ヴィル・シェーンハイト過激ヲタクの話。 美しいものが好きだった。
宝石、 硝子細工、 ビスクドール。
とりわけ好きなのがヴィル・シェーンハイトである。
美しいものが好きだった。
だから、 美しさの邪魔をするあいつを激しく嫌悪していた。
ーー殺したいくらいに。
ヴィルと出会ったのは、 齢十二にも満たぬ頃であった。
悪を映す言葉、 凛とした声、 涼やかな瞳。
画面の向こうで七変化する様が狂おしいほど好きだった。
敬愛、 していた。
おかしなやつが映画研究会に入部したのは九月の初めだった。 異世界から来ただとか、 実は女だとか、 入学式で使い魔とともに暴れただとか、 ある日突然ユニーク魔法だけが使えるようになっただとか、 嘘か本当か分か らないような噂がまことしやかに囁かれるようなやつ。
それが、オンボロ寮の監督生だった。
彼は私の居場所を奪った。
彼は時々ヴィルと食事を共にし、 休日に出掛け(それらは私とヴィルがするよ り多く)とにかく二人でいた。
私を差し置いて。
ある日彼に聞いてみた。 夕焼けの眩しい時間帯だったと思う。
「 君はヴィルのことをどう思っているんだ」
笑顔を作ったつもりだが、 きっと引き攣っていたと思う。
彼はいつもの笑顔ーー不気味なほどの笑顔で。
「 ただの敬愛ですよ」
とてもそうとは思えなかった。
アイオライトとルビーをもつ彼の目は、 いっそ神聖な程何かに満ちていた。 敬愛だけ、 ではない。
この感覚はどこかで知っている。
そうだ、 妹が「 好きな 人ができた」 と言った時だ。 希望と、 不安と、 何かドロドロとした感情の入り乱れた目。
たまらず私は彼を床へ引き摺り倒した。
え、 という音が聞こえた。 私には彼がなんだか醜いモノにしか見えなかった。
ヴィル・シェーンハイトは崇拝の対象だ。 我らの偶像だ。 神聖だ。 敬愛の対象だ。 他の感情など向けるな。 色々な言葉をぶつけたと思う。 彼はその間も黙っていた。 抵抗はしなかった。 口の端が歪に上がっていた。 私を見ていた。 圧倒的 な優越を示されている気がして、 心に澱が溜まる。溜まる。 溢れる。 私の両の手は彼の細い首に伸びた。 馬乗りになってぐ、 と力を込める。 首のチョーカーは硬かった。 首輪のように彼の首を圧迫する。 彼の顔を見た。 口の端が微かに動く。
「 」
意味を理解して私は手を離した。 咳き込んでいる彼を残して教室から出る。 夕焼けに空が侵食してじわじわ面積を増やしていた。
廊下を歩く。 ふらふら歩く。
所詮私にも敬愛純粋の気持ちなどなかったのだ。
私 が持っていたのは醜くてどす黒くてなんだか分からないような執着だったのだ。
なんだか自分自身がとても醜い化物に成り下がったように思えた。
私は彼を嫉むのを辞めた。
オンボロ寮の監督生は今や立派な淑女となってヴィルの側にいた。 彼女の代わりは私にはできない。 誰にもできない。 胸のブローチに触れる。 私の代わりは彼女にはできない。 誰にもできない。
今日の空は真っ青に晴れていた。