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    きょうだ

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    きょうだ

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    結ばれないけど、幸せなんじゃないかな というさにむつさに

    #さにむつ
    #むつさに
    sixteen-day-oldMoon

    賛美歌 恋慕はきっと人間だけの特権なのだと思う。
    人の身を得たものの生憎自身は刀であるし、それでありながら神でもある。
     この身を賜って一年と少し、ほとんと生まれたてに等しいにも関わらず、分かるのである。人のように人を愛することはきっと出来まいと、与えられたばかりの肌で感じるのだ。

     神を崇める人間と、人間の力を借りて人の身を得た神と云う、主従とも隷属とも対等とも言えぬ曖昧な立場で、庇護欲と勘違いしていたそれは恐らく愛情だった。憶えたばかりの切なさに似た痛みを持つのが不思議だった。
     しかし寿命知らずのこの身体は、人間である審神者の死によって置いてゆかれることが約束されている。
     世話していた花が枯れた時、四季の巡る音がする時、審神者と己の間に流れる時間の長さの違いに気がついた時、嗚呼、この思慕の念は誰にも打ち明けてやるものかと眉をひそめたのだ。

    ──ただ、己の生きる時間というのは、誰かと死を共にするには長すぎる。審神者が生まれたという初夏が訪れるたび、叶うことの無い小さな欲望が死に絶えることを願って居る己に疑問を抱くのである。

    ◇◆◇◆◇◆

    「暖かくなったねえ」

     己を初期刀に選んだ審神者は慎重な人だった。本丸発足当時から一番戦に出してもらっている己でさえ、錬度は未だ最大値まで到達していない。審神者曰く、本丸内で序列が出来てはならぬ、皆等しく強かであれと云うのがこの本丸の方針であるらしかった。
     それでも毎日が何かしら目新しい。ようやく存在に慣れてきた四肢を振って森羅万象を吸収する間に、己の呼び名が「陸奥守さん」から「むっちゃん」になり、審神者は今日でふたつ歳をとった。

    「この間まで寒かったんになあ」
    「そろそろ夏布団、出さないとだ」
    「手伝うぜよ」
    「ありがとね」

     時計は午前七時を回った頃である。春の残り香を仄かに連れて、初夏を知らせる風が吹く。茂る木々がこちらを見てささめく。噂されているみたいで、どうも背の辺りがそわそわして落ち着かず、付いてもいない袴の埃を払う真似をしてみたりした。

    「主」
    「うん?」
    「今日、誕生日ながやろ。おめでとうさん」

     審神者はちょっと驚いたような顔をして、それは嬉しそうに「ありがと」と言った。照れくさかったわけではないが、意外そうな顔をされると少し気恥しい。

    「そがに吃驚せんでもえいろ」
    「忘れちゃったのかと思ってたから」
    「まさかあ!わしゃそがな薄情者がかえ!」

     嘘だよ、ごめんねと笑う審神者の黒髪が、朝日に透けて金色に見えた。細い髪の毛先が、ぢりと音を立てて今にも燃えそうだった。
     初めて出会ったあの頃のあどけなさが少しだけ懐かしく、同時にそうか、このひとはやはり歳を取るのかと、時間の前での無力さを噛み締めずには居られない。不変であることの苦悩は、絶えず変化する事象に対する贖罪なのではないかとすら思われた。

    「なあ、何か欲しいもん、ある?」

     永遠の命だとかをねだって欲しくて聞いたのに、審神者は「皆でケーキでも食べたいかな」などとへらへらしている。七十口を越える本丸でホールケーキを分けたら一人分は一体どれだけ薄っペたくなるのかを考えたあと、「燭台切か小豆あたりに作ってもらわにゃいかんにゃあ」と笑っておいた。正解だったか、否か。

    「ケーキ以外で、何か。着物とか、櫛とかは」
    「おめでとうって言ってくれたから、満足」
    「そがなんでえいがか?わしからおんしになんちゃあ渡せちょらんがやないか」
    「いいよ。祝ってもらえて嬉しいから」

     いいよ、と言ったその眼がこちらを向いていなかったので、胸のあたりがざわっとした。言葉からだけでは汲み取りきれない感情に左右されるこの感じ、この痛み。まるで自分の影に怯える犬のようである。

    「……遠慮しゆう?」
    「ちがうよ。してないからだよ」
    「ど……どういうこと?」

     今度こそ審神者と目が合った。陽光を吸って黒曜石みたいな光を湛えた瞳は、揺らぐことなく己を捉えている。太陽を背にして曖昧になったはずの輪郭が眩しくて、思わず負けまいと目を見開いた。

    「来年も再来年も、その先何十年も祝ってくれるんでしょ。誕生日」

     審神者が珍しく歯を見せて笑った。「むっちゃんの何十年を貰う約束だけで十分よ」と付け足して。

     なんて酷い人だ、飛んだ呪いだと思った。貴女の愛し方を知らぬ己を、口約束だけで何十年も傍らに置くだなんて。死に近づく貴女をこの目で如実に捉えながら、誕生日を祝えだなんて!
    ──さぞかし素敵で哀しくて、途方も無く愛しい日々なんだろうと下唇を噛んだ。人間がやり場のない愛しさを感じた時、どんな顔をするのかはまだ知らなかった。

    「何十年らあて湿気たこと言いなさんなや。あと何百回やって祝っちゃるよ」

     思わず反論するみたいな言い方になって、何が面白かったのか「そうして」と審神者がけらけら笑った。老いるという人の営みを疎ましく思う自己嫌悪を拭い去るみたいだった。
     なんでもいいか、と安堵に似た感情が滲むのを感じる。貴女がこうして陽光の下で笑っていてくれれば、それで。ああそうだったのかとひとり腑に落ちたあと、今後、この感情を愛と仮定することを初夏の太陽に誓った。
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