監の休日「おはよう僕! 今日は休日だよ!」
今日も無理やり笑顔を作り、ベッドから飛び起きる。
壊れかけたクローゼットの奥に眠っている桃色ワンピースを大きな鞄に突っ込み、普段の制服のシャツとズボンを身に着けた。なんだかまだ肌寒いので、リドルのお下がりのベストを被る。
そうこうしている間に、猫もどき……もとい魔獣のグリムがもうすぐ目覚めようとしているようなので、その前に朝食の準備を進めておこう。ユウはそのまま階段を駆け下りた。
「じゃあグリム、今日はエーデュースのところに行ってきてくれる?」
「もちろんなんだゾ!」
グリムがツナ缶ねこまんまに顔を埋めながら元気な声を出す。やっぱり猫じゃないか?
猫大好き義兄……イデア・シュラウドに預けることも考えたが、さすがにまだ兄弟歴数週間だ。そんなことを頼めるほど長い付き合いではない。
今日の予定をシミュレーションしながら、貰った紅茶を飲む。
アールグレイが、寂れた部屋に香った。
「わぁ、可愛い!」
午前9時。桃色ワンピースを着たユウは麓の町へショッピングに来ていた。モストロ・ラウンジでのアルバイト代がかなり多く支払われたので、財布の紐は少し緩んでいる。おや?
どこからか、美味しそうなパンの匂いが漂ってくるではないか。
それに呼応するように、グルグルと腹が鳴る。ユウは本能に従い、匂いの出どころへ向かう事にした。
「ありがとうございましたー」
ベーコンエピ、ブリオッシュ、カヌレ。紙袋からは、それらから漂ってくるバターの香りが食欲をそそる。
すぐそばのベンチに腰掛け、ベーコンエピを千切る。
口に入れようとした、その瞬間。
「仔犬、そこで何を食べている? 美味そうだな」
背後から声を掛けられたので振り向くと、担任デイヴィス・クルーウェルがいつもの恰好で立っていた。
「折角だし、俺も食うか……ってかお前、そんな恰好して。生徒にでも見つかったらどうするんだ」
「その時は適当に言い訳します」
いつの間にか隣に座った彼は、持っていた紙袋からレーズンバターサンドを出して齧っている。
一つ分けてくれたので、カヌレを2つ渡す。
「まったくお前は……元の世界はみんなこんな感じなのか?」
「どうでしたかねぇ」
「……悪いことを言った」
「お構いなく」
我慢ではなく本当にどうでもいい。
そのまま軽く話し、彼は去っていく。
「秘密だぞ」と渡された缶コーヒーは、背伸びの味がした。
(にしてもこの格好……結構目立つかも)
よくよく考えると、
・紫とピンクのオッドアイ
・横髪両方ともビビットピンク
後天的とはいえなんだよこれ。
せめて髪の毛はどうにかせねば。
(髪を染める? いや、私不器用だから無理か)
そんなことを考えていると、不意に携帯が鳴った。義兄から貰った、新品のスマホ。
開くと、映画研究会のグループチャットである。
内容は、次回の撮影で使うウィッグを購入したということで、記載されていた店名は現在地から徒歩10分もしない。
監督生はあることを思いつき、そこへ向かった。
「いらっしゃいませ!」
小綺麗な店内に、若い店員の声が響く。
ここはウィッグ専門店。あのヴィル・シェーンハイトが使ったのだから、それなりに良いものの筈だ。
「えーと、長髪長髪……どこだ?」
今回欲しいのは、できるだけ普段と違う髪型……つまり、明るい色の長髪ウィッグ。
ライトブラウン、水色、白……
少しばかり歩くと、色とりどりの髪がその場で出迎えた。
これいいかも、と思ったのはラベンダーカラーのセミロング。
自然な艶が私を買ってとばかりにアピールしている。
さて、値段は……。
(7000マドル!?)
危うく声が出そうになった、失敬失敬。
以前ネットで調べたときは3000マドルくらいだったような???
やはり良いものには高い値段を、か・・・。
「君、学生かい?」
ふと肩を叩かれた。驚いて振り返ると、眼鏡をかけた初老の男がこちらを見ている。
「あ、はい。そうですが」
「この店のウィッグは魔導士免許がないと売れないよ」
「で、でも」
「ふぅむ……君がどこかの名門魔法士養成学校の生徒だったら」
「叔父さん! お客さんに絡むのはやめて!」
掠れた青年の声が、店内に響いた。