男の暴れっぷりはそれは大変なもので、起き抜けに、よくこんなにも元気に動けるもんだと感心した。
「俺たちもよ、痛めつけたいってわけじゃねえのによ。あんなに抵抗されると、参っちまうよな」
檸檬は男から奪った、また嵌めていた指が付属したままの指輪を宙に放り投げてはキャッチして遊んでいる。夜空に上げられた指と指輪は、宙に舞うと黒っぽい影になって、また元の通り檸檬の手元に戻ってくる。
「おい、依頼された品物で遊ぶな。指輪がどこかへ飛んで行ったらどうする気だ」
檸檬の乱暴な扱いに不安を覚え、釘を刺す。檸檬は叱られたのが気に食わないのか、不満げな様子を隠さずに
「面倒がないように、わざわざ寝込みを狙って行ってやったってのによ。指輪が外れないなんて思うか?」
と文句を言う。
「確かに、指輪が外れなくなるほど太ってるとは思わなかった」
指輪を取り返してくれ、と言われ、引き受けたはいいものの、男が住んでいる片田舎は思った以上に交通の便が悪かった。この移動は面倒だったのだが、寝酒を煽った男が寝込むのを待ち構え、古びた民家に侵入したのち、当の指輪が男の指に嵌ったままなことに気づくと、より一層頭にきた。寝る時くらい、装飾品を外したらどうなんだ、と男の不健康そうな体を睨みつける。
檸檬が手持ちのペンチで指輪を固定しながら外そうとしたが、びくともしない。だめだなこりゃ、という風に肩をすくめて見せる。こうなれば、指ごと切断する以外に手段はなかった。檸檬が指輪を引き抜こうとしている時には全く起きなかったくせに、いざ指を切断しようとすると、ものすごい勢いで暴れた。指は爪とは違って生えてこないから、指を切ったら悪いな、という感情は持ち合わせている。なので、暴れる気持ちは分かるが、もともと指から外れなくなるほどの肥満体型に甘んじていたのは本人の責任であるし、こちらとしても面倒な道のりを我慢してやってきている。これほどまでに抵抗されるのも、少々不満だった。
蜜柑のやめろ、という指示を一応は受け入れたのか、檸檬は指を放り投げていたのを中止する。指と指輪を分離して、差し出されたビニールに素直に入れ、口を閉じてジャケットのポケットに突っ込むと、同じポケットから黄色っぽい紙片を取り出した。紙片は十枚ほどの綴りになっていて、切り取り線が入っており、一枚ずつ切り離して使えるようになっている。アトラクションごとに料金を支払う形式の遊園地で見るようなチケットの綴りだ。なんでそんなものが今檸檬のポケットから出てくるんだろうか、と苦々しくそれを睨みつける。
「どうしたんだそれは。まさか、あの男の家から持ってきたんじゃないだろうな。余計なことはするんじゃない」
「明日にでも行くつもりだったんだろ。これから病院に行って、手当してもらって、それで明日遊園地に行くわけがないだろ」
檸檬の手からチケットを取り上げ、念のために検分していると、不安になったのか、あのおっさん行くつもりだったかな、と控えめな声を上げる。行くわけがないだろう、と答え、チケットを薄暗い街灯の光の下で見つめる。
遊園地、と印字された上の行に、動物園という文字が見える。動物園と遊園地が併設された施設らしい。
「この辺りの動物園のチケットだな」
「動物園ね。こんな田舎なら、動物も暮らしやすいんじゃねえか。大声出したって誰も困らねえもんな」
檸檬はすでにチケットを持ち出したことについての反省は忘れたようで、どんな動物がいるんだろうな、などと言い放つ。チケットには、キリンとゾウのキャラクターが描かれていた。そのキャラクターのあまりの安っぽさに、動物園というイメージで描かれているだけであって、実際にはキリンやらゾウやら、そんな立派な生き物は居ないのではないか、と邪推する。
「そんなにご大層な動物はいなんじゃないか。ウマだとかウサギだとかが居るくらいだろう」
「ワニはいるのかよ」
「なんでワニなんだ」
「この指、いらねえなって。ワニなら食うだろ」
「キリンに餌やりをするように、ワニに食わせるのか。飼育員が許すとは思えないが」
檸檬はさらに食い下がろうと思ったのだろうか、蜜柑の顔を覗き込んで何か言いたげな顔をしたが、黙った。二人は何もない砂利道を少し足早に歩く。蜜柑にとって、少なくとも今晩は、指の始末よりも、寝床を探すことの方が大事なのだ。