桜が目を覚ました時の状況は2つ。
1、蘇枋より先に起きた場合その体は蘇枋に抱きしめられているだけ。
2、蘇枋より遅く起きた場合隣に蘇枋は居ない代わりに自分の脚には枷が付けられている。
この状況が始まったのは1ヶ月程前、いつもと変わらず蘇枋の家に泊まりをした日の翌朝からだ。足に枷がついていた。
桜はここ最近の蘇枋の様子がどこかおかしい事にも気づいていたし、自分のことを見る瞳の奥に純粋な愛情以外の色が少しだけ見え隠れすることにも気づいていた。だから、その状況にも冷静だった。
「オレはどこにも行かない。お前から離れない」
そう言う桜にも蘇枋は横に首を振って何度もごめん、と謝るばかり。その日から桜が蘇枋の家を出ることはなかった。
急に始まった監禁生活は想像以上の歪さがあった。
いつも辛い顔をするのは桜ではなく蘇枋。桜の足に枷をはめる時に桜以上に傷ついて、苦しそうな顔をする。桜はただそれを黙って静かに眺めるだけ。
二人で一緒に部屋に居る時は、枷はなくなり今までと同じように会話だってする。唇も肌も重ねる。
周りから見れば一見何の変哲もない愛し合っている恋人同士。それでも蘇枋は桜に枷をする。
蘇枋が居なくても、枷を付けられていても桜は蘇枋の家の中をそれなりに動くことができる。トイレにも自分で行けるだけの鎖の長さがある。両手だって好きなように使える。携帯だって連絡先こそ消されたりしたものの使えるし、一般的にイメージされるような監禁よりは何十倍も自由だった。
極めつけは、部屋の棚の上に置かれた一つの鍵。桜につけられた枷の鍵だった。この生活が如何に歪なものであるかを物語る。
その鍵は桜の移動範囲内に置いてある。つまり、桜はいつでもこの場所から出れるのだ。否、監禁している蘇枋本人が桜に選択肢を与えている。それは蘇枋の桜に対する独占欲と葛藤の現れで、自分ではどうにもすることのできない欲を桜自身に自分から逃げてもらうことでそれを断とうとしているのだ。
しかし、桜はそれを知っていて尚この部屋に1ヶ月以上いる。蘇枋が自分の手の届く範囲内に鍵を置いていることなんて最初の日に見ていた。蘇枋が自分に逃げてもらいたがっているのも分かっていた。全て分かったうえで桜は今もここに居る。
足枷がついていても冷静だったのは蘇枋がいつかこういうことをするかも知れないと考えていたから、そして心の何処かで桜もそれを望んでいたから。
桜にとって、蘇枋は初めて自分を心の奥底から愛してくれた人。自分の全てを受け入れてくれた人。誰よりも何よりも特別だった。蘇枋が居れば心が満たされた。捨てられないなら何だってよかった。蘇枋はもちろん、そんなことは知らない。言うつもりがないからだ。知らないが故に今の状況が生まれた。
桜にとっては願ったり叶ったりだ。だって蘇枋はこんなにも自分を必要としている。自分から日常を奪い、蘇枋自身以外を視界に入れさせようとしない。重く燃えるほどに熱い愛情が故の独占欲をこの身に感じて喜ばないわけがなかった。
それなのに蘇枋はそんな自分を汚いと感じるのか、嫌で仕方ないのか桜に逃げて欲しがっている。それを桜は許せなかった。
恋人がやる行為だってする、そこにちゃんと愛はあるのだ。それなのに蘇枋は桜に離れさせようとするのだ。
だから桜は今日も一日をこの部屋で迎える。帰ってきたらなんでもないように笑顔でおかえりと言うのだ。蘇枋のどこか安心したような傷ついたような表情を見ながら。