サクッ平穏な日々というのはちょっとした事がキッカケで脆くも崩れ去る。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そう、こんな風に。突如として響き渡った葵依の叫び声、少しのシャウトが入ってた叫び声に異常を察知した三人が急いで現場へと駆け付けた。
「葵依どうしたの!?」
すぐさま声を掛けたのは他の誰でもない椿、何があったのかを確認するために葵依から話を聞こうとするが…
「あ、あぁ…あああ…」
余程応えたのだろう、その場にヘタリと座り込んでしまいまるでヴァイブレーションの様に震えている。
「これは…出たわね?」
いち早く理解したのは緋彩、誰よりも葵依と長い付き合いだからこそ分かった。葵依がここまで怯えるのは天敵が出てきた以外無いということに。
「でもここまで怯えるなんて…余程大きかったのかしら?」
「なぁ、葵依。何が出たんだ?アタシが退治してやるよ!」
腕捲りをしていつでもやってやると言わんばかりの渚、それを聞いてか葵依はようやく話し始めた。
「お、大きくて…」
「大きくて」
「黒くて…」
「黒くて」
「光って…」
「…ん?光って?」
「は、速くて…」
「は、速い?」
「あ、あぁぁ…!」
そこまで言い切るとまた思い出したのか再び震え始めてしまった。一体何のことやら、そんな虫がいたのかと皆が疑問に思う中で渚は該当する一匹を思い浮かべた。
「あ、葵依?そ、その…大きくて黒くて光って速いヤツ…ってのはその…平べったいか?」
そう聞くと葵依は声を出さない代わりに首を縦に一回振った。
「その…そいつはいわば…ブラックモンスター的なヤツでコードネームは…G?」
コクリ
「あ、あの…ごから始まってりで終わるアイツか…?」
コクリ
刹那、その空間に戦慄が走った!間違いない、ヤツだ!!この世の99%の人間が出てきた瞬間に悲鳴をあげてしまうヤツ、様々な呼ばれ方をされてきたヤツ、そして信じられないことに空も飛べるヤツ!!
「な、渚?やってくれるのよね?退治するって言ってたわよね?」
「あー…あれは…その無かった事にしておいてくれ」
「何言ってるのよ!?貴女自分からやるって言ったのよ!?腕捲くりまでしてるじゃない!!」
「バカ!アタシだってアイツは嫌だし専門外なんだよ!!」
「ま、待って!!」
そんな渚と椿のいつもよりも強い言い合いを止めたのは緋彩、何かに気が付いたらしい。
「その…葵依くんがここでへたり込んでいるってことはここで見たってことよね?…この空間のどこかにいるって事よね?」
再び空気が凍る、否これは空気が凍るというよりは空気が無くなったと言うレベルかもしれない。ヤツはこの場のどこかにいる、隠れてる。それ即ちどこからでも出てきて襲いかかるという事。
気が付けば先程まで腰が抜けて座り込んでいた葵依まで立ち上がっている。四人は顔を見合わせて頷くと出口までゆっくりと歩き出した、ヤツに気付かれぬ様に抜き足差し足忍び足でその場から立ち去ろうとした
サクッ
それはあまり聞き慣れない音、まるで霜柱を踏んだ時の様な?しかしここは建物内、当然ながら霜柱なんてどこにもない。一体何の音か?
「み、皆…いいか?」
声の主は渚、顔は真っ白だ。血の気が引けるどころかもう顔に血が行ってないのでは?と思うほどに。
「皆に良いニュースと悪いニュースが1つずつある…どっちから聞きたい?」
「じ、じゃあ良いニュースから…」
「そしたら葵依が言う様に良いニュースからだな?ヤツはもうこの部屋には居ない。アタシが宣言通り退治した」
「本当!?」
渚の宣言に安堵する三人、しかし退治したにしては顔の色は悪いし音の説明がつかない。一体何の音だったのか?霜柱を踏んだような音…踏んだような音?
「…渚ちゃん?その…どうやって退治したのかしら?動かしてたのは足だけのはずよね?」
緋彩からの問いかけ、その質問内容を理解した椿と葵依も段々と顔から血の気が引いていく。
「…いやぁ、サクッて音がするんだな。アイツを踏んだら」
次の瞬間、建物内に四人の悲鳴があがった。それはこの日一番の大きな大きな悲鳴だった。すっかり疲弊してしまった四人ではあったが一番の功労者である渚を宥め、労う会がその後厳かに行われたのだった…
余談だが、この日からしばらくの間燐舞曲内ではサクッと言う音を立てるのと霜柱を踏む行為が禁じられる事となった。
まぁ、禁じられなくともしばらくの間は誰も出来ないししようとも思わないだろうが…