目の前にいますよ 好きな相手がいるのか、と平静を装いながら片恋相手───仙道彰に尋ねれば、「いますよ」とあっさり返されて、牧紳一の胸中は乱れに乱れていた。
神奈川県選抜合同練習。休憩時間に自販機前で二人きり。牧は、予てから思い悩んでいた「仙道に好きな相手はいるのか」問題を、その張本人である仙道にぶつけていた。
それは誰だだとか、いつからなのかだとか、相手はお前をどう思っているのかだとか、聞きたいことは山ほどあるのに、動揺でうまく言葉が出てこない。
頭の中に台風が吹き荒れている牧の正面で、仙道は照れくさそうに笑う。
「それ、誰に聞いたんすか?」
「……ああ、海南の奴がな、試合会場でそう告白を断ってるお前を見たらしい」
「あー、そんなこともあったかな?」
そう、その件を後輩達から聞いた牧は、それが事実なのか気になって気になって仕方なかったのだ。もちろんバスケットに影響は絶対に出さなかったが、心中穏やかでなどいられなかった。
努めて感情を抑え、何とか会話する牧を気にした様子もなく、仙道は続ける。
「いますよ、好きな人。一緒にいるだけで、すげー刺激がもらえる人」
「……そう、か、」
相手に心底恋い焦がれていると分かる、頬を染めた仙道の表情に、牧は掠れた声で答えた。
オレだってお前が好きだ、お前との試合は何より刺激的だし、一緒にいるだけで楽しくて仕方ないし、お前に好きな相手がいると聞いただけで、こんなに胸が苦しい。
そう言ってやりたいのに、相手を想い浮かべているであろう仙道の嬉しそうな表情に、牧は言葉を飲み込んだ。
「いつも、気にかけてくれるんすよ。試合会場で声掛けてくれたり、釣りしてる時もわざわざ会いに来てくれたり、オレがぼーっとしてても一緒に付き合ってくれたり、それから……」
そんなのオレだってやってるじゃねえか、そいつとオレと何が違うんだ。
好きな相手の話を黙って聞いていた牧の胸中では、落ち込むどころか逆に不屈の闘志が湧き始めていた。
既に想い人がいる仙道を困らせたくはない。だが、みすみす仙道を他人に渡したくもない。
ならば、仙道に想う相手がいたとしても、これから自分に惚れさせればいいのではないか?
勝負の前から諦めるなんて、オレらしくもない。そんなよく分からん相手より、オレの方が仙道を大事に出来るし、幸せに出来る。この男の隣に相応しいのは、オレしかいない。絶対に、この男を手に入れてやる。
牧が揺るがぬ決意を固めたことなど知る由もない仙道が、いたずらっぽい笑みで問いかけて来る。
「……相手、誰だと思います?」
誰だろうが、負ける気は無い。負ける気は無いが、相手を知っておく必要はあるだろう。
オレが知っている奴か、と牧が口を開こうとした瞬間。
「目の前にいるんだけど」
「───ん?」
今一つ仙道の言っていることが理解出来なくて、牧は首を傾げた。それにまた笑みを零して、仙道が続ける。
「オレの好きな人、目の前にいるんだけど、気づいてました?」
「……………えっ」
やっと言葉の意味を理解し、呆気に取られている牧を、仙道はにこにこと見つめている。
嘘偽りなど全く感じられない甘やかな瞳の中に、ほんの少しだけ不安そうな色が揺らめいていて、もうたまらなかった。気づいたら体が勝手に動き、恋しい相手を抱きしめ耳元で囁いていた。
「奇遇だな、オレの好きな奴も、目の前にいる」
「はは、オレ達、気が合いますね」
晴れやかな笑顔の仙道が、腕の中にいる。あまりの愛おしさに目眩がしそうだ。
休憩時間終了まで、あと数分。牧は、今想いを確かめ合ったばかりの恋人をさらに強く抱きしめる。この世の誰よりも、幸せだった。