東城会4代目という立場は便利なようで不便である。最近はもっぱら書類仕事が多く、当分文字を見たくないとさえ思ってしまう。目の前に積み上げられた書類の山を見て頭を抱えたのは数え切れないほど。
これ以上部屋に閉じこもって書類を片付ける作業を続けると気が狂いそうだと考えこっそり本部を抜け出した。仕事をサボるのをバレたくないのもあるが何処にでも護衛が着いてくる。桐生は本来、護衛など必要ないのだが風間が何としてでも付けようとする(過保護)。立場が上になったとは言え、未だに風間には頭が上がらない桐生は文句は言えなかった。
タクシーを捕まえ、久しぶりに一人でゆっくり神室町を練り歩く。
そういえば、前に馴染みだったバーのマスターは元気にしてるだろうかとふと気になった。顔を出すついでに飲んでいこうと足を進める。
***
「………?」
看板を見るときょとん、とした表情になった。おかしい、場所は合ってるはずなのに名前が変わっている。もしかして別の場所に移したのか…?と首を傾げる。
だがいつまでも店の前で突っ立ってる訳にもいかず意を決してバーの扉を開く。
「いらっしゃい」
カウンターに立っていたのはやはり以前のマスターとは別の人間だった。髭を生やし眼帯をしていて自分が言うのも何だが明らかに堅気ではない。
「なぁ、前のマスターはどうしたんだ?」
「前のマスターのお知り合い?あの人なら事情があって辞めはりましたよ」
「……そうか」
事情が気になるが深くは聞かないでおいた。ついでだから酒でも飲もうかと思い注文する。だが、酒に詳しいわけでも無いため全てマスターに任せる。
「(…見れば見るほど堅気に見えねぇ…)」
マスターがせっせと酒を準備している背中を眺める。タキシード越しに刺青が見えそう…と言うところで声を掛けられた。
「お待たせしました」
「………、美味い」
喉が乾いていたのもあるが、格別美味しく感じた。サービスとしてつまみも出されてそれをつまみながら酒を呑む。
気がつけばグラスが空になっておかわりを頼んだ。
「お客はん、東城会の4代目でっしゃろ?ええんですか?こっそり抜け出して」
「え、な……何で知って…いや、何のことだ?」
「ヒヒッ、誤魔化さんでも他に客はいまへん。それに、4代目は神室町では有名なんですわ」
「……そ、そうか…」
流石に仕事が嫌でこっそり抜け出してきましたとは言えずどう言い訳をしようか悩む。昔から口論が苦手だった桐生は結局良い言い訳が見つからず無言になってしまった。
「そない顔せんでもべらべら話したりしまへん。儂は案外口が固いんでな」
独特の訛りで喋るマスターが面白くふ、と笑みを浮かべると片目がピクリと動いた気がした。
「せやけど随分若いんやなぁ。初めて会う人にも警戒心が随分薄いんやもんなぁ。そら心配にもなるわ」
「…?何の話だ?」
ぐい、と酒を煽る。だが、次第に視界が歪み始め、酒に何かを盛られたと気付いたのはマスターに抱えられてからだった。
「儂はずーーーーっとアンタが来るのを待っとったんやで。桐生ちゃん」
目を閉じ、無防備に寝顔を晒す姿に他人事ながら心配してしまう。だが、この愛おしい寝顔も全て自分のものになるんだと考えると胸がいっぱいになった。
その後、東城会本部では4代目が行方不明になったと組員たちが必死で探し回ったのは言うまでもない。