素直になれないだけ「双循ってオレのことほんとに好きなのか?」
「散々そう言うとるじゃろうが」
「なーんか嘘くせーっつーか……」
イマイチ信用できねーって言うと、ハッと鼻で笑われた。
付き合ってるのかすら曖昧で。でも恋だの愛だのはオレと双循には似合わないし、体だけの薄っぺらい関係がちょうどいいのかもしれない。
ぼんやりとやけにでかいダブルベッドの上でそう考えていた。
双循の家。
一人暮らしにしてはやけに広いマンションの一室。
来るのは初めて、ヤるのは数回目。
初めてヤッた時はラブホテルだったし、その後もホテルだったり生徒会室だったりだったから今更双循の家に誘われた時にはちょっと驚いた。断る理由もないし元々やる予定だったしで、寧ろ嬉々として着いてきた。
家に着いて双循ちを探索する暇もなく風呂に連れられ寝室に連れられ、いつもよりやけに優しくあっさりと抱かれた後、今に至る。
いつもくったくたになるまで抱き潰されるからヤッた後はすぐに寝落ちてたけどおかげで今日はまだ余裕だ。
それでもからからに喉がかわいている。
うとうととしている双循に飲み物あるかと聞くと
「リビングは突き当たりじゃ、勝手にしてええ」
くぁ、と欠伸をしながらそう言われた。
寝てしまった双循をほっぽって適当にパンツとTシャツだけ着て、言われた通り勝手にうろつく事にした。
間接照明がうっすらと照らしていてオシャレな雰囲気漂うリビングはなんだか双循と似つかない。キッチンも雑多に散らかってるオレの家とは違って綺麗に整頓されている。水切りかごに入ったコップや使いかけの調味料なんかがなければ生活感ゼロのモデルルームみたいだ。
適当に冷蔵庫から取り出したジュースを飲みながら好奇心にまかせて棚を漁ってみる。勝手にしていいって言われたんだからいいだろう。
「69倍デスソース、ハバネロ、ケチャップ、ポテチ……ファッハチミツみっけ」
でっかいハチミツの瓶がひとつ。開封済みだが中身はまだあんまり減ってない。この量なら多分1週間はもつだろーな、と思いながらちょっと味見とばかりにスプーンで掬ってひとくち。
双循のわりにいいハチミツ使ってるじゃねーかと思ってラベルを見ると、オレがたまーにご褒美で買ってる高いハチミツだった。
よく見ると置いてあるハチミツキャンデー、スナックなんかもよくオレが食べてるやつだ。しょっちゅう双循がよくオレのおやつパクるけど、双循も好きだったのか?
そう言ってくれりゃわけてやるのに!
ちょっと嬉しくなりながらキッチンを出てリビングの方もきょろきょろと探索してみる。
音楽雑誌、バイク雑誌、なんかの教科書、鉄板、警棒、ロープ、手錠……
漁る度になんだかだんだんゲスい、というかろくでもないものが出てくる。何に使うんだかわかんねーけど……想像はあんましたくない。
やっぱ双循ちだ。これ以上漁ってもいいものは無さそうだ。
そういえば双循はまだ寝こけてるんだろーか。
いつもヤったらすぐオレも寝るしべつに気にしたことはねーけど。別にえっちした後はピロートークまで大事にして欲しいとか気を使って欲しいとかそーゆーめんどくさい彼女みたいなことは思ってない。
ただ、デートなんかろくすっぽした事ねーし、好きって言われるのもセックス中だけだし。そもそもなんとなくの流れに流されてこんな関係を持つようになったもんだから、告白も何も無いし。
だから信用できねーんだ。
なんだかやけにもやつく。オレから好きって言ったらスッキリするのかもしれない。なんか負けた気がするし手のひらで転がされてる感じがするから絶対言わないけど。
寝室に戻るべきか、でも双循の隣で寝る気分じゃなくなってしまった。廊下に戻ると、寝室の斜め前の部屋の扉が少し空いているのに気がついた。やけにその部屋が気になってちらりと隙間から覗く。
部屋の中はうす暗くて、本棚がみっちりと詰まった部屋だった。書斎だろうか。机の上に置いてあるノートパソコンは消し忘れなのか画面が映っていて、暗い部屋の中で強く主張していた。
ゆっくり部屋に入ってノートパソコンを覗く。画面にはいくつかのウィンドウが開いていて、1番大きいウィンドウには地図が移っている。
その中ではピコンピコンと点滅する赤点がどこかを指し示していた。どこだろう。首を傾げつつ、地図をよくよく見ると、どうやらこの家を指し示している。
なんなんだ?
よくわからない。けど、なんか不気味だ。
ふと、パソコンに繋がっているヘッドホンが気になった。
パソコンのウィンドウの中の一つに波形が動いている画面があった。パソコン自体の音量も上げられているし、何か流れているのか?
嫌な予感と好奇心の間で揺れる。
結果的には好奇心が勝ってヘッドホンをつけてみた。ただ、音楽なんかが聞こえるわけじゃない。時折がさがさと衣擦れのような音が小さく聞こえるだけ。
んん?とパソコンの音量を上げてみるもよくわからない。ただ、なんか嫌な感じがする。
それでも好奇心には勝てなくて音の正体を探ってやろうとカチカチと適当に開いているウィンドウやフォルダを開けては閉じ開けては閉じを繰り返した。ほとんどオレにとってはよくわからないものばっかりだったし、変な名前のフォルダは見たくないのでスルーしたから全然なんにもわからない。
そうやって漁っているとひとつだけ目を引くフォルダがあった。
『ハチ公』
そう名前のついたフォルダ。SIBU-VALLEYの銅像では流石にないだろう。
嫌な予感がひしひしとしていたが、不思議な力に後押しされるようにそのフォルダを開いてしまった。
「ファ……オレじゃん」
どきりとした。体と心臓が跳ね上がった。
フォルダの中にあったのはオレの写真。
しかも大量。しかもライブやブロマイドの写真じゃない、明らかな盗撮写真。
全部全部がオレで、いつ撮られたのか全くわからない写真がいくつもある。
写真だけじゃない。動画や謎の音声ファイル……いや、謎じゃない。多分、今聞こえてるものだ。
無性に怖くなって耐えらんなくなってヘッドホンをバッと外した。
「……見つけてしまったのう、ハチ公。」
「ファーー!!??そ、双循!?」
唐突に耳元で囁かれ飛び上がって驚いて叫んだ。いつの間に背後に立っていたのか、ニヤニヤ笑いの双循がいた。悪いことを考えてる顔だ。
普段より威圧感を感じて思わず後ずさりをするも、後ろは机と壁。逃げ道はない。
がたりと机が音を立てる。
「のう、ハチ公はワシの言葉が信用できないんじゃろう?」
「ファ……信用できねーっつーか、まぁ……」
「おどれには言うより見せた方が早いと思うてな……まだ全部は見れてないじゃろう」
「い、いや全部は見なくてもいーってか……ふぁ、言葉だけでじゅーぶん……」
「そうかのう?」
スリ、と顔を撫でられゾクッと背筋が凍る。
細められた目がやけに怖く感じる。
「そ、そう、じゅん?なんかこえーよ……?」
「安心せい。時間はたっぷりあるからのう」
クックッと笑う声が近くで聞こえるのに遠く感じる。
「おどれがどれだけ愛されとるか、分からせてやろう。逃がしはせんぞ。」
ぐっと顔を寄せられ耳元でそう囁かれる。
へたり、と体から力が抜けた。