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    燗和

    再会その日は花 燗流の人生において最高に幸運な日となった。


     燗流はいつも通りスマートフォンを開き、晩鐘閣の討伐依頼が表示されるサイトを確認した。
    先日も同じように討伐依頼を見ていた際、尸の特殊個体に当たるような依頼を発見し、研究者の性なのかこの機を逃すまいと迷いなく応募ボタンをタップし必要な条件項目を満たして完了ボタンを押した。
    討伐依頼において応募とあるものの落とされることはほぼなく、討伐人の素性を明らかにするためのものである。基本的に討伐依頼は二人一組であり、晩鐘閣を通した依頼は個人が出す依頼に比べて討伐人の質も高いため燗流はすでにその尸からどんなデータが取れるかで頭がいっぱいだった。

     そして今日。
    自分の応募した討伐依頼にもう一人の募者が出て枠が埋まったとスマートフォンに通知が届いた。
    このサイトでは相手の名前、性別、仙術や黒陰か白陽といった必要事項が簡単に確認できる。
    「鵺野…珍しい名字だなぁ」
    ぬえの、でいいんだろうか。少し東の国のテイストが混ざった名前を不思議に思いながら、メッセージで討伐日や待合せなどの打ち合わせをした。
    メッセージでは燗流の苦手とするタイプの人間独特のノリは感じられなかったし、むしろ初対面で丁寧でありつつもフランクで文章でのやり取り特有の硬さを感じさせない、雰囲気の良さそうな人で、燗流は一旦胸を撫で下ろす。
    人嫌いも治さなくてはと思いながら早幾年。
    一朝一夕で治るものではないと理解してはいるものの、今の燗流にはその一歩を踏み出す勇気がなかった。
    目を覆い隠すほど長い前髪を一房手に取り「良い人だといいな」と手慰みに弄りながらぽつりと呟く。
    ずっと昔から好いている想い人を思い浮かべて。





    和泉は晩鐘閣への道のりを慌ただしく走っていた。

    「悪い!ちょっと通るぜ!」

    待ち合わせによく使われる門まではそう遠くはないが、いかんせん待ち合わせ時間ギリギリになってしまったのだ。
    道を走りながら、持ち前の反射神経と運動神経を遺憾無く発揮して人を避けてなんとか門まで辿り着く。
    待ち合わせに使いやすいだけあって、討伐の相手を待っているらしい人はたくさんいた。
    今日の討伐の相手は190cm白髪少し赤毛混じりと聞いているため、多少乱れた呼吸を整えながらそれっぽい人物を探す。
    しばらく観察すると大柄で白髪、少し赤毛混じりの男は一人だけだったので迷いなく近づいて声をかけた。

    「えーと、こんにちは。俺鵺野ってんだけど…アンタが花 燗流さん?」

    いきなり視界に入って声をかけてきた和泉に驚いたのか、その巨躯に見合わず男はビクリと肩を振るわせた。

    「あ、そ、そう、です…花 燗流です」
    「そっか、よかった。待ち合わせ遅れてごめんな?」
    「あ、気にしないで……遅れたって言っても数分だし…」
    「つっても仕事だからさ、遅れは遅れだし。ま、そう言ってくれると助かるよ」

    ニコ、と人好きのする笑みで和泉は挨拶を済ませる。
    段取りでは待ち合わせた後、和泉の車で現地まで向かい尸を捜索後、燗流のリクエストで少し観察や実験を挟みながら最終的には討伐、という流れだった。

    燗流は尸を専門とする研究を生業としており、たまにこうして前線に出ては珍しい個体を観察して記録を取っている。
    しかし、討伐人の中にはその行動に理解を示してくれず、見つけた段階で即討伐、挙げ句の果てには邪魔するな、仕事をしろと暴言を吐かれることもしばしばある。
    そんな中、和泉はメッセージでの打ち合わせ段階で燗流が満足するまで観察しても良いと承諾してくれた。ただし、民間人や自分達に危険が迫った場合は即切り上げるという条件付きで。
    つまりは燗流の求める討伐の相手としてほぼ理想系だった。

    和泉の車まで歩きながら討伐の話をしていたが、いつの間にか世間話になっていた。
    それは燗流がやや寡黙であり、和泉がややおしゃべりであることが噛み合った結果だったが、それが燗流にとって信じられない真実を知ることになった。

    「なあ、えーっと…燗流って呼んでいいか?」
    「あ、ハイ。大丈夫です……」
    「歳いくつ?」
    「え、っと…29歳…」
    「同い年じゃん、敬語とか気にしないで自然体でいーよ、俺もそうする!」

    底抜けに明るくおしゃべりを続ける和泉に少し気圧されてはいるものの、燗流は不思議とこの強引さが嫌ではなかった。
    そして一つ、燗流の中で淡い期待が膨らんでくる。
    名前を除き、この鵺野和泉という男性は燗流の想い人にそっくりだった。
    はちみつのような金色の瞳に、白と黒の特徴的な頭髪。おまけに同い年ときたら期待するなという方が無理なのだ。
    そんな燗流の胸の内を知ってか知らずか、和泉は話をどんどん進めていく。

    「え、討伐と関係ないんだけどさ、俺の昔の友達にも花 燗流って名前のやついたんだよ。しかも同じ白髪だし、ひょっとして……って思ったんだけど、どう?人違いだったらマジでごめんな」
    「え?あの…えっと、俺も小さい頃仲良かった友達に和泉…さん、と同じ漢字でハチュエイって子がいたんだ。苗字は違うけど、見た目は和泉さんそっくりで……」

    和泉は一瞬燗流の数歩先を歩いていた足を止めると、後ろにいた燗流を振り返り、小走りで駆け寄ると太陽を反射してきらきらと暖かく光る金色の瞳で真っ直ぐに燗流を見上げた。

    「それ、俺だよ!昔はホウ ハチュエイって名前だったんだけど色々あって今こうなっててさ。え、やっぱり?うわー、懐かしいな!燗流久しぶり!」
    「えっ!え、ほ、ほんとにハチュエイなの…!?」
    「そうだっつってんだろ!お前こそやたらでっかくなりやがってほんとに泣き虫の燗流か?」
    「うっ、そ、そうだよ…もう泣き虫じゃない、けど。ハチュエイは変わらず元気そうで良かったよ」
    「まーな!」

    和泉は上機嫌で頭の後ろで腕を組み、くるりと前に向き直ると再び歩き出す。
    燗流もそれに並ぶように歩みを進めた。

    「しっかし世間は狭いな〜!でも未確認個体の討伐で知り合い相手ならやりやすくて助かるぜ」
    「ハチュエイは黒陰の雷電だったよね?」
    「あ。それ」
    「ち、違ったっけ…?」
    「んや、昔の名前。覚えてくれて嬉しいけど今は和泉─イズミ─で通してんだ。そっちで呼んでくれると嬉しいんだけど……」
    「わかったよ、ハチュ……い、和泉」
    「まあ少しずつ慣れてってくれればいいからさ!」





    燗流と和泉は小学校から高校までの同級生であった。
    幼い燗流は大人しく引っ込み思案な性格から、意地悪な生徒に狙われることも多く、いわゆるいじめられっ子だった。
    そんな中、クラスメイトとの遊びに燗流を誘ったり、意地悪をするクラスメイトを怒鳴りつけて追っ払っていたり何かと世話を焼いてくれたのが和泉だった。

    「なんで公園で本なんて読んでんだよ、ガリ勉?今からジュケンの準備かよ?」

    いじめの主犯格の少年は、ベンチで燗流が読んでいた本をひったくる。大した興味があるわけでもないのに、しげしげとその本を眺めては遠く向こうに放り投げた。

    「か、返してよ!乱暴にしないで…!」
    「返して欲しけりゃ取りにこいよ!」
    「うぅ……」

    燗流にはいつもこの一歩が踏み出せなかった。
    返して欲しい、でも近寄れば痛いことが待っている。
    幼い燗流が目に涙を溜めながら必死に考えを巡らせている間に、「ぶべっ」と汚い声が聞こえたかと思えば、目の前の主犯格の少年は横からの打撃で見事に吹っ飛んでいった。

    「コラァ!弱いもんいじめしてんじゃねえぞ雑魚のくせして!先生にチクってやるからな!」
    「お前だってボーリョクふるってんじゃねえか!」
    「なんだよ、やんのか?来いよ、勝てるんならな」
    「うぐっ……べ、べつにそんなヤツ興味ねーし!帰ろうぜ!」

    和泉は代々仙術を教える道場の跡取り息子であり、彼自身は幼い頃から拳法と槍術を学んでいた。
    そのため、燗流を狙ういじめっ子たちより格段に強かったのだ。
    父親には一般人にむやみやたらに力を振るうなと叱られてばかりだったが、和泉はその行いに間違いはないと思っていた。

    ものの数分で燗流を救ってくれた少年は、白と黒の髪に、陽の光を閉じ込めたような金色の瞳を持っていた。
    少年は燗流に手を差し出す。
    燗流は一瞬、自分も彼らと同じように暴力を振るわれるのではないかと怯えたが、彼の手には綺麗に砂を払われた本があった。

    「これ、図書館の本だろ?破られたりしなくて良かったな!」
    「……あ、ありがとう。え、っと……」
    「猴 和泉─ホウ ハチュエイ─。一応同じクラスなんだけど…わかる?」
    「ご、ごめん…!まだ覚えきれてなくて……」
    「いいよ、これから覚えてくれたら。そっちは燗流……だったよな?大丈夫?怪我ない?」

    燗流は首を縦にブンブンと振った。それをみた和泉はまたにこりと笑って「なら良かった」と励ますように燗流の肩をポンポンと叩いた。

    「えと…その、ハチュエイは強いんだね。びっくりした」
    「まーな!色々習ってっから!」

    嬉しそうに何かの拳法の動きをして見せる和泉に、燗流はふふと笑みをこぼした。

    「燗流ってさ、ここでよく本読んでるよな?」
    「う、うん。ダメ、かな……?」
    「や、ぜんぜん!ただ、たまーにあっちで遊んでる時に誘ってもいいのかわかんねーって話になってさ」
    「誘ってくれるの……?」
    「うん。一人足りない時とかあるからさ。あ、助けたんだから嫌でも仲間に入れ〜!とかじゃないからな?嫌だったら嫌って言うんだぞ」
    「ううん!嬉しいよ、ただ…その、あんまりみんなと遊んだことないから……邪魔、じゃなかったら」
    「大丈夫だって!よっしゃ、じゃあ遊ぼうぜ!」

    屈託ない笑顔で和泉は燗流の手を取ってみんなの輪の中に引き込んだ。
    皆あまり遊んだことのない燗流に興味津々なのか、口々に「名前は?」「いつも何読んでるの?」「何が得意?」「なんの遊びが好き?」と質問攻めになっていた。
    和泉が「そのくらいにしてもう遊ぼうぜ!」と一声かければ鬼ごっこやかくれんぼなどが始まり、燗流は初めて公園で誰かと一緒に楽しく遊ぶことができたのだった。
    その明日も明後日も、学校の中でも和泉は燗流を見かけると話しかけてくれた。
    グループ学習では積極的にグループに引き入れてくれたし、前と同じようにいじめっ子に何かされた時は必ずと言っていいほど駆けつけて追い払ってくれた。
    それは小学校、中学校になっても続き、高校も同じだった二人はとても仲の良い友人だった。

    ある日、どうしてそんなに燗流に優しくしてくれるんだと聞いたことがあったが、彼はやっぱり太陽のような笑みで「友達だから当たり前だろ!」と当たり前のように言ってのけた。
    思えば燗流はこの時から和泉に惹かれていたのだろう。



    車にたどり着いた和泉は、まず後部座席のスライドドアを開ける。
    置いてある物は多いがそれなりに片付いた後部座席には一際目立つ長い袋に包まれた物が置いてある。

    「和泉ってまだ槍術やってるの?」
    「そうだよ、むしろメイン武器。電気流して使うから金属性の特注」
    「へえ、すごいね…!」
    「ありがと。荷物あったらこの辺に置いて。頭ぶつけるなよ」
    「わ、わかった」

    燗流は映像資料のためのカメラや荷物を後部座席の空いている場所に置かせてもらい、自身は助手席に乗り込んだ。

    「悪いな窮屈で」
    「ううん、気にしないで。車出してもらってるだけありがたいよ」
    「んじゃ行きますか」

    晩鐘閣の駐車場を出て、該当個体の出没する地域へと向かう。
    今まで尸のことばかり考えていた燗流は予期していなかった幼馴染兼想い人との再会にどこかソワソワと落ち着かないまま、山道に揺られて目的地に向かうのだった。





    「すご…すごいよ!これ!この尸は元々晩鐘閣のデータベースにある尸のパターンのどれとも一致しないから未確認とされていたけど、よくみるとNo.8412886型に似ていて、多分発見してデータベースに登録されてから行方不明になっていたのが数年ぶりに姿を現したんだ。その過程で進化……というより変化かな、変化したせいで未確認個体だと思われていたみたいだ。人から尸になるだけでもすごい変化なのに尸になってもさらに変化することがあるなんて、聞いたことはあるけどこの目でその特殊個体を見たのは初めてだよ…!!!」
    「よくわかんないけど嬉しそうで良かったよ」
    「あっ……ごめん……その、一人で盛り上がっちゃって……」
    「良いって。それよりレポート終わったのか?」
    「うん…待たせてごめん」

    燗流は尸の討伐を終えた時点で自分がメモを取るのに時間を要するのを知っていたため和泉に「先に帰ってていいよ…?」と声をかけたが「車で来た道を徒歩で帰るつもりかよ?別にこの後予定ないし待つよ」とやさしく諭され、燗流なりに急いで仕上げたのだが気がつけば空は赤く日は暮れ始めていた。

    「そんなに待ってないって。1時間くらいか?」
    「結構待たせたと思う……ほんとごめん」
    「いーの、それよりさ。もうこんな時間だし飯食いに行かね?」

    てっきり晩鐘閣まで戻ってそこで解散だと思っていた燗流は面食らった。
    飲み会という文化は燗流の中で悪しき文化として記憶されているできれば避けたいイベントだった。
    しかし和泉の言い方的に一対一だろうし、久しぶりに会った和泉が豹変していなければ飲みを強要してくる人間ではないことも容易に察せられる。
    研究者としての燗流は一刻も早く帰って尸の研究を進めたかったが、今の燗流は特殊個体より久しぶりに再開できた想い人との食事に天秤がガクンと傾いたのだった。

    「行きたい!!……です」
    「おっけ。なんか食べたいものある?なかったらテキトーに選ぶけど」
    「特にないよ、なんでも」
    「ん、じゃあちょい待ち」

    スマートフォンでどこかに電話をかける和泉は店の予約をしてくれているようだった。口ぶりからして馴染みのお店なのだろう。
    しばらくやりとりを進め、通話を終わらせたい和泉はニコリと人好きのする笑顔で振り返る。

    「俺の1番お気に入りの店連れてってやるよ。再会できた記念だな!」
    「う、うん、ありがとう!」
    「店着いたらさきに燗流おろして、俺は車置いてからもっかい行くな」
    「わかったよ、気をつけてね」

    そうと決まれば、と二人は早々に帰り支度を済ませ、目的の飯店へと向かうべく車に乗り込んだ。
    討伐を挟んだものの、合わなかった数年間の積もる話は止まらず、飯店に着いても二人の話は盛り上がるばかりで、時間がいつもの何倍も早く過ぎ去っていった。


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