第零本目 剣持刀也 「百物語、一夜」 元々それは、企画会議で上がったリストには無かったはずのものだった、と剣持は記憶していた。ただそれが本当にそうだったかという正確性を問われると剣持は口を噤むしかなかったため、結局のところDから「こういう大型企画を今度します」と言われた時、内心首を傾げながらもまあいいかと一旦は考えることを放棄したのである。
マネージャーからほぼ一日半ほど押さえられたとある日程と、これはろふまおの企画ですねと言われた時から何となくこれが件の企画なんだろうなと察することが出来ていた。以前あった日本縦断企画よりは短くとも、いつもの収録よりは長丁場になるだろうその日に、何となくざらざらとした違和感を感じつつも迎えた収録日当日。事務所の中でも人気の無いエリアの、更に今まで所属してきて六年弱の間一度も訪れたことの無かった畳敷きの大広間で、剣持を含んだろふまおの四人は一つの光源を囲むように立ち竦んでいた。
足元には柔らかそうな座布団が四枚、そして他にも予備として積み上げられた何枚かが部屋の隅にある。そして座布団の隣には大きな箱に納められた蝋燭が、整然と並んではその異質さを醸し出していた。明らかにいつものような企画ではない。謂わば過去何度か行かされた心霊スポット探索のような、そういう雰囲気に近しいような。けれど間違いなくそれらとは一線を画すものであったことは確かだった。
「百物語をしてもらいます」
その独特の雰囲気を割ったのは、いつも見慣れたDだ。彼の声があまりにも普通のトーンだったからだろうか、少しばかり張っていた空気感が徐々に緩み始める。
「百物語かあ~……そんなに話せるネタあるかなあ」
「単純計算でも一人頭二十五本の怖い話ですよね。中々オカルト好きとかじゃないと難しいのでは……」
「長丁場の企画ですので、都度ゲストを呼ぶ予定です」
「ゲスト?」
「お、ならましろちゃんとかおるかな?」
「まあ、それなら……がっくんとかもいるだろうし……」
「順番はどうします?」
「カメラ回った後、じゃんけんで決めて貰う感じで」
「了解です」
「あとは都度説明していきますね」
思えば、いつもより妙に杜撰な企画だった、と剣持は振り返った今になって今更思ったものだ。ノンストップで怖い話を語ろうとも、四人プラスゲストが居たとしてもそれが本当に夜のうちに終わる可能性は極めて低い。一人五分程度の話をしていけばおよそ九時間もかからないだろうが、今回の企画は当たり前ながらそれだけではないのだ。企画内容の時点で、話終わった者は暗い廊下の奥にあらかじめ設置した蝋燭台でスタッフが用意した火のついた蝋燭を吹き消して戻ってこなければならないのである。その過程を含めたとて、夜は明けてしまうだろうしほぼ徹夜にもなるだろう。そんな、ライバーに精神的負荷(取れ高としての負荷はあるかもしれないだろうが)をかけるようなスタッフたちではないはず。それに、もっと早く気付くべきだった。
だが、それを思い至らせたところで、もう既に蝋燭は灯ってしまった。場と人は、揃ってしまったのだ。
「では、カメラ回しまーす! 三、二、一、スタート!」
条件は、四つ。特定の場所、特定の人、特定の行動、そして。
「始まりました、ろふまお塾!」
あまりにも凶悪すぎる、運も然りだ。
────第零本目 剣持刀也 「百物語、一夜」