見ていたライナーも真似をしてそのキャラメルを口に含んだ。
     甘いキャラメルを口の中で転がしながらゆっくりと歩く。疲れた身体と弱った心に甘いものは効くらしい。なんだか力が湧いてくるようだった。
     少しだけ元気になったライナーへ、フーバーさんはベルトルトのことを教えてくれた。

    「…ベルトルトは、あの子は、きっと母親に似たんだろう。優しくて聡くて…丈夫に育ってくれた。病気がちな僕の身体を心配して、治療を受けさせるために戦士を目指しているんだ…ライナーくんも、誰かのために戦士を目指しているのかな」
    「はい」

     ……母さんの助けになりたくて。俺が頑張れば母さんも名誉マーレ人になれる。そうしたらマーレ人の父さんと三人一緒に暮らせるから。
     自分の家庭の事情を言葉にするのは憚られたが、目指すところをまっすぐフーバーさんの目を見据えて話す。

    「そのために英雄にならなくちゃいけないんです」

     揺るぎないライナーの言葉を聞いて、少しの沈黙の後フーバーはまた語り始める。

    「…ライナーくんは凄いって。戦士になるなら自分よりライナーが相応しい、世界を救うのは君みたいな人だと、あの子は言っていた」
    「……」

     ベルトルトがそんなことを思ってたなんて知らなかった。何故そんな風に言ってくれるのだろう。

    「…あの子は、まだ、あんなに幼くて優しい子なのに、戦士を目指している…エルディア人の子が候補生に志願しないのは腰抜けだとか反乱分子だとも言われて、マーレ人どころかエルディア人からも差別を受ける。それを知っているから…」

     そうして言葉を区切ったフーバーは、ライナーの顔を見つめ懇願する。

    「こんなことを言っちゃいけないんだけど、本音では、あの子には戦士になって欲しくないと思っていたんだ…でも最近のあの子の様子を見ていたら、戦士の訓練も悪くないんじゃないかと……ライナーくん、きっと君のお陰だよ…お願いだ。あの子と、仲良くしてやってくれないか。母親が亡くなってから、あの子は僕の世話ばかりで…年相応にしているところを見たことがないんだ。友達になってあげてほしい」

    「君みたいな子が友達になってくれたら、僕も嬉しいから」
     フーバーの言葉を聞いていたライナーは、小さく頷いた。昼間から考えていたベルトルトのこと、それに決着がついたような気がした。

     フーバー家は区画整理された住宅街から少し離れた小高い丘の上にぽつんと建っていた。
     フーバーさんは、ライナーに「僕が倒れてたことは、ベルトルトに内緒にしてくれ」と小声で話した後、ただいまと言って家の扉を開けた。
     すると中からパタパタと勢いよく駆けて来る足音がきこえた。

    「父さん!ひとりで出かけてたでしょう?!だめだよ!危ないって言ってるじゃないか…!……え、ライナー?」
    「ベルトルト…」
    「え、どうして…?ライナーがここに…?」
    「ただいま、ベルトルト。彼が荷物を運ぶのを手伝ってくれてね」
    「……そう、だったんだ」
    「お礼にお茶でも淹れてくるよ。二人は座ってなさい」

     ライナーとベルトルトは四人がけのダイニングテーブルに斜めに向かい合って腰掛けた。昼間のこともあって気まずい空気が流れたが、ベルトルトが口を開く。

    「……あの、ありがとう。父さんのこと、助けてくれたんでしょう?」
    「偶々だよ…お前の父さんが、その、目の前で荷物を落としたから、助けたんだ。当然のことしただけ、だから」
    「…うん」
    「…困ってる人を助けるのは、戦士として当たり前だろ」

     ぶっきらぼうに話すライナーに、ベルトルトはありがとう、とまた繰り返し呟いた。

    「…ライナーらしいね」
    「…何が?」
    「戦士だなぁと思って」
    「嫌味に聞こえるぞ…」
    「そりゃ僕も、今日はイラッとしたから」

     今日のことでまだ怒っているのだとベルトルトが素直に認める。ライナーは謝るチャンスを与えられたと気付き、姿勢を正して頭を下げた。

    「…ベルトルト、今日は本当にごめん。お前に当たっちまって」
    「…僕の方こそ、無視してごめん。今日ずっと後悔してたんだ」

     ライナーが謝ると、ベルトルトは悪くないのに、彼からも謝罪を受けた。

    「……俺も、今日ずっとお前のこと考えてた…明日は無視しないでくれよ」
    「うん」
    「挨拶するから、ちゃんと返事しろよ」
    「わかったって」
    「…俺と友達で居てくれよ」

     ベルトルトは目を丸くする。

    「…仲良しクラブじゃないって言ってたのに」
    「それはっ!……ごめん」
    「あはは、冗談だよ」
    「二人でなんの話をしているんだい?」
    「ふふ、内緒!」

     フーバーさんはライナーとベルトルトへココアを持ってきた。ライナーが運んでくれたオレンジを入れてみたよと話す通り、細かく刻まれたオレンジの皮が入っていて新鮮だった。オレンジが香るあたたかいココアは、ライナー達の関係を解すように甘く包んでくれた。
     ココアを飲み終わったライナーは、帰り支度をする。フーバーさんは、ライナーの母親宛にお礼の手紙を書いて、ライナーに渡すと、「ライナー、今日はありがとう。お母さんにもよろしく伝えておくれ。あと、いつでも遊びにおいで」とまた御礼を言った。
     もう外はすっかり暗くなっていて、帰り道がわからなかったライナーをベルトルトが途中まで送ってくれることになった。

     夜になり、暗くなった道を二人並んで歩く。
    ライナーは、普段夜に外を出歩くことが無かったために、不思議な感じがした。
     満月に雲がかかり、幻想的でふわふわした夜だった。

    「なんか、いいよな」
    「何が?」
    「お前の家、凄くあったかいなと思って」
    「そうかなぁ」
    「…その、」
    「うん?」
    「…お前、母さんがいないって、聞いたぞ」
    「…うん、あんまり憶えてないんだけど、昔僕を守ってくれて、天国に行ったんだって」
    「…そっか。うちにも、父さんがいないんだ。母さんと二人で暮らしてる」
    「…そうなんだ」
    「今度うちにも遊びに来いよ」
    「うん、行くよ……あ、あとはここの通りを真っ直ぐ行けばいいよ」
    「ああ、分かった」
    「じゃあ、ライナーまた明日」
    「ああ、またなベルトルト、おやすみ」

     ベルトルトは元来た道を戻っていく。その後ろ姿をライナーはじっと見つめていると、不意にベルトルトが此方を振り返った。
     まだライナーがその場に立っていることに気づいたベルトルトはバイバイと手を振った。ライナーも大きく手を振ると、ベルトルトはにっこり笑ってまた歩き出した。その様子を見たライナーもまた、家に向かって歩き出した。昼間とは違う、しっかりとした足取りだった。

    ―――――――――

     その日の訓練は一日掛かりの兵站訓練だった。
     重い行軍の荷物を背負い、自分たちの判断で休憩や食事を摂り、目的の地点まで行軍する。
     始祖奪還作戦において、パラディ島に入ったらまずウォールマリアまで子供たちの脚だけで向かわなければならない。
     戦士を目指す候補生たちにとって重要な訓練の一つだった。この訓練に合格できなければ、戦士になるのは難しいだろう。
     規定の目的地点へと続々とゴールする候補生たち。
     ゴールが見えたベルトルトは、振り返りもうすぐゴールだよと、後ろにいるはずのライナーに声を掛けようとしたが、そこにはライナーの姿がなかった。おろおろとライナーの姿を探すベルトルトに、見兼ねたマーレ軍のマガトが声を掛ける。

    「フーバー」
    「はい」
    「ブラウンが遅れているようだ。様子を見てこい」
    「……え」
    「何をぐずぐずしている。早くしろ」
    「はっ、はい」


     ライナーは一人遅れて森の中の道を進んでいた。
    喉がカラカラに渇いていて、足が痛い。だが休憩している暇は無かった。
     先に歩いていた候補生たちやベルトルトの姿が見えなくなったからだ。そのうえ日が傾き始めており、焦って歩を進めていた。そこに木の根っこに足を引っ掛けて転んでしまった。じわじわと目に涙を浮かべ、決壊寸前ところで前方から、何かがガサガサと近づいてくる音が聞こえた。
     野生の動物だろうかと、急いで立ち上がり身構えると、茂みの中から白い隊服の人物が目の前に現れた。

    「ライナー!」
    「ベルトルト…?」

     それは先に行ってしまったと思っていたベルトルトだった。まさか鉢合う形で目の前にベルトルトが現れるとは思わず、混乱する。

    「マガト副隊長に言われて来たんだ…大丈夫?荷物半分持つよ」
    「そんな、助けなんかいらない。大丈夫だ」
    「…困ってる人を助けるのが戦士なんでしょ?」

     自分を探しに来たと言うベルトルトに、ライナーは顔を赤くする。またこんなかっこ悪いところ、見せられない。

    「それはそうだけど、この荷物は俺の荷物だ。お前には背負わせられない」
    「じゃあ僕はどうしたらいい?君の助けになりたいんだ」

     ライナーはひとつ深呼吸して、彼のプライドを押し止めた。

    「…道案内してくれ、俺、方向音痴だから。間違った道に行きそうになったら教えてくれよ」
    「…それだけでいいの?」
    「ああ、頼む」
    「分かった」

     ひとつ信じられる道標があれば、それで良かった。
     そうして黙々と道を進み、他の候補生たちに遅れながらも、ライナーはベルトルトとともにゴールへ到達した。

    「着いたぁ…!」
    「やったぁ!ベルトルト!」

     感極まってライナーとベルトルトは抱き合って喜んだ。その様子に待ちぼうけしていた他の候補生たちが呆れる。

    「おいおい、ただの訓練なのに大冒険から生還しましたみたいなリアクションするなよ」
    「というかベルトルトとライナー、結局一緒にいるんだね…」
    「何だよもう元鞘かよ?見せつけやがって…」
    「仲直り出来たなら良かった」

     ワイワイと騒ぐ候補生たちのところへマガトがやってくる。

    「お前たち、まだ騒ぐ元気があるようだな…」
    「マガト副長…!候補生6名、無事帰還しました!」

     てんでにはしゃいでいた候補生たちは整列して、訓練の結果を報告する。少しの沈黙の後、マガトは口を開く。

    「……目的地点に到達したのだから、今回は全員合格だな。今日の訓練はこれで終了だ」

     そう淡々と言うと、ここで解散とする。今日はもう帰れと、煩わしそうにあしらわれた。
     ベルトルトとライナーは、ぺこりとマガトへお辞儀をし、二人並んで帰路へと着いた。

     家に帰り、ライナーは母親へと今日の出来事を話すと、抱きしめられた。母親に抱きしめられて気恥ずかしい気分だったが、同時に誇らしかった。
     初めて合格だと言われたその日は、風が強く吹き、雲が勢いよく流れていて、雨が降るかと思われていたが、天気はなんとか持ち堪えていた。
     ライナーは戸締りをしてから眠りについた。いつもなら強い風でがたがたと揺れる窓や家が怖かったが、今日は平気だった。

    ―――――――――

    「お前、血が出てるぞ」

     膝を擦りむいたのだろう、ベルトルトの膝小僧は血に濡れていた。

    「…え、あ、あぁ大丈夫。転んだだけだから」

     そのまま歩き出そうとするベルトルトをライナーは引き止めた。

    「だめだ、ちゃんと手当しないと。ちょっと見せてみろ」

     汚れを洗い流し、布で押さえろといって、持っていたハンカチをベルトルトへ渡す。母から貰い持たされていた真っ白の新品のハンカチだったが、躊躇なくベルトルトへ渡した。

    「……ありがとう」

     そう言ってベルトルトは膝にハンカチを当てて止血する。目を伏せたベルトルトの顔をよく見ると、頬にも痣ができている。

    「…転んだだけってのは嘘だろ?何があったんだ」

     ライナーが問い詰めると、ベルトルトは困った顔をする。いつか、彼の父親も似たような表情をしていたのを思い出した。

    「父さんには、内緒にして?」
    「…うん、わかった」

     迷っていたベルトルトは、父親には秘密にすることを条件に、ライナーへ事の顛末を話し始めた。

    「……父さんの薬を貰いに診療所へ行ったんだ」
    「うん」
    「そしたら、マーレ人の男の人がいて、悪魔の癖に病院に来るなんて、しかも俺より診察の順番が早いとはどういうことだって、詰め寄られて、」
    「そんな」
    「僕は薬を貰うだけだから、呼ばれるのが早かったんだ…それを話して謝ったんだけど…男の人に押されて、転んじゃったんだ」
    「なんだよそれ」

     ライナーは憤った。エルディア人だからといって、子供相手に大人げがない。
     だがベルトルトは慣れた様子でいて、憤慨するライナーに念押しをした。「こんなこと父さんにバレたら、薬貰いに行けなくなっちゃう…だからライナー、黙っていて」と。いつもは押しの弱いベルトルトだが、いつになく悲痛な強い調子だったために、憤慨していたライナーは冷静になり彼のお願いを聞き入れた。その代わり、ライナーはベルトルトへひとつ提案をすることにした。

    「……次は俺もついてくよ」
    「え?」
    「次は俺がお前のこと守ってやる」
    「……」
    「お前いつも俺のこと、助けてくれるだろ。だからおあいこだ。助けが必要な時は俺のこと呼ぶんだぞ」
    「…うん」

     約束な、そう言ってゆびきりげんまんをして、いつもとは逆にベルトルトの涙を拭ってやった。
     薄く雲が掛かる夕暮れが美しい日だった。

    ―――――――――

    【850年】

     パラディ島に潜入し、5年の月日が経過し、
    目標の”座標”を攫むため、シガンシナで壁内人類と相対することになった。
     シガンシナの壁の上でキャンプを張り、ベルトルトは食事の準備のため豆の缶を開けようとしていた。
     
    「いたっ」
    「何やってんだ」
     ベルトルトの指からぷっくりと血が盛り上がる。
     
    「どれ、貸してみろ」
    「…いや大丈夫」

     ジュッと蒸気を上げて、傷は瞬く間に塞がった。
     ……子供の頃はハンカチを持ち歩いていた。今の俺たちには必要のない物になっていた。

     ……ベルトルトにとって、俺はまだ必要とされる存在だろうか?
     マルセルもアニもいなくなって、仲間のように過ごした104期の同期たちを裏切って。
     二人で一緒に、ここまで来た。
     あと少し、あと少しのはずだ。

     朝焼けに染まる雲が、夢見ていた英雄の形が、ぼろぼろと崩れていくように感じた。



    ✴︎





     ……何が、何が起こった?
     土煙の中、ごほごほと咳き込むライナーは、未だ手足の修復が終わらず、目隠しを外すこともできなかった。ピークとジークさんが俺を救ってくれたのはわかった。だが、ベルトルトは?
     目に浮かぶのは崩れ倒れる超大型巨人の姿――ぼろぼろと崩れていく英雄の姿。
     そこまで考えて、何も見えず聞こえなかったライナーへ、残酷で鮮明な情報が飛び込んできた。

    「ライナー、」
    「お前は、運が良かったね」


    ―――――――――

    【851年】

     ――どうしておれはここにひとりで、立っている?

    「悪魔の島にマーレ軍を送れと?寝言は寝て言え」
    「今は悪魔の島なんぞに構っていられないんだよ、我が国は重要な戦力の二つの巨人を失ったんだぞ!?」
    「その機に乗じて各国は連合隊を組んでいる」
    「車力は斥候、鎧と獣には戦争の前線に立ってもらわなければ」
    「顎は今はまだ継承したばかりで調整中だ」
    「お前たちに掛かってる。戦士達よ。超大型たちの分までしっかり働いてもらうぞ」

     会議というのは名ばかりの、お偉方から一方的な決定事項を伝えられて茫然と立ち尽くす。

     マーレ国内では徴兵の命令が降されて、男も女も関係無く、エルディア人たちが集められていた。

    「何か特技がある奴はいるか?大工、料理人、あとは音楽やってる奴とか」
    「戦場に残ってる奴は戦争にただただ向いてる奴か、兵士にしかなれない無能かだけだ」
    「エルディア人の場合、無能は爆弾になれる。無能なのに有効活用されて良かったなぁ」

     ……料理人だった父さんに、料理を教えてもらっていたら俺は今ここにいることはなかったのだろうか。ベルトルトはなんでも卒なくできるやつだったから、俺が料理を教えてたら俺よりいろんな料理を作れたかもしれない。ベルトルトの親父さんは若い頃家具造りをしてたらしいから、大工仕事だってできたかもしれない。指が長かったから、ピアノだったり…楽器の演奏も上手くできたかもしれない。
    そうしたら、戦士なんかにならずに済んだ。

    ―――――――――

     区画整理された居住区から少し離れた丘の上にある小さな平屋の家の扉をノックする。どうぞ、と声をかけられたので扉を開く。中へ入り奥へ進むと、昔と変わらない部屋の様子に目を細めた。

     出迎えられなくて申し訳ない、こちらまで来て頂けますかと、声のする方へ、ベッドに横たわったままの男の元へ向かう。

    「フーバーさん…」
    「……ライナー」

     ライナーは会釈をする。
     フーバーが起き上がろうとするのを止め、ベッドの横にある椅子へと腰掛けた。
     窓から外を見るとマーレ軍人数人…ジークとピークが離れたところで待っているのが見えた。

    「………戻りました」
    「おかえりなさい……あぁ、立派になったね…」

     ゴホゴホと咳き込みながらこちらを労う男は、記憶に残る姿より更にやつれて小さくなっていた。

    「……あの子は?」
    「……それを、伝えに来ました」


     暑くも寒くもない気温の、曇り空に包まれたその日、ライナーは淡々と、パラディ島での出来事と彼の息子が島内で行方不明になったことを報告する。

    「……そうか」

     ぽつりとフーバーはつぶやく。遠くを見ている。ライナーも同じように遠くを見る。窓の外、壁の向こうの、海を隔てた楽園のことを思う。

    「…なんと、名誉なことか」
    「…フーバーさん?」

     しばらくの無言の後、フーバーは口を開いた。

    「…ライナー、ありがとう」
    「……は、」
    「私に息子のことを教えてくれて。こんな老いぼれを気にかけてくれて。…息子は、ベルトルトは、私の誇りだよ…」
    「…待ってください。俺は、礼を言われることは何もしてません、できなかった。でもベルトルトは、違います。アイツは立派な戦士で、」
    「…ライナー、いいんだ」
    「待ってください。俺の話を、聞いてください」

    「……ベルトルトは戦ってくれました。戦士として。そのおかげで俺と戦士長がここにいます。彼がいなければ、支えてくれなければ、俺はとっくに島で、死んでました。アイツにたくさん、助けられました……だから今度は俺が、助けに行きます。行かなきゃならないんです」
    「…………ありがとう。我が祖国の戦士よ」
    「フーバーさん、」
    「そう思って頂けるだけで充分です。私は、息子のおかげでマーレ人同等の扱いを受けて今まで過ごすことができました。息子が、立派に戦士としてこの国の、いや世界の為に悪魔たちと戦ってくれた。その事実があるだけで、嬉しいんです。それ以上のことは望みません」

     俺は、この人になら殺されてもいい、そんな覚悟をしてここに来たのに。
     彼に優しい言葉をかけられると胸が張り裂けそうになる。

    「ライナー、疲れているだろうに、わざわざこんなところまで足を運んでくれて、ありがとう。…僕も病気のせいで体力が落ちていてね…」
    「フーバーさん、待って、待ってください」

     本心を隠さないでください。
     ベルトルトは母親に似てる、あなたはいつかそう言ってました。
     でもベルトルトは、父親のあなたに似ています。肝心な本心を見せないところ、隠して、我慢してしまうところ…そっくりだ。
     ライナーは跪いて、ベルトルトの父親に縋り付く。

    「……すまないね。ライナー、少し疲れてしまったよ、ひとりにしてくれないか」

     俺は、俺はどうしてここにひとりで。
     どうして誰も俺を責めない、断罪してくれ、誰か、だれか、ベルトルト…

    ―――――――――

     何も考えたくない、考えられない。

     頭痛が止まらない、いつかベルトルトと通った病院への道を進む。視界が悪い。霧が出ているように感じる。

     しっかり地面を歩いてるはずなのに、浮いているような感覚。大地を踏み締めているつもりなのに巨人体の中のような、肉の上を歩いているようなぶにぶにとした感触がする。気持ち悪い。

     ……ブラウン副長、眠れていますか、食事はきちんと摂っていますか、顔色が悪いですよ。薬だけ飲んでも良くならないんです。栄養のある食事を摂って、ゆっくり休んでください。

     夜寝て、朝になったら心臓が止まっていたらいいのに。…そんな都合のいいことなんか起きることはないが。

     夜、人の気配を感じて目を覚ますと、部屋の中だというのに辺り一面霧に包まれていた。……濃い霧の向こうに、誰か居る。
     立ち上がろうとするが、体が宙に浮いた。
    雲の中にでもいるように、ふわふわと浮かびあがったライナーは深い海の中に潜るようにして、向こうに居る相手へとなんとか近づこうとするが、見えない壁でもあるかのように一定の距離からは相手へ近づけなくなった。
     それになぜか煙ったいものに邪魔をされて顔が見えなかったが、それでもライナーにはそれが誰なのか分かる気がした。

    「ライナー、今日はきみの誕生日だね。生まれてきてくれて、ありがとう。誕生日おめでとう」

     ……こんなになっても、俺の生を祝ってくれるのか。
     俺の手から溢れていった命、一番守りたかったはずの相手に、謝りたくて、触れたくて、手を伸ばしたところで目が覚めた。
     ぼーっと天井を見つめる。訳もなく泣きたくなったが、涙は出なかった。

     また一日が始まる。
     訓練場で子犬のように固まって、戯れあって走る小さな戦士たちを見つめる……お前も見ているだろうか。見守っていてくれるだろうか。

    「あっ!ライナー!」

     黒髪で意志の強い瞳をした従姉妹がにこやかにこちらへ駆けてくる。

    「「ライナー!誕生日おめでとう!」」

     夢に見た相棒の声が、重なった気がした。

     お祝いの言葉に返事ができずにいる間に、ガビ達はこれプレゼントです!とライナーの手に押し付けてきた。中を開けてみてと急かされ、その小さな包みを開くと、それはいつか昔に食べたキャラメルだった。
     キャラメルに目を落としたまま黙ってしまったライナーを見てガビ達は慌てる。

    「えっ!ライナー?大丈夫?泣いてるの?」
    「ブラウンさんは疲れてるんだから、あんまり騒ぐなって!」
    「ファルコは黙ってて!」

     いつかのように白い隊服の子供たちがキャアキャアと騒いでいる。
    「…これ、早速食べてもいいか?」と尋ねると、ガビは目を輝かせて、「もちろん!」と答えた。
     おばさんにライナーが好きだって教えてもらって選んだんだよと話すガビ達の話を聞きながら、その包みから大切に掬い上げて、口に含む。
     ベルトルトが好きだったんだ。
     フーバーさんの言葉が頭に響く。

     口の中に広がる素朴な甘さは、昔と何一つ変わらない。
     変わっていくのは自分たちを取り巻く環境や世界の方だ。
     自分の鎧が剥がれていくような気がした。
     手の中にころんと収まる小さな粒たちは、今の自分にとっての特効薬のようにも思えたが、なんのことはない昔と変わらないただの菓子だった。


     生かされているのか、死んでいっているのか、未だ分からない日々を過ごしている。それでもあいつは、ずっと見ていてくれているのだろう。昔からそうだった。そして俺も昔から変わらず、命が続く限り、がむしゃらに進むだけ。

     ライナーは堪らず空を見上げる。
     その日は暑くも寒くもない、空一面にひつじ雲が広がる曇り空の日だった。
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