ガラガラ籤の一等 檸檬がスーパーマーケットの籤で一等を当ててきた。意外に籤運が良いらしい。
面倒だから車で行けばいいだろうが、と思うのだが、こういうのは旅情が出るから電車の方がいいんだ、という主張も、一理あるように感じられ、電車に揺られている。荷物はトランクに入れるほどの量もなく、ボストンバックに全て収まった。網棚を見上げると、慎ましやかに二人分のカバンが鎮座している。
二人の暮らす都心からは少し離れた、そして少し寂れた温泉地は、電車を一度乗り換えた先の海沿いにある。退屈な車窓には深い緑の葉が茂り、農作物なのだろうが、一見しただけでは手入れのされていない雑木林が広がっているようにも見える。両者を判別できたのは、この辺りでは果物が栽培されているのだと、何かで読んだからだ。
ガラガラに空いた電車の中で、二人とも昼寝もせずにぼんやりと外を眺めていた。もっともそれは、旅情を楽しんでいたわけではなく、この起伏のない時間に飽き飽きしていたからだった。
「なあ」「なんだよ」
苛ついた声が返ってくるかと思っていたが、意外にも平坦な声色だ。
「宿泊先はなんてところなんだ」
「なんだったかな。すげえ単純な名前だった」
ポケットから旅行券と一緒にもらったパンフレットを取り出すと、パラパラとめくる。
「瀧川ホテル」
「ホテル?」
わざわざ電車に乗り、文学の題材にもなるような保養地に向かい、それでいて宿泊先が温泉を備えた旅館ではなく、無味乾燥とした響きのあるホテルなのは、企画の杜撰さのあらわれなのだろうか。
「おまえは籤が当たった、って持ってきた時に、海が見えて温泉にも入り放題だ、檜風呂らしいぜって言ってただろうが。旅館かと思うだろ」
「それはな、特等だ」
檸檬は平然と言ってのける。
「俺が当てたのは、一等。保養地の素敵なホテルだ。ただし、特等だと高級旅館に格上げされる」
「あの時の口ぶりは、その特等が当たった、という雰囲気だった」
「言ってねえよ。言ったとしても、特等の旅館がすげえって言ってたはずだ」
蜜柑がじろりと睨みつけると、
「ホテルは朝ごはんのバイキング付きだぞ。旅館なんて古臭いものには、そんなサービスはない」
と、まるで通販番組の大げさで恩着せがましい、今ならこの取替用のパーツも付きます、豪華すぎて驚いちゃいますよね、とでも言いたげな口調でそう言う。
蜜柑としては、旅館の慎ましやかな味わいの、図々しいの量の朝食が供されるのを想定していたし、第一バイキングで喜べるほど若くもないので、なぜホテルの名前さえ覚えていなかった檸檬が、バイキングが付いていることだけを嬉しげに覚えているのか、不思議でならない。
「そんなに朝飯を食うんだったか」
「朝っぱらからそんなに食わねえよ。けど、何だか楽しそうだろうが。俺はバイキングしたことねえんだよ」
電車が大きく揺れて、檸檬が縦に跳ねる。到着駅の名前を告げるアナウンスが流れる。
「じゃあ、楽しみにしておけよ。一つ一つの料理と向き合うといい。向き合って、食べたければ全部それを皿に盛れ。バイキングでは食べたいものを食べるやつが勝つんだ。」
「そうなのか」
檸檬がきょとんとした顔をする。しかし、すぐに眉根を寄せて、
「それじゃ皿が山盛りになっちゃうだろ」
と答えるので、意外に頭がいいな、と感心する。