第1xxxxx目 剣持刀也 ぎっ、ぎい、ぎいっ。足音の代替と言わんばかりに、廊下の板が鳴いている。意味もない忍び足の後に辿り着いた廊下の突き当たりは、簡易的な台が置いてあった。何だこれ、と口に一瞬出しかけた剣持のそれは音にはならず、呼吸と共にひゅっと出ていっただけだった。
怪談を語った者は、部屋隅に置いてある予備用の蝋燭をひとつ手に取ってから、中央に据え置かれているものに火を灯す。それから予備だったそれを中央に置き、先程まで使われていたそれを持ち廊下へと出て、廊下最奥にある台へと置いて帰ってくる。それが、今回の百物語企画におけるひとつのルーチンのようなものだった。妙に凝ってるな、と始まる前の剣持はぼんやり考えていたものの、実際自分が一番槍として此処までやってくると、いやこれは、なんてことを思ってしまう。
あまりにも、儀式的すぎやしないか。正直言えば怖いし、何より気味が悪い。何か知らず知らずのうちに変なものに加担させられているような心地さえあって、背筋をぞわぞわと寒気が這い上がっては止まりやしなかった。とはいえ、ここに立ち竦み続けているのも嫌すぎる。さっさと済ませてしまおうと台の中央に固定されている蝋燭台へと自分の持っていたそれを差し込み、くるりと踵を返した、その瞬間だった。
「……え?」
ゆら。蝋燭が空気の揺れで灯りを大きくさせる。ただ、一瞬何か違和感を感じた剣持は思わず後ろを振り返ってしまった。何か、変な風に火が動いた気がする。声もないままで台に視線を向ける。何かあった時の方が怖いはずなのに、思考は追いつかぬまま。
けれど、そこには何もない。ただ剣持が置いた蝋燭がある、ただそれだけ。おかしなことなど、何ひとつなかった。
「気のせい、か……」
口の中で噛み締めるようにそう呟きながらも、剣持は今度こそ元来た道を戻るように歩き出した。ぎいぎいと音を立てる廊下の鳴りには意識を向けないようにして。自分の背中越しにあるのは、蝋燭とその灯りだけだと信じて。
例えそこに何かがあったとしても、剣持は知らぬふりをすると決めた。気付かなければ、ないのと一緒なのだ。ないのであれば、そこには何もない。そうでなければならないのだから。
剣持が無事に部屋へ戻ると、どこかほっとした表情の三人が剣持を迎えて言葉をかけた。ビビってないすか、そんなことあるわけないじゃないですか。と、軽口を叩いていると、んん、と喉を鳴らした加賀美が歓談を遮る。
「時間はたっぷりありはしますが。とりあえず、続けましょう」
そう、まだ彼らには九十九話の物語が待っている。それは、途方もない数でもあった。時間はあるようでないようなものだ。それならば、悠長に会話をしている暇もない。
こくりと頷いた剣持は、また空気の流れでゆらりと揺らめく橙色の灯りを一瞥してから、次の言葉を待つように瞼を伏せたのだった。