湖畔の小舎で豆まきする話 なにやら地上が騒がしい。
ふと意識を戻した龍井は、水面を見上げて眉根を寄せた。今朝から市場に出かけていたロンフォンフイが帰ってきたのだろう。
騒ぎに巻き込まれるのも時間の問題である。せめて残り少ない平穏な時間に浸ろうと瞑目した途端、小石の雨を伴って頭上から声が降ってくる。
「おーい龍井、出てこーい」
端からこちらの反応は期待できないと踏んでいるのか、次々に小石が投入される。揺らぎながら沈んでいくそれらを眺め、龍井は嘆息する。
今日は一体何事だというのだろうか。面倒なことでなければいいが。
「……?」
小石に紛れて、何か小さく丸いものが降ってきていることに気づいた龍井は、それを拾い上げ首を傾げた。
「豆…?」
それも大豆のようだ。ロンフォンフイが小石と共に投げ込んだものだろうが、意味がわからない。こちらの興味を惹くためだとしても、どうしてこれを選んだのか。
「……」
しばらく豆を眺めてみるが、なにも分かるわけがない。そうこうしているうちに、降ってくる石の大きさも上がっていく。龍井は誘い出されていることは承知の上で、渋々水面に向かった。
湖から顔を出すと、今まさに拳大の石を投げ込もうとするロンフォンフイと目があった。
「お、今日は早いじゃねぇか。これも投げてみて正解だったな」
そう言って笑うロンフォンフイの片手には、大豆が詰まった袋が握られていた。
やはりあれは釣り餌だったというわけか。
「どうして、豆を」
「ああ、今から豆撒きをしようと思ってな」
「豆撒き……?」
「そうだ。市場で会った旅人に聞いたんだが、今日はとある島国では豆を撒いて邪気を祓う日らしい」
「それをここでやると」
「楽しそうだろう」
未だ眠気も残っておりあまり乗り気はしないが、ここに集う者たちのことを思えば大儺を行うこと自体は悪くない提案だった。
水底への未練を断ち、龍井は湖から上がる。その肩に腕を回したロンフォンフイは、露骨に迷惑がる横顔に向けて、
「それで、だ。龍井、オメェに是非やってもらいたい役があるんだ」
「なんですか」
「豆撒きには鬼役が必要らしくてな。それを頼みたい」
「なぜ私に? 」
「なんでも、その島国の鬼はツノが生えていて恐ろしい顔をしているらしい。寝起きで機嫌の悪いオメェにピッタリだろう」
通りかかった子推饅が噴き出すと同時に、龍井はくるりと踵を返す。
「戻ります」
「な、おいちょっと待てって」
止める間もなく、龍井は再び湖に身を沈めてしまう。子推饅は決まり悪そうに頭を掻くロンフォンフイの隣に立ち、水底を覗き込んで肩をすくめた。
「貴方があんなことを言うからですよ」
「お前も笑ったじゃねぇか」
「すみません、思わず」
2人からの謝罪を受け機嫌を直した龍井が小舎に現れたのは、それから2時間後のことだった。
子推饅に豆の入った升を手渡された龍井は、頭に角を模した枝を挿したロンフォンフイを見て口元を緩める。
「似合っていますよ」
「だろう」
「さて、みなさんお揃いのようですのでそろそろ始めましょうか」
皆を見渡し、子推饅が音頭を取った。