ラブレター結局、オレが知ってる唯一の冒険はこれしかなかったんだよ。ちゃんと会ったら話を聞くつもりだから許してほしい。
でも、そういうあんたこそ、いつも通りオレが起きる頃に、とは言えないが、流石に寝るのが早すぎだ。面白い冒険と英雄譚をたくさん残してくれる約束だっただろ。
今は第一世界に来たばかりで、とは言ってもある程度の生活基盤は整えたが、具体的になにをどうすればいいかとか手探り状態で、だから少し時間は戻り過ぎてしまったんだけど、猶予があるのはちょうど良かった。時間の流れが同じだったら、あんたたちはまだ生まれてもいないんだろうな、とか考えたりする。ああでも、100年生きるとなったら、流石になにか対策しないといけないだろう、また眠る訳にも行かないけど、出来れば今のまま、再会したい。
それで、色々調べたりなんなりしている合間に、これを書いている。うろ覚えな部分は許してくれよ。でも、記憶力はいいほうなんだ。例えば……、
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1.あんたが、あのとき本当に疲れて参っていたってことは気がついてたんだ、だから。
日が昇る前、ふらりと寄ったコイナク財団の調査地。いつも通り、もう起き始めただろう彼の天幕に入って、武器と装備を外して、まだ暖かい毛布に潜り込む。いつも通り、なんとも言えない視線を向けてくるも、叩き出そうとはしてこない辺りやっぱり優しい。他の人は容赦なく、もしくは取り付く島もなく追い出したというのに。文句を言いつつ追い出されたことは無い。
「あんたさあ。せめて一声くれてから入って来いよ」
「なんで? 足音で分かるでしょ」
「例えば着替え中だったら直ぐには服着られねえだろ。というか、そもそもなんで毎度毎度オレの天幕で寝るんだよ」
「そりゃあ、私だってノアのメンバーの端くれのつもりなのに、天幕は無いからだけど。ね、いちばん偉い人?」
「じゃあ、用意するか」
「い、いい! たまにしかここで泊まらないんだから、別にいいんだ。それに、グラハの寝たあとの毛布、あったかくてちょうどいい」
毛布を握り締めて潜り込む。後ろから布が摺れる音がするのは、グラハが着替えをしているから。その後、ガチャガチャと控えめな音は、私が脱ぎ捨てた防具を並べて置いてくれているからだ。
ずるい大人ではない人で、無防備でも手を出してこない男の人。戦いを押し付けてくるのではなく、楽しいところを持って行って狡いと言ってくるやつ。あと多分、人には触れられて欲しくないものがあることを理解している人だ。ここの人はとても暖かい。彼に至っては懐が広い。この場所は、唯一私をただの冒険者として見てくれる場所のような気がする。
「……あんたもミコッテだろ。男の匂いがつくとか、気にならねえの?」
「特には。というか、なんだろ。おちつく……」
「なんだそれ、はあ……まあ、いいけどさあ……」
「君は?」
「ん?」
「私の匂いがすると気になる?」
「……えーっと」
言い淀む声、しばらく返事を待ってもその続きはなく、それが私への気遣いであるだろうと察せられるけれど、問いへの肯定となってしまっている。
「あのさ」
「なんだよ」
「いま、好きな人とか恋人はいる?」
「え? いや、いないけど……」
「じゃあさ、付き合おうよ。恋人になって」
体の向きを変えて、毛布から顔を出す。ぱちぱちと瞬いて少し口が開いている。可愛い。言葉の意味を飲み込めたあと、目を泳がせ、手もふらふらと宙をさ迷ったあと、力なく降ろされた。
「そんな、簡単に言われても。なんでだよ」
「説明が難しいんだけど、そうだなあ。存外、この場所が居心地良かった。独占する権利が欲しい」
「この寝床の?」
「うん。とは言え、君に好きな子が出来たら遠慮なく言って。別れるから」
「それで、オレはあんたの隣で二度寝する権利くらいはあるのか? 実はまだ眠い」
「勿論」
一度はつけた腕と脚の装備などを外して、毛布に入ってくる。多分まだ外は薄暗い。背中を向けられている。尻尾が、私の脚に当たって擽ったい。
「ねえ、グラハ。嫌じゃなかったら、こっち向いて」
寝返りをうってこちらを向く。緑の瞳と、いつもは隠れ気味な赤い瞳が私を見ている。それを見つめ返していたら、頬を撫でられた。脚と脚がぶつかって、何となく誤魔化すように背に腕を回して、胸の辺りに顔を埋める。
「やっぱり生き物はあったかいな」
「……あんた、暖を取りたくて誘っただろ」
「うん」
「弄ばれてんのかな、オレ」
「グラハは騙されやすそうで心配だな」
別に長くもない後ろ髪を、指で梳いて、遊ばれている。毛布の外の空気は冷えている。まだ辺りは静かで、もしかしたら私たちの会話は外から丸聞こえかもしれない。
「ラハ、が名前だよ」
「え、グラハじゃないの」
「グ、は氏族……ファミリーネームみたいなやつだ」
「ティアは?」
「簡単にいうと、族長じゃないって意味」
「ファミリーネームかと思ってた。ティアさんって呼ばなくて良かった……」
それを聞いて、くつくつ笑い出すのに合わせて、体が揺れた。それから、子供でもあやす様に背をぽんぽんと叩かれる。
「ははは、じゃあほら、二度寝する時間が無くなっちまう」
「お昼までまだ時間ある」
「オレは一時間もしたら起きるっつーの」
「ラハ」
「なんだよ」
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
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2.そうだ、あの本持ってきてあるから、まだ読んでいないのであれば、一緒に。
あのやんちゃな男が、案外読書家なことは比較的すぐに知った。時間があれば駆け回っているか、本を開いたまま身動きひとつしないか、なのだ。天幕にも書類より本が多く置いてあり、それの半分は実は直接的に調査に関係しないとかなんとか。
金のない依頼主に、本ならあるから好きなものを持って行ってくれと言われ、本棚を物色していたときに、彼がもう手に入らないと嘆いていた本の題名を見つけた。コアなファンがいる作者の冒険物語だが、如何せん古いものらしく、残っているものも少ないらしい。勿論それを貰って、真っ直ぐに会いに行った。クリスタルタワーの調査の進捗も気になっていたところだったし。
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「ラハ、いる?」
返事がないのは把握済み、書き物や何か重要な作業ではなさそうなことを確認して、開かれた本を見つめる彼の視界を遮るように、本を差し出す。
「え? あ、待ってくれ、これって!」
「合ってる?」
「合ってる! どうしたんだよ! よ、読んでいいのか?」
「あげる」
深い青の表紙、しっかりとした厚みのある本を受け取って、目をきらきら輝かせているのが可愛い。ひとしきり表紙と裏表紙を確認してから、緑の瞳がこちらを向く。
「あんたは読まねえの?」
「ここに来た時ちまちま読ませてもらうよ」
「じゃあさ、とりあえずちょっと読もうぜ」
「君ほど読むの早くないよ」
「だったら、あんたが持って」
ぴったりくっ付いて本を覗き込んでくる。古い紙とインクの匂いと、隣の体温。布越しの日の光が、天幕内をそこそこ温めている。
所々知らない言葉に、ぽつりと呟かれる解説を聞きながら、しばらく夢中で読み進めた。
それから、次の用事であったり声をかけられたりして、のんびり本を読んでいられなくなって、栞を挟んで閉じる。
「まじで読むのが遅いな、あんた」
「言ったでしょ」
「全く、どれくらいかかるんだ、これ」
何度か彼のもとで、ページを捲った。先に読めばいいのに、変なところで律儀に私と一緒に読んでいるらしい。最初は遅いとかなんとか言われたけれど、それも言われなくなって、代わりに読み進めた分の感想だとか、気に入った部分を振り返って、そうやって少しずつ読んでいって。本当に、私は読むのが遅かったから、結局最後まで読むことは出来なかった。その本は探しても無くて、多分、持っていったのだ。
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3.あのとき私は既に、約束を、あなたが望む形で果たせないことはわかっていたのだ。
「ラハって、英雄の冒険譚が特に好きなの?」
「ああ、やっぱり英雄が出てくるのが良いだろ。めっちゃ強くてかっこいい」
あの夜は珍しく、夜になって並んで毛布に潜り込んだ。いつも夜に活動していた私は、少しずつ周りに合わせざるを得なくなっていて、睡眠を夜にとることも増え始めていたが、それが理由というより、戻ってきたらすっかり夜で、とても疲れていたからだ。一方で目が冴えてしまっているらしいラハは、本を眺めている。ランプの明かりが本を照らしており、捲る彼の手元を覗き込む。何度か読んだ本なのか、触っているだけで特にじっくり読む気は無いのか、私の問いかけにきちんと返事があった。
「私も英雄譚に残るくらいの冒険繰り広げてみようかなあ」
「英雄って言われるの嫌なんだろ? この間も、ひっでー顔でべそべそいじけてたじゃねえか」
「あれは、おだてられてるようで嫌なんだよ。そういう言葉でいい気にさせて戦わせよう利用しようって魂胆が! 流石天才だー! これも出来るよな! って言ってんのと同じ、ムカつく」
「ははあ、なるほどそれはムカつくわ」
髪がぐしゃぐしゃになるくらい雑に頭を撫でられる。私がその酷い顔を晒した時だって、びっくりしたあと笑ってきたやつだ。戻りたくないと我儘を言う私を毛布でぐるぐる巻きにして、調査しているオレたち以外来ないからと、クリスタルタワーの中に連れて行って、丸一日、一緒にいたのだ。
別に、英雄になるが嫌なのではない、と思う。英雄と囃し立てられ囲われ利用されるのが嫌なのだ。私は、自由を愛する冒険者なのだから。
「で、私がかっこいい英雄譚を繰り広げるから、ラハがそれを歌とか物語に紡いでよ。これが終わっても、時々話に来るし、どうせならまた一緒に冒険したっていいし。どう?」
「……まあ、いいんじゃねえの。息抜きになりそうだし、面白かったらな」
「じゃあ、約束」
「そう、だな」
「ラハ?」
「あのさ」
歯切れの悪くなった彼の方をむくと、額に額をくっ付けてきた。
「恋人なんだよな、オレたち」
「まあ、そうだね」
「キスくらい、しても?」
近くて少しぼやける双眸は深い赤色で、何故か目をそらすことも返事も出来なくて、しばらくして、痺れを切らしたのか、ちょん、と触れるだけのキスをされた。
そう、それで、おしまい。なんとなく始まりそうだった恋も何もおわって、彼はその後眠って、私はその後、英雄になった。
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実のところ、あなたの声も、もう覚えてはいない。それでも、交わした言葉や、私の想いを忘れたくはなかったから、あなたには見せることが出来ないと判断したあとも、冒険譚とも呼べない、ほんの些細なやり取りすら、覚えているものは書き留めていた。ああ、でも、いい加減思い出なのか、願望なのか区別がつかなくなってきている気がする。
今でこそ、都合よく美化しているだけなのでは、と考えてしまうが、それでも確かにあの頃、あなたを、私は。
いや、それを語る言葉を、私は既に持ち合わせてはいない。出来るとすれば、眠っている彼だけだ。
さて、きっとあなたはこの先も英雄譚呼ばれるほどの冒険や小さな冒険をたくさん繰り広げ、その話は語り継がれるだろう。それはいつか、今、あなたの世界で眠りについているグ・ラハ・ティアにも届いて、約束を果たすよ。物語だったら唄に、唄であれば物語に。
それから、この第一世界での私達の、あなたの冒険の真実は、約束を守れなかった私が餞として持っていくとしよう。
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星見の間を通った先の、水晶公の職務室。いつも通り、本を読みにきて、たまたまそれを見つけた。本と言うにはなんというかただ纏めただけの紙の束。紐で丁寧に縛られていたが、後ろのページには閉じられていない紙が乱雑に挟まれていて、それは隠されるように本と本の間にあった。
今更隠すものも無いだろうと、水晶公、もといグ・ラハはこの部屋を自分がいる時は自由に見ていいと開けてくれる。つまり、今ここには彼がいて、だけどものすごい集中力で作業をしているせいで、私がこれを読むことを許してしまったわけだ。
彼はこれを覚えているのだろうか。どうしたものか、とりあえず隠して持ち出そうかと懐に忍ばせて顔を上げたところで、こちらを見ていたグ・ラハと目が合ってしまった。
「えーっと、これは……」
「……ああ。参ったな。処分したと思っていた」
差し出してくる手は、これを渡すように言っている。それに答えずにいると、困ったような顔をして腕をおろした。
「グ・ラハ。聞いても?」
「どんな質問でも叱責でも甘んじて受けよう」
「私以外に、好きな子できた?」
苦笑まじりの息を吐いて、グ・ラハは答えた。
「いいや、全く」