不破湊は、バーチャルホストである。
「……んあ? 社長、何やってんの?」
「ん? 何がですか?」
「それ」
とある収録の休憩中、諸々の買い物と称して近くのコンビニまで出てきた不破は、ふと加賀美の手元を見て首を傾げる。それ、と形容して指を指したのは、加賀美が自らの親指を手のひらで握り込むようにして隠しているのを見たからだ。
指の先へと視線を滑らせた加賀美は、ああと一つ理解を含んだ声を発してから、ゆるやかにもう一度瞬きをして顔を上げる。開いた瞼の奥は、二人が歩く通りの向こうへと続いていた。
その視線を追い掛けた不破の見た先。いつも通りの街並みの中で異質に浮かぶ、一台の黒い車。長めにとられた後ろ側はリムジンにも似ていたが、それは高級車としての様相ではなく、どちらかと言えば。
「不破さん、霊柩車を見たら親指を隠すみたいな話、聞いたことありません?」
「なんそれ。知らんかも」
「地域差ですかね。私は小さい頃言われたことがあるんですが」
「あー……?」
どうやら聞き覚えがないのだろう。不破はやはり首を傾げつつ声を間延びさせていた。くすくすと少し楽しそうに笑みを零した加賀美の前を、信号待ちのあけた黒塗りの霊柩車はゆっくりと走り去っていく。その後ろに、死した誰かを乗せて。
行く先を見送るように後ろ姿を眺めていた不破の指は、握られないままだ。
「……あまり、迷信は信じない方ですか?」
「んあー、んんー……ハーフハーフ、みたいな?」
「半々なんですね」
「なんてーか、信じるのもあっけど……社長のそれはあんまりかな。あ、別に社長が信じてるのはいいと思ってるっすよ」
「まあ人それぞれですし」
「んー……」
ちか、と切り替わった信号を見止めて、二人は歩き出す。またいつものように、何の変哲もなく。
加賀美は親指を隠すし、不破は隠すことがない。ただそれだけの違いのはずだ。ただその間には深い深い溝があることを、おそらく加賀美は知る由もない。
──不破湊は、バーチャルホストである。