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    tennin5sui

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    ゆるゆる果物版ドロライ:お題「甘いもの」

    #マリビ
    malibi
    #ゆるゆる果物版ドロライ
    looseFruitVersionOfDololai

    プロ野球選手になるってのはそんなに甘いもんじゃねえな おあにいさん、おあねえさん、ねえ。さあ。ここに取り出だしたりますはこの、木製のバット。これはとっても珍しいもんで、一説には幽霊が持っていたなんて噂もある。単なるバットじゃあない。私が小耳に挟んだところによると、化け物がこれを使って野球をしていたなんて話もある。与太だって?いやいや、実際にこのバットを使ってみたらそんなことは言えますまい。
     なんとこのバット、狙った球は百発百中、ズドンとホームラン、球場のど真ん中に向かうときてる。実際に持ってみせましょうか。ヨッ、ほら。このバランスの良さ。均整の取れたボディは。指一本、真っ直ぐに乗るときてる。プロポーションと言うんでしょうなあ、コマのようでしょう。
     先ほどは化け物だ妖怪だと言いましたがね、こりゃ大袈裟じゃあない。実はあの有名な百貨店の社長が後生大事に隠してたもんだ。あすこの社長、この不景気で首を括るの括らないの、もうヤケだってんで貴重な品物を世に出した。じゃなかったら私なんぞが手にできる品物なんかじゃないんだな。
     それで、その社長の語るところによるとだ。社長が子供の頃にその辺のがさっぱで。社長、引っ越したばかりだよ。友達がいなくてね。それでも野球の道具、新しい友達と遊ぶんだって一式揃えてもらってた。
     そんで遊ぶ相手だあれもいなくって、これじゃ買ってもらった親にも恥ずかしいってんでね。子供とはいえメンツがある。おうい、遊びに行ってくるんだって見栄張って、揃えて持って家を出た。
     それでさっきのがさっぱだ。道具抱えて座ってたってつまらない。社長、格好をつけてバットをこう、ぶんぶんと振り回す。すると突然出てきたのは気味の悪いけむくじゃらの始めて見る生き物で、すわクマか、と腰を抜かしかけたところで、何をやっとるんだと話しかけられたもんだから、さっきは我慢した腰ももう抜けちまって、ステンと地べたに座りこんじまう。
     すると化け物、どうも親切なやつで、人は見た目じゃねえって、ありゃ昔の人はいい事を言うね。兄さんもそんな突っ張った見た目してなかなか面白えじゃねえか、なあ。
    で、化け物、腰抜かした小僧をこう、引っ張って立ち上がらしてやって、何ぞ楽しげなことやってるな、教えてくれと、こうきた。なかなか返事なんかできるようなもんじゃねえけどな、それでもなんとか野球だって言ってボールの投げ方教えてやって。
     化け物は飲み込みが早い。ボールの扱い方覚えたと思ったらプロ顔負けの豪速球やら沈んで消える変化球、色んな球投げてくる。最初の頃はへなちょこな球ばっかりだったから調子こんでバットに当ててやってたが、こうなってくると子供の手に負えるようなもんじゃねえやな。だんだんと竹とんぼみてえにグルグルその場で回るだけで精一杯。化け物の方もこれじゃつまらんと社長の手からバットを奪い取って、竹刀を振るみてえにブンブンと振り回したと思ったらこれで打ってみろと社長に返す。
     何なんだと思いながらハヤブサみたいにストーンと飛んでくる野球ボールに、おお怖え怖えと目をつぶりながら、そんなんじゃあ当たるわけありませんやな、そう、その通りだ。だが化け物が力を込めたバットだ、目ぇつぶったまんまなのにスコーンと気持ちのいい音立ててあれよあれよという間にごま粒くれえに小さくなって空に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
     あんまりびっくりしたんで社長、あんぐり馬鹿みてえに口開けて眺めて、これじゃ買ってもらったばっかのボール無くしちまうんじゃねえかって気づいてな、化け物の方振り向いたら、奴さんもこれじゃあもう遊べねえやな、ってまたがさっぱの中の方へのそのそと帰ってった。
     社長、その時にはもうボール飛ばして親父に叱られるってことばっかり気になって慌ててボール探しに行ったけども、どこに行ったか、どれほど飛ばしたんだか。隣の国まで飛んでっちまったんじゃねえかって不安になる。けど見つからない。結局親父には叱れるし、嫌な思いしちまったってバットの方はすっかり封をしてしまい込んだんだな。
     それがつい昨日、この不景気で何とか食い扶持を繋がなきゃなんねえって思い出したのがこのバットだ。思い出のバットだが、そら、品としては一級品。一級品だがね、まあしまい込んでたもんだ。破格の値段で私の手の中にあるって、こういうわけだ。打つ球が必ずホームランになるっていう曰くつきのバット、さあ、どうだ。買わねえか、ええ。

    「それで買ったのか」
    「買った」
    仕事当日に見慣れない長い筒のような鞄を背中に背負った檸檬に、なんだそれはと聞いてみたら返ってきたのがこの返事で、要はテキ屋の親父にテキトウ言われてつかまされた安物のバットらしい。
    「おい、信じてないだろうがな。試しにバッティングセンターに行ってみたんだよ」
    「検証したってわけか」
    「そうだ。で、実際どうだったと思う?全部ホームランだぜ、ホームラン」
    檸檬が空手で素振りをする。少し距離をとって安全な位置から会話をすることにする。
    「それはよかった。で、今日の仕事がホームランを出すことじゃないのは分かってるよな」
    「そんな仕事があったら、俺たちの代わりにプロ野球選手が大手振って歩いてるぜ」
    「分かってるならよかった。で、なんでそれ持ってきたんだ」
    蜜柑は自分の眉間に皺が寄るのを感じる。
    「ホームランが出るか出ないなら、出たほうがいいだろ」
    そう言った後で、蜜柑の視線が徐々に冷えたものになってきたのに気づいたのか、ボソボソとした口調で「仕事にもまあ、使えなくもない」と呟く。
    「バットはボール打つもので、人の頭を殴るもんじゃない」
    絶対に折れるぞ、それ、と蜜柑は背中の鞄を指差す。テキ屋が売っているような二束三文のバットが、きちんと製造されているわけがない。普通に野球に使ったとしても、すぐにガタが来るだろう。
    「大体、そんなバットがあるなら今すぐ仕事を辞めて、プロ野球選手にでもなった方がいい」
    「その時は蜜柑がキャッチャーやってくれよ」
    「絶対に安全にボールを取れるミットがあるなら考えてもいい」
     檸檬は諦めたように、じゃあ無理だなあとこぼすと、仕事先の扉を開けた。

     仕事は順調に終わった。結局、バットは折れた。
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