その日は清々しい空模様だった。
いつものようにツバサはリンタロウとタイガとビィに加え、ショウと帰路を雑談しながら帰宅していた。
他愛もない会話を繰り広げている4人の背中をショウは、会話に加わる事もなく後ろをついて歩いていた。
どうやら最近あった魔法力を試すテストについて話している。
「やっぱり苦手だーテスト」
「煉獄先公いきなり課題出してくるっスからね…出来なかったら睨まれるし」
「全くだ。ありゃ生粋の鬼畜だぜ」
どうやら出来が悪かったらしいタイガとリンタロウはがっくりと肩を落としている。
ビィは今回特別待遇ということでテストは受けていない。
ツバサも思ったよりは出来ていたが、エルモートは満足そうな顔をしていなかった。
「つうか悪戯な課題ばっかで投げ出したい気分になったぜ」
「分かるっスその気持ち…」
「頑張ったよな俺たちよ!?ご褒美に美味しいモン食いに行くべ!」
「そうっすね!行きましょう!」
「よし決まりだな。ショウも行くだろ?」
不意にツバサは後ろのショウに言葉を投げかけた。
ツバサの誘いをクールに受け止めながら漸く口を開いた。
「お前達で行って来い。私は帰る」
「…そうか…」
ショウは誘いの返答だけしてツバサ達を抜かして帰ってしまった。
その背中を見て3人は複雑な心境を吐露する。
「いつものことっスけど…つれないっスね…」
「俺たちの事嫌いだへありゃ。ま、無理もねぇけどな」
「……」
ショウはマナリア学園に通っていた女生徒だったが、色々あって学園を追い出され、更生施設行きになってしまったという経緯があった。
ツバサの家族が事故死した事故を起こした両親の娘だとツバサ本人が知ったのは彼女がマナリアに戻ってきてからの事である。
最初顔を突き合わせた時は睨み合いで、今でこそこうして会話する機会があるが、前は顔を突き合わせれば口喧嘩ばかりだった。
いくら憎い相手でも女性を殴るのは嫌いだったツバサは手を出さなかった。
時々ショウから女性だと忘れてしまうほどの拳を喰らったこともあるが。
ともかくパッと語りきれないくらいの出来事を経て和解する方向へと向かっていたのだが…。
「仕方ないっスね。俺達で行きましょう、ねツバサ君」
「悪い。俺もパスするわ!」
「ええっ!」
「また今度行こうぜ!んじゃあな!!」
ツバサはタイガ達に手を振りながらショウが歩いて行った方へと走り去っていった。
止める間も無く姿を消した方をリンタロウは唖然とした顔で見る。
「行っちゃいましたね…」
「多分ほっとけねぇんだべ、ショウの事」
「え?それってどういう意味っスか?」
「……俺と、一緒さ」
「…いや、訳わかんないっス」
急に黄昏始めたタイガを見てリンタロウは目を細め呟く。
学園の門を抜けた3人は行きつけのお店に向かいながら引き続き会話を楽しむのだった。
「…ショウ、歩くの早くね?」
「普通だ。ていうか何で付いてくるんだ」
「いやだって、方向一緒だろ?」
「だからといってわざわざ付いてくる必要があるのか?」
「ったく、何でお前はそう可愛くない言い方すんだよ」
「これは生まれつきサ」
「…ったく……」
ショウの後を追いかけたツバサは共に帰路を歩いていたが、どこか早足で歩くショウにツバサは同じように付いて歩いた。
いくらまだ明るいとはいえ人気が少ない所を女性一人歩かせるのは気が引ける。
ショウくらい腕っ節があるなら大丈夫だと思うが、こればかりはツバサの性分だから仕方がない。
おそらくショウもそう思っているはずで。
「…お前はそんなに私に構いたいのか?」
「いや、構いたいっつぅか…」
「じゃあなんだ?同情か?」
「ど、同情って…」
「俺があの事件で惨めな思いをしてきたから同情しているんだろう?」
温度のない声でそう言われて流石のツバサも納得がいかなかった。
思わず反論する。
「同情じゃなくて俺はショウがわざと俺達を避けてんのが気にいらねぇの!」
「だからほっておけと言ってるだろう邪魔なだけだ」
「っ、お前は、何でそういう…!」
ツバサは怒りを覚え声を張り上げた途端、空がゴロゴロと不穏な音を奏で始めた。
そしてすぐに予期せぬ雨に見舞われた。
「うわっ!雨なんて聞いてねぇぞ!ショウ、屋根のあるとこまで走るぞ!」
「あっ、おい手を離せツバサ!おいっ!」
ショウの手を引き、ツバサは雨に打たれながら近くにあった屋根小屋まで一気に走り抜けた。
あっという間に水溜りのできた道をバシャバシャと音を立てて走る二人を容赦なく雨が打つ。
やっとのことで屋根小屋の下で身を守る事が出来た二人は止む気配のない雨に苦い表情を浮かべた。
「ちくしょう。これ止むのか?通り雨だといいけど…」
「…………」
「まぁとにかく、ここで待ってみるか。一気に走ったら疲れちまった」
ツバサは雨に濡れて垂れた前髪を掻きあげ、ベンチに腰をかけた。
渋々ではあるもののショウもゆっくりとツバサと距離を取り隣に座る。
通り雨ならばすぐにここから出られるはずだと思っていたが、10分経っても弱まる気配さえ無かった。
雨の音だけが二人の間に響き、そこに会話は全くなかった。
(…き、気まずい…威勢よく噛み付いたはいいものの…ああ…雨早く止んでくれ)
そう願いながらもツバサは垂れる雫を払いながら祈り続けた。
それはそうと、ショウは鞄を握りしめて黙り込んだまま動く気配すらない。
ツバサは気になりふとそちらに目を向ける。
このままではショウが風邪を引いてしまうだろうと脳裏をよぎったツバサの目に入ったものに思わず息が止まる。
それは、制服がすっかり濡れてしまって張り付いた場所から薄らと下着が見えてしまっていたからだった。
だから鞄を抱えていたのか。
咄嗟に目を逸らし状況を把握したツバサの胸を大きく叩く鼓動の音は雨と一緒で止む気配がなかった。
(やっば…なんでこんなドキドキしてんだよ俺…相手はショウだぞ?…は、早く雨止んでくれ)
より一層強く願いながら待っていたが、状況は変わらず時間だけが過ぎていく。
このままじゃ気まずいだけだ。
ツバサは閉じていた口を開いて言った。
「…さっきの…本当に同情なんかじゃねぇからな。俺は…ただ、お前がまだなんか寂しそうな目してっから…気になって…つい構っちまうんだよ」
ツバサは慎重に気持ちを吐露し、正直に伝える。
今までショウがどんな人生を歩んできたか、ツバサにはほとんど知らない。
だが、少なくともショウ自身も知り得ない感情に振り回されている姿を見ていると何故だか苦しくなってしまう。
口下手なツバサはそれなんの感情なのかうまく表現できなかった。
「……そういうのをお人好しというんだ馬鹿」
「はは…お人好し、か……俺はそんな立派な人間じゃねぇよ。まだまだ餓鬼だしばあちゃんにも世話かけっぱなしでよ…」
両親が亡くなってからというもの、ツバサは祖母にとても大事にされて育ってきた。
真っ直ぐで曲がった事が嫌いな父親と同じく祖母も心が真っ直ぐでいつも困った時は欲しい言葉をくれて助けられている。
「だから、お前のこともほっておけねぇの。クソガキに見られちまうのに慣れちまって…正しく生きんのが不安なんだろうぜきっと」
「……不安…か……」
「不安な時は誰かといた方が半分になるっつうか、それ以上にゼロになる気がしねぇ?」
濁りのない真っ直ぐな瞳で訴えるツバサにショウは俯き加減だった顔を上げてツバサに目線を送る。
生き生きと語るツバサの顔は雨のジメジメも吹き飛ばすくらいの笑顔だった。
「なぁ、ショウ…おま……──」
ツバサもショウに顔を向けると、二人の視線がしっかり合う。
そのまま時が止まったみたいに雨の音も遠く感じて、唯一聴こえてくる鼓動だけが耳に入ってくる。
(ダメだダメだ!何してんだ俺)
心と行動が伴わずショウの肩に手をかけ目を逸らすこともしないままツバサはゆっくりとショウとの距離を詰める。
だんだん距離が近くなりスローモーションのように流れていく光景が、天候が一変したことでぴたりと止まった。
ツバサが外に目線を送ると、さっきの雨が嘘のように止み始めた。
雲の間から僅かに見える夕陽が二人のいる屋根小屋を照らしていく。
「…あ…雨…止んだな」
そこで漸く思い留まったツバサはショウの肩から手を離して再び慌てて距離を取った。
屋根をぽつりぽつりと雨が滴り落ちる。
「良かった。これで漸く帰れるな」
「…………」
安堵した様子のツバサに対してショウは黙り込んだまま俯き加減でいる。
ツバサはショウの様子を見てはっとする。
(…そっか…このままじゃショウが帰れねぇよな……)
あんな格好で外を歩かせるわけにもいかず、ツバサは自らの制服をショウにかけて照れ臭そうに言った。
「…これ、貸してやるから着てろ」
「………すまない」
「いいって。ほら、心配される前に帰ろうぜ」
顔を真っ赤にしながらそそくさと歩いていくツバサを見たショウは思わず笑みが溢れる。
「……thanks」
ショウのどこか嬉しそうな表情はさっさと立ち去ってしまったツバサは気付くこともないだろう。
だが、不器用だが屈託のないツバサの心遣いにショウは胸の奥が微かに暖かくなったのだった。