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    トモナイ

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    トモナイ

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    ポカ話 3:::
    「今度のもダメっぽいなぁコレ」

    椅子にもたれかかり、舌打ちしながらつぶやく社長。
    傍らのミフネに、というより、単に独り言のような口ぶりだ。

    「どいつもこいつも、簡単に諦めやがって。一流企業に雇われた自覚あんのか?流石ゆとり世代は一味違うなぁ」

    鼻で笑う社長を不快に思ったようで、ミフネが睨みつけた。

    「ごちゃごちゃとやかましい。嫌味ばかり言っとらんで、皆の頑張りを認めたれよ」
    「お前こそ、雇われた者なりに雇い主に対する態度あるだろぉ」

    双方つんけんした言い草で、どうにも折り合いの悪いコンビである。

    「しかし、みんなして“女は怖い”で勝手に物語を終わらせるか……。誰も彼女の気持ちに、気付いてやれんとはのう」
    「お前がややこしいシナリオ構成したからだろぉ」
    「監督を務めるからには、自分の思想をより明確に描くべきじゃろう。分かっとらんのー」

    ドヤ顔で鼻を鳴らすミフネ。
    そんな彼を社長は憎々しげに見つめた後、ため息を吐いて言った。

    「とにもかくにも……このままだと最後の一人まで脱落する羽目になっちまう。ハンデでもやるかぁ?」
    「心配いらん。今度のは曲がりなりにもちゃんと道を進んでおるらしい」

    大きな液晶モニター端にある、時刻表示をミフネが指差す。
    それを覗き込んだ瞬間、社長の険しい目の色が変わった。
    画面上の時刻は、ゲームが開始されてから九時間後を指していた。

    「これはもしかすると……もしかするかも、じゃなぁ」


    :::::::
    ――それからどの位経っただろう。
    俺は身も心も疲弊しきって、フラフラになっていた。
    だがしかし、リアル鬼ごっこはなおも続く。
    背後を振り返れば花子。
    彼女は千鳥足で俺を執念深くつけ回してくる。
    その覚束ない足取りは、どこかわざとそうしているように思えた。
    そんなに俺をいたぶりたいのかこのやろう。
    心の中で悪態をつきつつ、半べそをかいていると、突然花子が俺の背中に飛びついてきた。
    その拍子に足をもつれさせ、俺は転んでしまった。
    そのまま馬乗りになってくる花子。

    「あなたぁあ……」
    「ギャーーーー!!」

    だ、駄目だ、もう限界!
    俺はギブアップを叫ぶべく、花子越しに空を見上げ……ポカンとした。
    彼女が、泣いていたからだ。

    「何で……どうしてこうなるのよ」

    掠れた声で呟く花子。
    ポタポタと涙の滴がこぼれてきては、俺の頬に落ちる。

    「どうして私を見てくれないの?私はこんなに貴方を愛してるのに……なのに、何で逃げるの……?どうして……」

    すすり泣く彼女を面と向かって見て、初めて花子の気持ちを理解した。
    彼女は、俺を殺すために追いかけていたんじゃない。
    純粋に、自分を見ていてほしかっただけなのだ。
    覚束ない足取りも、いつまでも俺の背中を追いかけていたかったからだったんだ。
    鬼ごっこが続く限り俺の目には自分が映っていると、愛情と憎しみの間で揺れる頭で、必死になって考えたのだろう。
    吃音混じりに「どうして」を繰り返す花子を、起き上がってそっと抱きしめた。
    抱きしめたのは、泣いてる花子個人を慰めてだけじゃない。
    これまで歩んできた、俺の人生をも含めて。
    今まで緊張して恐れてばかりで逃げていたのを、彼女との鬼ごっこを通して、思い知ったからだ。
    相手が上司や先輩、恋人、あるいは自分自身だろうと、初めから逃げても意味なんて無かった。
    逃げた所で、状況は変わらない。

    だから勇気を振り絞って、現実と向き合え――と。
    きっとミフネさん達は、それを伝えたかったんだ。

    『やっと気付いたみたいだのう』

    まるで応援していた誰かの願い事が成就したような、嬉しそうな声が耳に届いた。

    『そう、おまえさんのやるべき事は、恐れをなして逃げだす事ではない。傷付いた彼女と向き合う事だったのじゃよ』
    「ミフネさん……」

    ミフネさんの優しげな声に、やっと終わったんだ……と感慨を感じる。
    やった……!
    顔を輝かせてエンディングの余韻に浸っていたところ、彼が言った。

    『よくここまでがんばってくれた。あとは――ラストスパートだけじゃあ』
    「……へ?」

    何を言ってるんだろうと思った矢先。
    不意に花子が、俺の腕の中で猫のように体を丸めた。
    どうしたのかと花子の顔を覗き込む。
    彼女は玉のような汗をかき、苦しげな呼吸をしながら、いつの間にかずいぶんと大きくなった腹部を抱えていた。

    「お、おい? どうしたんだ?」
    『見て分かんねぇのか? 陣痛だよぉ』
    『おまえさん達が鬼ごっこをしていた時間は、きっかり七時間。DVDの世界では七ヶ月に相当する。デキちゃった結婚して出産するまでには十分な時間じゃな』
    「出産⁉」

    という事は、子供が産まれるのか?
    だが、ここには助産師はおろか、分娩台すらない。
    身も心もボロボロな彼女に、出産できる程の体力が残っているとは思えない。
    このままだと死んでしまうじゃないか!

    どうすればいいのか分からず、あたふたするばかりな自分が情けない。
    半分泣きべそをかきながら、とりあえずまともな場所へ花子を運ぼうと抱き上げた。
    瞬間、辺りの風景が教会の礼拝堂から、真っ白い病室のような空間に変化した。
    腰抜けな姿を見かねた傍観者達からの、助け船だろうか。
    脳裏に過ぎる呆れた顔を思いながら、急いで花子をベッドへ降ろす。

    その間も、絶えず呻き声を上げていた彼女だったが、突然声を張り上げて絶叫した。
    今まで学んできた知識をかき集めて考えるに、恐らく、子供が体をこじ開けて出てこようとしているのだ。
    もうこの鬼嫁への恐怖心は、欠片も無くなっていた。

    「だ、大丈夫だッ……大丈夫だからな……!」

    歯をカチカチ噛み鳴らしながら言っても、何の慰めにもならない事くらい、俺にも分かってる。
    だが俺にできることはそれぐらいしかない。
    花子は苦痛に喘ぎながらも、俺から視線を逸らさなかった。

    「あなた……愛してる……逃げないで、お願い……」
    「に、逃げない!もう絶対逃げないぞ!そうだ、こうしよう!ここでお前が子供を無事産んだら、別荘を買うんだ! 休みの日は家族で遊びに行こう!給料出てからになるけど、約束だ!」

    早口でまくし立てるように、必死で言う。
    今、俺の口からは、相当唾が飛んでいることだろう。
    更に続けようとした瞬間――辺りに赤ん坊の泣き声が響き渡った。

    「……」

    産まれ、た……のか?
    俺の腕の中には、いつの間にか元気に産声を上げる赤ん坊が収まっていた。
    さっきと“即席臨月”と同じだ。
    二度目の事態なので、俺はもうツッコまない。
    赤ん坊の顔立ちは、花子に似ていた。当然父親である俺にも似てる。
    ……もう少し頬骨が出て、眼鏡をかけて、髪の色が違えば。

    「はは……見ろよ花子、俺達の子だ! 可愛いなぁ」

    感動の涙を浮かべながら、我が子の頬を撫でる。
    そこで、はたと気付く。
    花子が、やけに静かな事に。

    「花子?」

    返事はない。
    彼女の表情は眠っているように穏やかで、顔色は青白く、生気を感じなかった。
    死んでる……?
    いやいや、あり得ない。
    嘘だろ。
    だってこいつ、ほんの数時間前まで、包丁装備で俺の事追いかけまわしてたんだぞ?
    そうか、また騙し討ち喰らわせる気なんだな。
    女はどこまでも計算高いものだから。
    でもそれは、時と場合次第で洒落にならない事もある。
    赤ん坊をベッドに横にさせ、花子に喋りかける。

    「おい……悪ふざけはよせよ。こんなの悪趣味だって、なぁ……」

    ちょっと怒った風に言っても、体を揺すってみても、彼女は眉一つ動かさない。
    気付くと俺は泣いていた。
    花子の顔に水滴が次々に落ちていく。そんな……せっかくここまで来たのに。
    やっと、自分自身を変えられる、一歩前まで来たのに。
    まるで子供がしゃくり上げるように、号泣しながら、俺は花子の白い手を握りしめた。

    「頼むよ……目を開けてくれよぉお……愛してるから」

    思わず口から飛び出た、その言葉。
    瞬間、突然誰かに腕を強い力で掴まれた。
    体が飛び跳ねそうになりながらも、顔を上げると、涙を浮かべながら笑顔で俺を見つめる花子の顔。

    「やっと……つかまえたわ。もう逃がさないんだから」

    そう言って、彼女は俺の頭を引き寄せ、胸にかき抱く。
    確かに聞こえる心音が、心地良くも愛おしく、俺は余計に泣いてしまった。
    ひとしきり泣いた後、生まれたばかりの俺達の子供の寝顔を眺め、その名前を話し合った。

    「何がいいかしら。沢山あって決められないわ」
    「いや、俺はもう決めたよ」

    赤ん坊を起こさないように、そっと抱き抱え、俺は宣言した。

    「この子の名前は、ドメスティック。――ドメスティック・バイオレンス・ドキュメンタリーだ」


    :::::::
    :::
    誰かの拍手と歓声で、俺の意識は浮上した。
    目を開けると、もはや懐かしくすら感じられる、ミフネさんと社長がいた。

    「お疲れ様だのう、よくクリアした。合格じゃあ」
    「……まぁ、結果オーライって所だな」

    にこにこ笑って褒めてくれるミフネさん。
    一方で、社長は渋々と言わんばかりに労ってくれた。
    最初の頃は、何て嫌な上司だろうとばかり思ったが、これはこれでいいのかもしれない。
    少なくとも、貞子みたいな嫁を相手にするよりずっとマシだろう。
    あんなに赤ペンキ噴射機のようだった俺が、今はまるで、賛美歌歌唱機に生まれ変わったかのようだ。
    清々しい、何て素晴らしい気分なんだ。

    「んじゃ改めてこれからの流れ説明すっから、ミーティングルームに移動すんぜぇ」
    「嫌です」
    「は?」
    「嫌です。仕事とかもうどうでもいいんで、嫁の所に帰らせて下さい。子供もいるし、彼女にだけ育児を任せっきりにはしたくないです」

    ぽかんと口を開けて、俺を凝視する社長。
    ミフネさんも、サングラスの奥の目が点になっている。

    「いや、あの、おまえさんが体験したのは全部ゲームのイベントなんじゃよ?花子ちゃんも、架空のキャラクターであって……」
    「関係ありません!俺は彼女を愛してる、それ以外に何を優先しろって言うんですか!」
    「そこは仕事を優先してくれんか!?」

    拳を握りしめて、我が愛しき妻への愛と情熱を熱弁する。

    「……ミフネェ!!お前ふざけんなや!誰が新人をゲーム中毒に陥れろっつった?あぁ!?」
    「わしのせいか!?何でもいいから作れと現場丸投げだったのはどこのどいつじゃ、この野郎!」

    おやどうしたのだろう。
    何やらミフネさんと社長が言い争っているが。
    ……まぁ、そんな事どうでもいい。
    世知辛い社会から脱出して、今日から俺は幸せな日々へと羽ばたくのだから!
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