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    ゆるゆる果物版ドロライ:お題「石鹸」

    #ゆるゆる果物版ドロライ
    looseFruitVersionOfDololai
    #マリビ
    malibi

    ライフハック 蜜柑は家に帰ってから手を洗うのも、風呂場で体を洗うのにも、石鹸を使う。ソープディッシュに置くのではなく、細かくスライスした石鹸を容器にいっぱいに入れて、都度、一枚ずつ水に溶かしている。買ってきたばかりの石鹸は、ピーラーで一枚ずつ削って、新たに容器に追加する。
     削り心地が好きなのか、と問うたこともあるが、別にそういうわけでないらしい。だったらこんな単調な作業を続ける動機は一体どこからやってくるのか、とも思うのだが、まるで写経でもするかのように、淡々と削っている。緩く握られたピーラーは蜜柑の指先によく馴染む。薄く剥かれた石鹸は、鉛筆削りのカスのように丸まって、一枚ずつ落ちていく。伏した瞳も、重力に従って垂れた前髪も、削られる石鹸が立てるわずかな音に追従して、内面にあるはずの様々な余分を捨てて、蜜柑の周囲と内面とに余白を作ろうとしているかのようだった。
     蜜柑が石鹸を削っている間、檸檬はつい、その余白にならって黙り込んでしまう。実際に手を動かしていればまだ楽しいのかもしれないが、見ているこっちは手持ち無沙汰で退屈だ。

     なので、中身を全部白のプラ板に入れ替えてやることにした。小学生の頃にプラ板工作をやったことがあるが、プラ板というのは大人が持ってくる楽しいおもちゃで、一人一枚と数が決められている極めて貴重な存在だった。それが、大人になった今はどうか。百円均一を謳う近所の店舗でぞんざいに棚に並べられている。初めてそれを見かけた時は、ちょっとばかり落胆した。切れっ端でさえ余さず使ったというのに、丸々一枚がたった百円だ。
     小さい頃の記憶を総動員して、大体どのくらいのサイズに縮むのかを必死に思い出す。必要な枚数を計算し、まあこんなもんだろ、と陳列棚のストックをひと束掴んで購入する。急いで帰宅しなければならない。蜜柑が帰る前までに終わらせなければ、せっかくの計画がパアになる。
     試しに一枚作成する。トースターの中で暴れ狂うプラ板を、遠慮なく取り出す。ちょうど削った石鹸そっくりに歪んでいる。丸まったプラ板が正解になる状況もこの世にあるのだ。蜜柑は認めたがらない場合が多いが、持ち前の集中力と器用さを遺憾なく発揮し、次々に真っ白な模造石鹸を焼成していく。
     調子良く量産した石鹸をタッパーに詰めている間に、突然携帯が鳴り出すものだから慌ててしまう。つい大声でなんだよ、と応答すると、昼飯何か買って帰るけど何がいい、というどうでもいい質問だったので、好きにしろよ、と答える。ちょっと考えて、コーンスープがいい、と注文をつける。
     近所のコンビニは昼時のくせに顧客の要望に応える気のない不良店舗なので、スープ類はすぐに売り切れる。なので、昼飯に何か一品添えようかしら、と考える上品な客は少し足を伸ばしてスーパーまで行く必要がある。今この時間にコンビニに寄って帰るとしたら、あと三十分もない計算になる。時間を稼がせてもらう。
     電話を切り、即座に計画の続きに取り掛かる。トースターの中に入っている一枚は、電話の時間が長かったせいで、すっかり真っ直ぐになってしまった。今時のプラ板は進化しているのか、こんなに綺麗に平らになるなんて、当時の苦労を思い返すと幼い自分を慰めたくなる。
     焦って放り込んだプラ板もまた綺麗に真っ直ぐになり、さらに檸檬の窮状に追い討ちをかけてくる。プラ板が歪む要因の一つに温度のムラがあるが、トースターの連続稼働時間が長くなったことによって歪みが軽減され始めたのである。これはまずい。勘弁してくれよ忙しい時に、と七輪よろしく取り出すごとに袖口で庫内をあおぎ、扉をパタパタと開閉することによって、当初の温度のムラを再現する。
     急ぎ取り出したプラ板をざらざらとタッパーに詰めた瞬間、信じられないことに玄関の扉が開いた。スーパーまで行ったのならあと二十分は帰って来ないはずだと、驚愕の顔をなんとか押し隠し、おかえり、と声を掛ける。
    「早かったな。スーパーまで行ったんじゃないのか」
    「スーパー?」
    蜜柑は怪訝そうな顔をしながら、ビニール袋をテーブルに乗せる。
    「そんな遠くまで行かなくても、商店街が開いてるだろ」
    「そんなに品揃えが良かったんだっけか」
    「昼時はな。意外に色んな店がある」
    確かにクリーム色のスープが入っているのが確認できた。
    「なんだ、手でも洗ってたのか」
    それ、と檸檬の手の中のタッパーを蜜柑が指差す。目ざといな、と内心はらはらする。
    「ちょっと借りた。戻しとくから」
    元の場所に戻しておけよ、という蜜柑の声にもちろん、と返事をしながら、今晩の風呂の時間を楽しみに待つことにする。
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